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「そろそろ川上さん来るかな?」
宿題でもするかと思って机の前に座ると、
「すずちゃーん!手伝ってー!」
と、姉の声が聞こえた。
姉の言う『手伝って』は、作業を手伝ってほしいわけじゃない。お客様の対応が苦手なので、それを手伝ってほしいのだ。
「はーい、今行くー」
川上さんってどんな人なんだろ。でもお姉ちゃんが対応手伝ってほしいってときはなかなか大変なんだよなー。
「お待たせしてすみません。川上さんですか?」
「はい、そうです。
ビューティーサロン・サマームーンの紹介でここに来ました。」
やっぱり川上さんだったようだ。
いや、全く関係ないけどさ、サマームーンてなかなかだよね。夏月の名前そのまんまだもん。
「あの、今向日葵が無いってどういうことですか?」
一言で現実に引き戻された。いや、この場合ありがたいけど。
ん?ちょっと待て。一発目からとんでもない発言だった。
これのどこがとんでもないのかというと、今はまだ6月なのだ。昔の日本の暦上では一応夏に分類される。しかし、まだまだ夏にしては涼しい。そして、梅雨真っ只中だ。
「あの、向日葵が咲く季節は夏だというのはご存知ですよね?」
「ええ、それくらいは。ですが、どうしても向日葵が必要なんです!」
どうしても向日葵が必要?なんでだろう?他の花もきれいだと思うけど。
「あの、どうして向日葵じゃないといけないんですか?」
「あ、いや…向日葵じゃないといけないわけではないけど、僕が向日葵以外にちょうどいい花を知らなくて…うーん、でもやっぱり向日葵じゃないと…」
うーん、ものすごく歯切れが悪い。そして絶対自分でもよく分かってないよね?
「あの、とりあえずどんなシチュエーションで花が必要なのかとか、どうして向日葵がいいと思ったのかとか、話してくださいませんか?」
「あ、はい…
実は、もうすぐ母の誕生日なんです。
それで母が向日葵が好きで…。
でも花自体ももちろん好きらしいんですけど、花言葉が特に好きだと言っていたんです。
それに、父がプロポーズしたときに、向日葵を贈ったらしくて、それもあるかもしれません。
でも僕はそういうの詳しくないので、向日葵を買っておけば間違いはないだろうと思って…」
うーん、なるほど。なんというか…まあ確かにそうなるよな!って感じだ。
「ちなみに向日葵の花言葉はご存知ですか?」
「ええ、なんとなくですが。
確か『憧れ』とか『私はあなただけを見つめます』とかですよね。」
「はい、その通りです。あの、全く関係ないので答えなくても大丈夫なんですけど、ちなみにお父様が贈られた向日葵って何本だったかとかわかりますか?」
「え、本数ですか?
えっと、確か108本だったと想います。
母が後から99本でも良かったのにーとかよく言ってましたけど。」
お、素敵なお父様だ。きっと川上さんのお母様は幸せものなんだろうなー。
「あの、本数ってなにか関係あるんですか?」
「はい。花言葉って、花の種類だけじゃなくて色や本数でも変わるんです。
お母様が言ってらっしゃった99本は『永遠の愛を誓う』とか『ずっと一緒にいてください』ですね。108本になると『結婚しよう』という意味になります。」
「え…なんというか、父はすごくかっこいいことをしたんだなとびっくりしてます。」
まあ親がそんなことしたなんて知ったらびっくりするよねー。
でもお父様はほんとに素敵だ。お母様が少し羨ましくなるくらい。
「それで、本題の方なんですけど…
向日葵は今の季節ないんですが、どうなさいますか?」
「あ、そうですよね。どうしようかなぁ…」
まあわかんないよね。私もわかんない。でも、一つ提案はしてみることにする。
「あの、さっきのお話を聞く限り、お母様が向日葵が好きなのはお父様のことがあるのと、単純に花言葉がお好きだということですよね。」
「ええ、そうだと思います。」
「それなら、川上さんの気持ちにぴったりの花言葉がある花を選びましょう。
お母様だって、お父様が花言葉という形でお伝えされたのが心に響いたんだと思うんです。」
「確かに、それはいいかもしれません!
ただ僕は花言葉とか全然知らないので、色々教えていただけるとありがたいです。」
そういうわけで、一緒に花を選ぶことになった。