薩埵難治郎(さったなんじろう)は、罰を受けた。
――今まで生きていて後悔したのは、これが二回目だった。
俺は、そんな思いを胸に廃墟の中を必死に走っていた。
「いいかげん、諦めたら?……薩埵くん、」
明るく、ハリのある親しみやすそうな声が聞こえてきた。しかし、今の俺には、それは死神の声に聞こえた。
ひたすら走っていくと、行き止まりだった。
俺は、後ろを振り向き、ゆっくりとこちらに向かってくる女に向かって、
「……ま、まってくれよッ!……草薙ッ!」
と、言った。
彼女は、左胸に金糸で校章が刺繍された臙脂色のブレザーを着て、その下にブレザーと同じ色のスカートを履いていた。俺の通う水落学院高校の制服だ。短く切り揃えられた艶やかな栗色の髪、端正な顔立ち、服を下から押し上げる豊かに膨らんだ胸、張った臀部に細く、引き締まった腰回り、ハリのある太腿。廃墟という空間に相応しくない出立ちの彼女は、満面の笑みを浮かべた。
「ん?なあに?……まさか、命乞い?」
彼女、草薙紀由子は、そう言った。手には抜き身のナイフが握られていた。
「無様だよ?薩埵くん。……素直に私に殺されてよ、ね?」
紀由子は、そう言った。単純に意味がわからなかった。
「……ふざけんなッ!なんで俺が殺されなきゃなんねえんだよッ!……アイツか?丸子か?……あのキモデブが俺を殺せって言ったのかッ⁉︎」
俺が捲し立てるように言うと、紀由子の表情が、ふっ、と変わった。
「……わからない?」
「……あ?」
「……君は、それだけのことをしたんだよ?」
紀由子は、ため息混じりにそう言うと、
「……いいわ。冥土の土産に教えてあげる」
と、言った。
「……私が、君を殺そうとしてる理由は単純。君らが戸谷美奈子さんを殺したからだよ?」
「……は?……何言ってるんだよ?あの女は自殺したんだぜ?」
俺が鼻で笑いながらそう言うと、紀由子は、
「でも、君らのイジメを苦に自殺したんだよ?……なら、君らが殺したも同然だよね?」
「……はっ、ふざけんなよ?」
「ふざけてなんか、ないよ?……私は、彼女のお兄さんに依頼されたの。――妹を死に至らしめた奴らを始末してくれ――って、ね?」
紀由子はそう言うと、軽く笑った。
「ねぇ、薩埵くんは、加賀美衆って知ってるかな?……あー、多分、知らないかな?……この水鑑市を昔から、それこそ徳川の世から陰で守ってきた忍びの集団のことでね?私はその第二三代当主なんだ。……じゃあ、もう、いいよね?」
紀由子はそう言うと、にこり、と、笑った。
「……まっ、待ってくれよ。な?……謝るからさ、許して――」
俺がそう言いかけると、紀由子は、
「ダメだよ」
と、言いながら一気に間合いを詰めると、俺の耳元で、
「……さよなら、」
と、無表情な声で呟いた。――それが、俺が聞いた最後の言葉だった。