眷獣契約
契約の間、それは〔エレパト〕の主人公が初めての眷獣との出会い、契約をする場所。
契約の間は、神殿のような白い石柱がいくつも並んでいる空間。その白い石柱が丸く囲むようにしている中心にそれはあった。
それは、今俺が立っている床から円形に一段高さが下がった場所にある魔方陣。その魔方陣の中心にあるのは祭壇のようなもの。
「ここが契約の間です。ここで勇者様方の眷獣を召喚、そして、契約をしていただきます。眷獣とは――」
俺達をこの契約の間まで案内してきてくれた騎士がそのまま眷獣についての説明を俺達にし始める。
まあ、眷獣なんて知り尽くしていると言っても過言ではないから聞き流しても問題ないだろう。
それにしても……ここが〔エレパト〕の始まりの場所、契約の間か……〔エレパト〕をやっていた時はゲーム画面とは言え何度も見たからな、見間違えるわけがない。
この契約の間、普通に〔エレパト〕をしていたらもう見慣れていたから感動は無かったんだけど、今は別だ。ぶっちゃけめちゃくちゃこの契約の間を見れた事に感動してる。
今現在、この契約の間の祭壇付近には、俺を含めた召喚された4人と眷獣について説明している騎士が一人。それと、いつの間にいたのかわからないが、王様と王妃様、その護衛の騎士達、さっきはいなかった宰相が少し離れた所に立っていた。
さっきまであそこにいなかったよな……?
多分、俺達がどんな眷獣を召喚するのかを確認するために、わざわざここまで来たんだと思うけど……
その全員が共通して瞳には期待と興味の色が見て取れる。
まあ、そりゃそうか。この国にとってわざわざ召喚した勇者なのだからどれだけ強いモンスターを召喚できるか気になるに決まってる。
その召喚した存在によって最初にどんな職業につけるのかもある程度は決まるからな。
そんな眷獣はこの契約の間で召喚、契約をするが、それは成体などの成長した姿ではなく、幼体の状態で召喚される。
その理由は、眷獣はその召喚者素質によって召喚されるからだ。そして、召喚と銘打っているが、本当は大気に漂っている魔力を召喚者の資質似合わせて魔力を変質させ、その性質を変えて構築、実体化させるものらしい。
なら、なぜ成体だといけないのかと言うと、成体のままだと、魔力消費が大きくて現界を維持できないからだ。
多かれ少なかれ召喚された存在は現界しているだけで、自分の召喚の時に自分の身体の構築している魔力を消費し続けているらしい。
だから、消費の少ない幼体で召喚される。そして、その幼体で出てきた眷獣と契約をして、レベルを上げて進化させていく。
そうすることで、徐々に成体へと成長していく。そうして、段々消費する魔力を減らしていく。
これは、普通に生活しているだけでも成体に成長するけど、戦っていた方が早く成体に成長する。
……と、ここまでが俺が知っている、というかまとめサイトにのっていた設定資料だ。
ここは現実だからどこまで当て嵌まるかは分からないけど、大体の設定は同じだと思う。
あとは眷獣の属性や成長に必要な要素なんかもあるけどそこはまあ。おいおい。
「――以上が眷獣についてになります。それでは、早速ですが勇者様方には、眷獣を召喚していただこうと思います。こちらに来てもらえますでしょうか?」
そして、騎士の説明が終わったところで騎士が俺達の方に近づいてきて、俺達は言われた通り祭壇の前に立つ。
すると、騎士は懐から鞘に入った短剣を取り出してイケメンくんに渡してきた。
「あの、これは……」
渡された意味がわからず困惑気味に訊ねるイケメンくん。当然の反応だよな、なんせいきなり渡されて説明もないんだし……
……正直これは俺も理解ができない。特に召喚、契約、どっちも短剣を使うような描写は〔エレパト〕にはなかったはずなんだけど……
と、そんな事を考えていたら騎士は懐からもう一本短剣を取り出して説明をし始めた。
「この短剣は、勇者様方にこれから召喚する眷獣の召喚、契約に使用していただきます。使い方は、このように……」
そういうと騎士は鞘から短剣を抜き出して自分の指に刃先をチクッと突き立てた。そのまま流れるように傷口から滴り落ちる血を祭壇の上に乗っている皿に垂らす。
そこで何か起こるのか?と期待して見ていたのだが、特に何も起こらなかった。
……あれ?
俺を含めた三人も首をかしげて同じような事を思ったようで説明を求めるような視線を騎士に送っていると、その視線に気付いた騎士が苦笑いしながら説明を始めた。
「私はもう既に眷獣と契約をしているので今は何も起こりませんでしたが、ここで本来なら、自分の眷獣が召喚され、契約が行われます」
なるほど……でもなんで血が必要なんだ?〔エレパト〕のストーリーや設定資料には血が必要なんて描写は一切なかったんだけどな?
……駄目だな。流石にわからない。血を使った召喚、契約はストーリーで行われた悪魔を確実に召喚、使役できる悪魔召喚しか覚えがないな……
「あ、あ、あの、ほ、本当にち、血を出さなきゃ、い、いけないんですか?」
俺が記憶にある知識を引っ張り出していると震えた声で騎士に問いかける女子。
声の主は、茶髪で気の弱そうな雰囲気をした女の子だった。顔は可愛い系の童顔、身長は150cmぐらいだろうか、胸もそれなり。全体的に幼い感じがする。
そんな気の弱そうな少女が怖がるように騎士を見つめている。その表情からは不安が見て取れた。
「いえ、必ずとまでは言いませんが、なるべく血を使っていただけると助かります。その方がより強力な契約が眷獣と行われますので……大丈夫ですか?もし、怖いのであれば無理をする必要はないですよ?儀式はいつでもできますので……」
「あ、あ、だ、だいじょ、ぶです!やります!」
「そ、そうですか?」
「は、はい!で、できるだけがんばらせていただきす!!」
どう見ても全然大丈夫そうには見えないけど……まあ、本人がやるって言ってるんだから良いか。
それにしても……なるほどな……血を使うのは眷獣とのより強い契約を結ぶため……これは〔エレパト〕にはなかったから完全に予想外だ。
だけど、このアインベルク王国の実情を考えたらよくありがちな、血を使って奴隷契約、隷属、後は……洗脳とかもありそうだな。そうやって行動や意思を縛られそうだな……
……でも血を使ってなにか俺達の行動だったりを縛ろうとしてるんならさっきあの騎士も血を使っていたからそれはないか……じゃあこの世界が独自にたどり着いた召喚方法ってことか。
……ああ、面白い。そういう〔エレパト〕になかった独自の成長を見るのはこれはまた面白いな。
「では、始めます。まずはどなたから……」
「じゃあ、僕が……」
騎士の呼びかけに応じて前に出るイケメンくん。そして、騎士の差し出した短剣を受け取っていたイケメンくんは緊張した面持ちをしていた。
まあ、短剣を刺すという普通だったら今までやったことないことをするわけだもんな。
「じゃあ、いきます」
騎士の言葉にイケメンくんは短剣を右手で持って左手の自分の親指に短剣の先を刺した。
「……え……?痛い?」
そして、イケメンくんが呟いているなか、イケメンくんの指から血が流れ、祭壇の上に置かれている皿に入る。
すると、祭壇が光り輝いてイケメンくんの前に青色の魔法陣が現れた。
魔方陣の色はその呼び出した眷獣の属性によって決まる。青色ってことは水属性。
そして、その青色の魔方陣からゆっくりと出てきたのは――
『キュイ?』
――体長50cmほどの小さなドラゴンだった。色はとても綺麗な鮮やかな青色で、背中にはまるで宝石のような青い羽が生えていた。
イケメンくんが召喚したあの小さなドラゴンは確かアクアドラゴンという種族だったはずだ。
水属性の眷獣の中ではトップクラスの実力で水属性の攻撃、耐性を持っている。そして、ステータスがドラゴンという種族だからか、数いる眷獣の中でもかなり高いステータスを幼体の頃から持っている。
そのアクアドラゴンがイケメンくんの足元にちょこんとお座りしている姿はなんだか、とても可愛かった。
「……え?」
突然の出来事に呆然とするイケメンくんとオォーという感嘆の声を出してイケメンくんが召喚したアクアドラゴンを見ている離れた所にいる王様達。
そして、アクアドラゴンは自分を召喚した主のイケメンくんを見つけたのかイケメンくんに近づいていく。
だけど、イケメンくんは呆然としたままアクアドラゴンを見ているだけで動かない。
それも仕方がないだろう。今まで絶対に経験したことないであろう出来事だからそれも当然だと思う。なんならこの世界が〔エレパト〕の世界ってわかってる俺も最初に眷獣を召喚したらイケメンくんみたいになると思う。というか絶対になってた。
そして、イケメンくんはアクアドラゴンが近づいてきても呆然としてまだ固まったままだ。
なんで?とも思ったけど今までのイケメンくんを見てきて、あ~と納得できるものがあった。確証はないが、イケメンくんは恐らく、これは夢かなにかだと考えてたんだろう。
親指を短剣の先で刺した時も痛みがあることに驚いていたし、もしかしたら、自分が召喚されたのが現実ではないんじゃないかと考えていたのかもしれない。……まあ、普通じゃあり得ないことばっかりだったからな。そう思っても不思議ではないかのか?
……俺の場合はすぐにここが現実だと理解できたから良かったな。うん。
「おめでとうございます!勇者様!眷獣の召喚と契約が無事成功しました!しかもアクアドラゴンとは!素晴らしいです!」
「……え?」
騎士が嬉々とした様子でイケメンくんを褒め称える。もちろん周りの王様達も。
「あの、この子って……?」
「はい!今貴方様に召喚され契約されたのは、水属性のドラゴンであるアクアドラゴンです!間違いなく最強の眷獣と言えるでしょう!」
騎士の説明を聞いたイケメンくんは未だに信じられないという顔だ。
まあ、その信じられないは今の現状に対してか自分が召喚、契約した眷獣、どちらかにかはわからないけど。
「さぁ!他の勇者様も契約を行ってください!召喚を終えた勇者様はこちらへ。国の治癒師が傷を癒します」
騎士の言葉にイケメンくんはまだ状況が飲み込めていないようだったが、とりあえず促されるままに短剣を騎士に渡して、騎士が指差した方へいる白いローブを着た男性の所に歩いて行った。
そして次は誰が行くかということになるが……誰も行きそうにないのなら俺が……
「次は私が行きます」
……と、俺が行こうと思ったら隣にいた委員長さんが手を上げて前に出ていた。そして、そのままイケメンくんと同じように騎士から短剣を受け取り、親指に刺して血を皿に流した。
お、おお、度胸があるな……
そして、また魔方陣が現れた。その魔方陣の色は赤色、つまり火属性。
そして、委員長さんが召喚した眷獣がゆっくりと出てくる。赤色の魔方陣からゆっくりと出てきたのは――
『コン?』
――体長30cmほどの狐だった。赤茶色の毛並みをした狐は首を傾げながらキョロキョロとしている。その姿は可愛いのだが、同時にどこか小動物を思わせる雰囲気を出していた。
委員長さんが召喚した眷獣は天狐と呼ばれる種族の幼体だ。火属性でサポート型の眷獣でステータスが高いのはもちろんのこと、火属性の攻撃に加えて幻術と呼ばれるスキルも使える。そして、天狐は知能が高く、人間と意思疎通ができるほどだ。
そんな可愛らしい天狐がちょこんとお座りしながら自分を呼んだ主を探している姿は、なんかこう……とても和んだ。
「……か、かわいい……」
「……え?」
かわいいという声が聞こえてそちらを見るとそこには目をキラキラさせて天狐を見ている委員長さんがいた。その視線はもう完全に天狐に向けられていてとても幸せそうな顔をしていた。
どうやら、委員長さんの趣味にドストライクだったようだ。
「えっと……」
「……はっ!こ、この子が私の?」
「はい、そのようです。おめでとうございます。勇者様。これで貴方様は正式にこの世界を救うことのできる存在になりました。これからは我々が全力でサポート致します」
「……ありがとうございます。よろしくお願いします」
騎士の言葉に顔を赤らめながらもしっかりと頭を下げた委員長さん。そしてイケメンくんと同じように短剣を騎士に渡して治癒師のもとへと向かった。
そのまま、視線を動かして王様達の方を見ると、ニヤニヤとした笑みを浮かべている。恐らくこの後、召喚した二人の眷獣がどれだけ使えるのかを想像したのだろう。
「さあ、次はどちらの勇者様が召喚を?」
騎士は俺ともう一人のまだ召喚をしていない気の弱そうな少女に言った。だけど気の弱そうな少女は最初に騎士に質問した内容を考えると恐らく自分の指を傷つけるのに躊躇していると思うんだよな……
……仕方がないか。あまり目立ちたくはないけどあんなに怖がっている子を見捨てるなんてことはできそうもないからな。
俺はそこまで人の心を捨てたつもりはないし。
それに、この国では何があるかわからないからゲームになかったことはあまりやりたくない。
だから無理矢理にでもゲームの知識通りに最初は動きたい。
「……じゃあ、俺が良いですか?」
俺は少しだけ微笑んでそう言うと、騎士はにっこりと笑って一歩前に出て俺に短剣を差し出してきて、渡そうとしてきた。
だけど、俺はその短剣を受け取らずその差し出してきた手を軽く押し返す。
「えっと……勇者様?」
俺の行動に疑問を持ったのか騎士は困惑したような声で聞いてくるが、俺は笑顔のままもう一度同じ言葉を繰り返した。
「すいません騎士さん。自分は血を流すのが怖いので遠慮させてもらえませんか?絶対に血を使わないといけないなんて事はないんでしょう?」
俺が騎士に向かって笑いながらそう言い返すとその騎士の顔は驚きで染まっていった。
まあ、先に召喚した二人はなにも言わずに指に短剣を軽くだが刺し、血を流したのだから。なのに俺が断ったのだから驚くのも無理がない話だろう。
というか、俺からしたら夢と思っていたのかもしれないけど、簡単に短剣を軽くとはいえ指に刺せることの方がおかしいんだよな。
すると騎士は困ったように王様の方を見た。その騎士の視線に気づいた王様は小さくため息をつくと言った。
「勇者殿、別に構わない。私達はそなたを召喚してしまった立場。強制はできない」
「……はぁー、良かった。助かります。あ、彼女もその方法で良いですかね?」
王様の言葉に俺は安心した表情を意図的に作って、騎士に断りを入れた後、後ろにいた気の弱そうな少女に顔を向けて王様に許可を取る。
すると、彼女は一瞬ビクッとしたが、すぐに俺の言葉を理解したのかブンブンと音がするくらい首を縦に振っていた。
「ふむ……その方もか?」
「ええ、見ての通り、彼女も血を流す事に抵抗があるようですし……」
「ふむ……そうか……おい」
「はっ!」
王様は少し考えたあと、俺達案内や召喚のサポートをしていた騎士を呼ぶ。
そして、騎士は小走りで王様の元に近づき、膝をついた。
「話は聞いていたであろう?頼むぞ?」
「はっ!お任せください!」
「うむ、では行くがよい」
「はっ!失礼します!」
王様の言葉を聞いた騎士は片膝をついた体勢から立ち上がり、また頭を下げて俺と気の弱そうな少女の方に歩いてきた。
「それでは勇者様方、血を使った召喚ではないとなると呪文を詠唱する必要がありますがよろしいでしょうか?」
「ええ。問題ないですよ」
俺達の所に戻ってきて確認を取ってくる騎士の言葉に俺はそう言って了承した。
「それでは私が詠唱をします。勇者様は私の後に続いてください」
「わかりました」
これでいい。召喚の時に使う呪文となると俺も〔エレパト〕で覚えがある。
〔エレパト〕では、元々ストーリーで呪文を唱えて眷獣を召喚していたからな。
だから召喚の詠唱も覚えているからもし今ここで変な呪文を唱えさせられそうになっても対処はできる。
まあ、とりあえずは様子見だな。
そして、騎士は召喚のための詠唱を始める。
「我、汝と契約せし者なり」
「我、汝と契約せし者なり」
騎士の詠唱に続けて俺も騎士の詠唱を復唱していく。
「我が願いを聞き届けよ。契約はここに結ばれたり!」
「我が願いを聞き届けよ。契約はここに結ばれたり!」
さて……これで詠唱は終わりだ。〔エレパト〕だとここで主人公だと、主人公しか召喚できない眷獣が召喚されるんだけど……もちろん俺は主人公じゃないからな。そんな都合の良い展開にはならないだろう。
そして、俺の詠唱が終わるのと同時に先に召喚したイケメンくんと委員長さんと同様に魔方陣が現れた。
その魔方陣の色は白色……え?
そして、俺が驚愕している間にその白色の魔方陣からゆっくりと出てきたのは――
―ーフヨフヨと宙に浮いている真っ白な光を放つ丸い玉だった。
……あれぇ?なんか見覚えのあるような……というか見覚えしかないような……
「……おい、なんだあの眷獣は……?」
「白い光の球……?」
「……あんな眷獣は初めて見た」
「だが、先に召喚した勇者様達の眷獣と比べると弱そうに見えるが……」
俺が召喚した眷獣を見て王様達がざわめき始めた。だけど俺はそれどころじゃなかった。
なぜなら俺が召喚した眷獣、それは……
『……』
主人公しか召喚する事ができないはずの眷獣、無精霊だったからだ。
……いや、なんで?