魔王と魔法使いの距離感
「お久しぶりです」
「藍川さん。おばあさんは?」
「一階のロビーです。疲れたから座っておくと言っていましたよ」
あの人は私の行動に口を出しませんから。見守ってくれてるんです。ありがたいことです。
「え? 知り合い?」
「おかえり優」
「…………え、あ、ただいまお母さん」
「優ちゃんのお母さんとは昔少し関わった事がありましてね。その話はおいおい。蒼井さん、今時間ありますか?」
「仕事まで少しなら」
ではその少しの時間を頂戴しましょうか。優ちゃんが帰るのを待つ為の時間だったのでしょうが、その優ちゃんの話ですし。
「では単刀直入に。娘との接し方が分からないようで、よければお手伝いしましょうか?」
「…………」
「恋莉、それは」
優ちゃんのお母さんは私の言葉に目を細め、私を見定めるような目をし、優ちゃんは私の言葉に驚きの表情をしました。さて、返答は?
「ここが私の部屋です」
「ほんとに四丁目だったんだ」
「はい? ああ、朝逆から来たからですか? ちょっと朝ポストに用事があったのでそっちに行ってから学校に行っただけですよ」
「なるほど……」
少し恥ずかしそうにする優ちゃん。何をそんなに? まあいいです。それより、何をしましょうか。
「小学1年生って何をするものなんですか?」
「知らない」
「ですよねぇ」
夕飯までの時間2人で遊んでいるようおばあちゃんに言われましたが、何をしましょうか。ネットサーフィン? ですがあれは2人でやるようなものでもない気がします。動画でも流しますか?
「魔法」
「はい?」
「魔法、鍛えたい」
「……」
わざわざ、私に教わる必要はないでしょう。貴方は、そう昔馴染みの顔を思い浮かべて、私は少し優ちゃんから顔を逸らします。
「魔王に、私の里親の幼馴染だった魔王に、2人と一緒に作った魔法を教わりたい。2人は教えてくれる前にいなくなったから」
いいえ、きっと目を逸らしたのは、あの2人の顔を思い浮かべたからじゃなく、あの2人に無責任にあんな事を押し付けて優ちゃんから引き剥がしてしまった罪悪感からで……。
そう考えてしまうと、もう答えは口から勝手に出ていました。
「この世界で人前で魔法を使うのは、確実に目立ちます」
「分かってる」
「それに私は人に教えるのはあまり得意ではないです」
「それも知ってる」
「私はあの2人のようには」
「いいの。恋莉から、魔王から教わりたいの」
そうですか。それは少し光栄です。では、
「私は優しくはありませんが、それでいいならお教えしましょう」
「うん、よろしく恋莉先生」
では早速、ネットサーフィンと洒落込みましょう。
「ねえ恋莉」
「はい?」
「魔法は?」
ネットサーフィンで色々見て20分ほど、我慢できなくなった優ちゃんが私にツッコミを入れます。とはいえ結構我慢しましたね。
「後でです。こんな短時間でやることと言えば、優ちゃんの魔力を抜き続けることぐらいですから」
「え? あ」
結構持ちましたね。でも気づかないのはダメですよ。気絶した優ちゃんを私のベッドに運び寝かせてから私も隣に横になって私の魔力を注ぎます。私の魔力もかなり減ってますからね。自分の訓練も兼ねられます。というか、なんか眠たいですね。こんな感覚は、はじ、めて、で、す。
「すぅ、すぅ」
「2人とも、ご飯ができましたよー。あら? ふふふ、恋莉ちゃんがこうやってお昼寝してるのを見るのは、初めてねぇ」
「なんだ? 寝たのか?」
「そうみたいです」
2人は、自分の孫の安らかな寝顔を見て慈愛の瞳を向けていた。
「んぅ? あれ、寝てましたか?」
「おはよう恋莉」
「おはようございます。優ちゃん。眠ったのなんて何十年ぶりでしょうね」
目を開けると、目と鼻の先に優ちゃんの顔があり、少し驚きましたがそれを悟られないように挨拶をします。どうやら優ちゃんに抱きついているみたいです。でもなんかあったかいですね。もう少しこのまま……
「恋莉?」
「はい?」
優ちゃんの胸に顔を埋めます。ほんとに、あったかいですね。ずっとこうしていたいです。
「寂しいの?」
「…………」
「よしよし」
「……」
あれ? 今私は何を……。って優ちゃん?!?!
「あれ? 甘えん坊恋莉は終わり?」
「っ〜〜!!/////」
不味いです、私すごいことしてました! こんな、優ちゃんに甘えるような!! 顔が熱いです。優ちゃんの顔を見れません。なんでこんなこと!
「恋莉、可愛い」
「やめてください。ごめんなさい、あんな事してしまって」
ううう、一生の不覚です……なぜあんな事を。
「なんか意外、朝弱いの?」
「基本眠らないので分からないです。ここ数十年は確実に寝てないです」
「じゃあ誰かと横になったのは?」
「そんな相手、いませんでしたよ」
幼馴染の2人だって私と一緒に眠る事はなかったんです。そもそも私が眠らないので、そういう発想に至りませんでした。
「じゃあ私が恋莉の初めて貰ったんだ」
「言い方が卑怯です」
余計恥ずかしいです。私は今度は抱えた枕に顔を埋めます。ううう〜、これは一生揶揄われる流れ。
「じゃあ恋莉、また一緒に寝よ?」
「ふぇ?」
「ふふふ、変な声」
なんでそうなるんですか!? また私の痴態を見たいという事ですか?! 私、優ちゃんが嫌いになりそうです……。
「恋莉は、私と寝たくない?」
「うっ、いえ、そういうわけでは……」
その顔は卑怯です。卑怯ですよ優ちゃん、そんな寂しそうな顔しないで下さい。
「恋莉、寝起きはチョロい」
「なんですかそれ!」
揶揄っていたんですか?! なんか主導権を奪われたみたいでムカつきます!
「でも、可愛かった。また一緒に寝よ?」
「う、……はい」
「ふふ」
そんな嬉しそうに言われたら断れませんよ。この子、ちょっと距離感バグってませんか?
「あら、起きたの。ご飯出来てるわよ」
「「はーい」」
今日は素麺ですか。最近暖かくなってきましたし、いいですね。量は相変わらずですが。
「多い……」
「残ってもおじいちゃんが食べるので大丈夫ですよ」
「今日は泊まるんでしょう? お風呂も沸いてるから、好きなタイミングで入ってね」
「はい。ありがとうございます」
ではいただきます!!
「美味しい」
「ハムを麺つゆに漬けるのが美味しいんですよねぇ。トマトありますか?」
「あるわよ。はい」
「ありがとうございます!」
トマトは私の好物の一つです。美味しいですよね、中の汁もたしかに変わった感じですけど、噛んだ瞬間の口いっぱいに広がる匂いと味が癖になります。あっちの世界にも同じような野菜はありましたかね? 睡眠と同じで殆ど手を付けなかったので、あまり知りません。
「恋莉、トマト好きなの?」
「大好きです。美味しいですよね〜」
「ちょっと無理」
む、トマトが苦手ですか……トマトって結構栄養素豊富らしいので食べるのをお勧めします。美味しいですし。
「むぅ、はむ」
「おおー」
「偉いねぇ」
「好き嫌いを克服するのはいい事だ」
かなり渋い顔をしていましたが、きっちり飲み込みましたね。偉いですよ。
「恋莉は嫌いな食べ物あるの?」
「私は基本何でも食べられますよ。あ、でもあれだけ苦手です、黒豆。もさっとした食感と味がアンバランスで」
あったら食べますが、好んでは食べませんね。多分好きなものを取るタイプのバイキングとかだと、一考もしないと思います。
「ふーん、あ、卵焼き美味しい」
おばあちゃんの卵焼き美味しいですよねぇ。
「で? 恋莉が可愛かったから忘れてたけど、なんで魔力抜いたの?」
「あー、もうその話は忘れて下さい。一生の不覚です……。で、魔力を抜いた理由ですか? 魔力総量を上げるためですよ。あとは優ちゃんがどれだけ魔力を消費して耐えられるかを見る為です」
実際は別に抜く必要は無いんですよね。1人でやるなら抜くんですけど幸い今は2人なので。
「私も魔力量が少ないので、一緒に上げていきましょう。手を出して下さい」
「はい」
じゃあこうして、指を絡めて。本当は額を合わせるとかキスするとかの方が効率がいいんですけど、流石にそっちは恥かしいですからね。
「これ、」
「恋人繋ぎってやつですね。女子同士ですし問題ないですよ」
「う、うん」
あら? もしかして優ちゃん恥ずかしがってます? 可愛いですねぇ。少し指を動かすと、ビクッってしますね、恥ずかしいんですね?
「恋莉、やめ、」
「まあお遊びはこの辺りですかねぇ」
本格的に、訓練を開始します。とはいえやる事は単純で、私の魔力を優ちゃんに、優ちゃんの魔力を私にと循環させるだけです。そんなに集中力がいる作業でもないので、新感覚で悶える優ちゃんの反応を楽しみましょう。さっきの意向返しです!
「んっ、んぁっ! なんか、ん、変」
「他人の魔力を与えられる感覚でさえ人によってはかなりの違和感ですが、それに魔力を抜かれる感覚もですから。慣れないうちは仕方ないですよ。にしても可愛いですねぇ」
「や、可愛い、とか、んっ、言わない!」
優ちゃんには言われたくないですね。全く、魔王を揶揄うからこうなるんです。優ちゃんはもう少し私が魔王だと意識した方がいいですね! ……やっぱりしないでください、優ちゃんは友達がいいです。
「じゃあ、」
「わっ」
「恋莉、変な気持ちになっちゃうから、抱きしめていい?」
「え? あの、それは、」
「ふふ、んっ、恋莉は友達」
「っ!!」
頬が赤くなるのが分かります。なんでこの子は今私が考えていた事が分かったんでしょう?
私の部屋は、悶える優ちゃんと、その優ちゃんの胸で真っ赤になる私という、とても変な空間になりました。
どうして優ちゃんが相手だとこうも乱されるんでしょうか……。