第一章 夜斗編 第一話
禁忌の出会いを果たした少年少女たちの愛憎渦巻くほんわかファンタジーです。
──きみ以外消えてしまえばよかった。
名前を呼ぶ声がふいに聞こえてきて夜斗は微睡んでいた意識を浮上させた。教会の敷地内にある、村の子どもに読み書きや歴史を教えるための教室の中、遠慮がちに顔を覗き込んでくる濃紺の肩までの髪、菫色の瞳の少女が目に入る。「あ、起きた?」と、ほっとしたように微笑んだ彼女は夜斗とは生まれたときからずっと傍にいた幼なじみだ。
閉鎖された村は狭く、村人全員が顔見知りという気安さがある。
「邑華……」
名を呼べば少女は苦笑して夜斗の肩に触れていた手を引く。その指先が彼の柔らかな金の髪の先を僅かに掠めた。
「ハーブ園の許可は夜斗にもらわなきゃならないんだから。一緒に来てくれるって約束よ」
「ごめん、今日は暖かいからついウトウトしてしまった」
村にあるハーブ園には食用、医療用の植物が植わっている。広大な敷地には温室のほか、様々な植物の繁る村奥の森に続く道が伸び、その道から細い通路が区画整理された薬草や花の元へ、または休憩の為の四阿へと更に続く。
教会の主である夜斗や村長に申請すれば誰でも入って薬草や花を摘むことは出来たが、何分敷地が広すぎるために熟知している人間の案内があった方が都合がいい。それで夜斗に許可を取りがてら一緒に行こうということになった。
「緋巳斗も来ればよかったのに」と、仕事があるからと固辞していた共通の幼なじみを夜斗がハーブ園への道の途中、歩きながら持ち出せば、邑華は内心どぎまぎしつつもさりげなく話を逸らした。
今からハーブ園へ行けば午後のお茶を夜斗と二人きりで楽しめるかもしれないのだ。
密かにこぶしを握り、脳内でどう誘おうか考えては心臓は激しく鼓動し顔が火照りだす。
「……夜斗、よかったらハーブ園の後、ふ、ふたりで……」
緊張のあまり声が途中で上ずってしまい、焦るあまりに続きを言えないでいる邑華を夜斗は不思議そうに見つめた。
「ふたりで?」
「ひ、緋巳斗と二人で買いものに付き合ってくれませんか!」
何故か敬語になってしまった挙句に盛大に間違ってしまう。
「良いけど、緋巳斗の仕事が終わるまで待たないと」
「う、うん!そうね……」
物心ついたばかりの頃からの長い恋は今日も何も進展しないままになりそうで少しだけ気落ちしながらハーブ園への門を通り抜ける。
通り抜けてまた歩を進めながらちらりと邑華はそっと隣りを同じ速度で歩く夜斗を見遣る。気付いた夜斗がやわらかく微笑った。
「緋巳斗の仕事が終わるまで一緒に待とうか、お茶でも飲みながら。邑華さえ良ければね」
「ま、任せて!昨日クッキーを焼いたの!とびきり美味しいハーブティー淹れてあげる!母さんも夜斗に会いたがってるし、うちで待ちましょう!緋巳斗の家もすぐ隣だし!」
こうなったら張り切って今からお茶に最適なハーブを見繕わなくてはならない。
自然、温室を抜けた先にある庭園へと急ぐように歩調を速める。
先を行きだした邑華を追うように同じく歩調を速めたばかりの夜斗を振り返って、邑華は嬉しそうに笑った。
「早く行きましょう!」