第21話~宙と重力
「恋が始まらない」は本日夏編公開です。
「ありがとうございました!」
お互い整列して挨拶と握手を済ませると、冬馬たちは自然にその場で輪を作り、あっけからんとした表情でお互いの顔を見合わせた。
「な、なぁ、俺ら勝っちゃったんだよな?」
「うん。そして次は決勝戦だな」
全員試合の熱が冷めて落ち着いたのか、現在の自分たちがおかれた状況が整理できず、決勝まで駒を進められたことに実感が持てていない様子だった。
それも無理はなく、今日全ての試合のやる気の源が「花園に格好良いところを見てもらいたい」という、よくよく考えてみれば下らないテーマを掲げて勢い任せで試合に臨んできた。
結果としては自分たちが見事勝利を収める事ができたが、Bチームが決勝進出するという前代未聞の出来事に当の本人達でもまだ信じられないのだろう。
「おーい!」
冬馬たちが待機場所に移動を開始し始めると、先ほどまでグラウンドの隅で試合を見ていた花園と望月が手を振りながらこちらに向かってきているのが見えた。
「凄いじゃんBチーム! 決勝も頑張ってね!」
「あ……ありがとうございます」
(……めっちゃ小声じゃん)
どうやら女神の象徴として崇められていた花園が目の前に君臨してしまうと、チームメイトたちは上手く喋る事が出来なくなるらしい。
試合開始前までは「花園様!」と騒いでいたくせに、いざ本人を目の前にした瞬間にたじろいでいるのを見ると、何だか面白く感じる。
「それじ……」
「あーまじ意味わかんね! 何で俺らがあんな奴らに負けなきゃねーんだよ!」
「それなー、くっそだりぃんだけど!」
花園の言葉を遮った嫌な発言の主たちは、紛れもなく先程の試合で冬馬たちに負けた三年生のAチームのサッカー部員たちだった。
どうやら試合で活躍できなかったことと、試合に負けてしまった事で相当の不満が煮えたぎっているらしい。その証拠にシュート並みの威力でパスを蹴り合いながら歩いていた。
(……そこまで怒る事だろうか。それにそんな乱暴にボールを扱ったら危ないだろ)
冬馬たちがどろどろになってがむしゃらにボールを追いかけた結果、ようやく掴み取った勝利だというのに、Bチームだからという理由だけであからさまに侮辱を受けるのは、大切なチームメイトが否定されているような気がして苛立ちが込み上げてくる。
「何あの人たち……感じ悪っ」
どうやら花園も自分と同じ思いらしい。冬馬たちに聞こえるような大声で悪口を言って、その不満をわざと冬馬たちにぶつけているような意地の悪いやり方。そんな悪童なやりかたは自分だって好きではない。
「みんな気にすんなよ。ほら次の試合の準備するぞ」
そうチームメイトに呼び掛けて三年生の方に背を向けて作戦会議をしていたグラウンドの隅へと向かう。
そして階段付近を通りかかった時、「あ、危ない……」という声を遮ってシュルルルという空気を切り裂く音が聞こえ、音が鳴る方を見てみると目の前の至近距離に接近したサッカーボールの影が冬馬の顔を覆いつくしていた。
(え……やば……)
避けようとして身体を翻す。だが階段のすれすれを歩いていた冬馬は大きく体勢を崩してしまい、そのまま土が続かない方に足を踏み外してしまった。
一瞬身体が宙に浮き、すぐさま重力に引き寄せられる。そして全身に鈍い痛みを残しながら階段を転がり落ちていった。
「……水城!」
「痛ったぁ……」
辛うじて致命傷となる傷は避ける事が出来たが、落ちる時に変な方向に曲がったと思われる右足が悲鳴を上げている。
「大丈夫か水城!」
「あぁ……いや、ちょっとやばい」
階段を降りてきた純たちに身体を支えて貰いながら靴下をめくって見てみると、足首の付け根辺りが青くなって腫れているのが分かった。
「……保健室だな」
「いや、これくらい全然平気だって」
「冬馬は十分頑張ったから、後は俺らに任せて」
純とチームメイトに肩を貸してもらい、右足を浮かせる体勢で立ち上がる。口では強がりを言って見せたものの、心の中では絶対に走れないなと分かっていたのでチームメイトが「俺らに任せて」と言ってくれたのはとても心強かった。
「みんな、ごめんね。後は頑張って」
「おう。ゆっくり休めよ!」
「後で結果教えるね!」
残りのチームメイトたちに手を振って、純に付き添ってもらいながら保健室へと向かう。
(……くっそ)
こんなことが起こらなければ決勝の舞台に立つことが出来たのに。最初で最後のメンバーでサッカーをするのはこの先もう無いというのに。
アスファルトを左足で踏みしめながら歩く冬馬の感情には、立った一瞬の出来事でチャンスを棒に振ってしまった悔しさと惨めさが込み上げていた。
足首を冷やしていたアイッシングがぬるさを帯びている。
怪我した直後に比べて腫れは良くなってきており、これならなんとか歩いて帰れそうだというところまで回復していた。
(……みんな勝ったのかな)
あれから二時間くらいが経ち、すでに時刻は四時を回っていて球技大会で疲労を溜めた生徒たちが帰宅を始める頃に差し掛かっていた。
椅子から腰を上げてその場で軽く足踏みをしてみる。
(……頑張れば帰れそうだな)
少しズキンと痛むくらいだが、右足を気遣って歩くことが出来れば帰れそうだと判断した冬馬は、保健室の先生に挨拶をして学校を出た。
「あ……水城!」
声を聞いて振り返ると、冬馬より少し遅れて玄関から出てきた花園が近づいてきていた。
「足は大丈夫なの?」
「うん、少し痛むけど帰るくらいなら大丈夫だと思う」
「そっか、良かった」
校門を左に曲がって駅までの帰路を辿り始める。
玄関を出るまでに同じクラスの生徒は見かけなかった。それは多分、球技大会の最中に放課後に球技大会のお疲れさまでした会をやると誰かが言っていたので、その会場に向かったからだと考えられるが、何故クラスの花ともいえる存在が学校に残っていたのだろう。
素朴な疑問を浮かべていると、隣を歩いていた花園がブスッとした声で呟いた。
「なんで私たちの試合見に来てくれなかったの?」
「あ……」
そういえば、バスケットボールの試合が終わってエントランスで花園と話している時、「次の試合終わったら応援に行くね」と言っていたが、怪我の治療をしていたのと正常に歩くことがままならなかったために、花園との約束を守る事が出来ないでいた。
仕方がないと思いながら保健室で過ごしていたが、花園がわざわざ口にするほど気にしているとは思いもしなかった。
「……ごめん」
「いいって! ちょっとからかってみたくなっただけ」
なんだ、良かった。とホッと胸を撫でおろす。冬馬は今まで約束は破らないようにしていたので、今回の件については少し胸が痛む思いをしていた。
「花園ってクラス会行かないの?」
「うん、今日バイトと重なっちゃってて行けないんだ」
それは花園も気の毒だが、クラスメイトにとっても悲報だろう。この知らせを聞いたクラスの男子たちは今頃がっくりと肩を落としているのではないだろうか。
(……てか、バイトしてるんだ)
高校生でアルバイトをしているという生徒は良く聞くが、勉強も大変なのに何時間も働く時間を取っていて凄いなと感心する。
春の季節に愛想の悪い女子から、勉強を教えただけでお礼と称して菓子折りをくれる礼儀正しい女子に見方が変わったが、今日の球技大会でもまた少し印象が変化した。
「花園って部活はいってないの?」
「帰宅部だよ?」
「え……マネージャーとかやってんのかと思った」
「何でさ、私そんなキャラじゃないでしょ」
笑いを溢しながら花園が言った。
確かに花園の性格からみたらそう思えるかもしれない。
「でもマネージャーって可愛い人がやってるイメージなんだけどなぁ」
「え……」
どこの運動部の選手も花園から応援されるとなれば、恐らく大会などで全道出場は確実だろう。何故ならば、現に今日の球技大会で花園に激励を受けた冬馬のチームメイトたちが、サッカー初心者にもかかわらず経験者と対を張るくらいに覚醒していた。
それだけ花園パワーは絶大で、誰しもがこんな美人に応援されたいと思っていること間違いなしだ。
「ま……まあバイトで忙しいからね」
「そうだよね。頑張ってて凄いと思う」
見かけによらない花園のこういった内面は本当に尊敬する。
それと今一緒にいてふと思ったが、入学式の日に芽生えた苦手感情はいつの間にか消えていた。
その後もサッカーの決勝で純たちは頑張っていたが負けたこと、花園たちも決勝で三年生に負けたがスリーポイントを決める事が出来たことなど、球技大会で起こった事などを話しているうちに青葉駅が見えてきた。
「もうそろそろで駅に着くね」
目の前の信号を渡れば何分もかからない内に駅の中に入る事が出来る。これなら遅く無い時間の汽車に乗って帰る事が出来そうだ。
(……帰って時間があったら病院行ってみるか)
そんなことを考えていると、目の前で信号待ちをしている女の子たちの会話が耳に流れ込んできた。
「駅前に出来たパンケーキ屋さんってあそこだよね!」
なにやら青葉駅正面の向かい側に出来たパンケーキ屋の話題で盛り上がっているようだ。「maple」と大きな看板を飾った洋風のお店は、冬馬が最近耳にした情報だと「ふわふわした三段のパンケーキタワー」が美味しいと聞いたことがある。
隣に立ち止まった花園も興味津々な様子で「まだ行った事がないんだよね」と前の女子の話題につられて目を輝かせていた。
「一回は食べてみたいよね」
分厚い三段のパンケーキにバターを乗っけて蜂蜜をたっぷりと垂れ流した写真は誰しもが見たことがあるだろう。冬馬もそんなイメージ画を見るたびに口元を綻ばせてはいるが、なにせ一人なのであんなお洒落な店に入るのは気が引ける。
だったら純を連れて行けばいいのではという思考回路も存在していたが、その時に冷静になって考えてみた。
女子高生の溜まり場とされる店内で、クラスの地味男子が二人でパンケーキを食べているのは、周りの女子からしてみれば絶好の笑いのカモとなり、客観的に見てみれば単なる地獄絵図でしかないと。
「うーん、中々都合が合わないんだよなぁ」
花園が腑に落ちなさそうな言葉を口にしたところで信号が青に変わる。そして「あ……渡らないと」と自然本能が働いた時に、冬馬は別の違和感を感じた。
(あ……あの車)
普段の癖で無意識に左を確認した時、横断歩道に近づいてくる軽自動車に目が留まった。一般常識の車に関する知識なら停止線の少し前から速度を緩めるが、その車は不自然にも速度を一向に落とす気配がなく、横断歩道へと着実に近づいてきているようだった。
(やばい……信号無視だ!)
冬馬たちの前を歩く女の子二人組はパンケーキ屋に夢中で、横断歩道に接近している車には目にも止めていないといった様子だ。しかもそのうちの一人は片方の女子よりも少し前に進んでいて、このままでは軽自動車に衝突してしまう。
「危ない!」
咄嗟に前を歩いていた女の子の腕を掴んで歩道側に引き戻す。が……無意識ながらも軸となってしまった冬馬の右足に稲妻が迸るような痛みが襲い掛かった。
「……水城!」
女の子と場所を立ち替わるように冬馬の身体が車道に投げ出される。
(……あ)
次の瞬間、全身に酷い激痛を残して、けたたましいブレーキの音と共に冬馬の意識が宙に舞った。
断末魔の叫びが鼠色のアスファルトに鳴り渡る。だんだんと意識が朦朧としていく中、誰かが自分の名前を叫んで駆け寄ってくるのを感じた。
そしてぼやけていく視界に最後に映ったのは、赤褐色の小さな水溜まりだった。
お読みいただきありがとうございました。
本家はボールにぶつかって階段から転がり落ちて意識を失っていましたが、今作は交通事故に遭ってしまいました。文章の都合上多くなってしまいましたがご了承ください。
北斗白のTwitterはこちら→@hokutoshiro1010
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