2話 甘いものが食べたい
皆からよく気分屋と言われる。
そんな時、私はいつも言うのだ。そんな大層な者じゃないよ、と。
少しでも自由に生きていたいから、私は自分の今やりたい事を精一杯やっているだけだ。
普通に生きてみたい。そう思うから、必然的にやりたい事はこの身体じゃとても出来ない様な事に限られるけど。
こういうのは普通、気分屋じゃなくて変人だよね。
まあ、私は最期に悔いがない様に生きていければいいんだよ。
……この命もそう長くはないみたいだし。
なんで医者って患者が死ぬ日を教えるのだろうか……?
教えた方がいい最期を迎えられると思うのだろうか?
身辺整理して、ただ死ぬ日を待つのが幸せな最期に繋がるだろうか?
大体、自分があとどれくらいで死ぬのか、どれくらい生きられるのかは感じ取る事が出来る。それにわざわざ確証を付けてあげてどうするのよ。煩いよ。
せめて――死ぬ前位静かにしてくれないかな。私は眠いんだ。
――静かに眠らせてくれ。起きちゃうかもしれないだろ。
ほっといてくれよ。
あんたもあんたも、この身体じゃなかったら構わなかったくせに。
■■■
起きた。
妙にパッチリと目が覚めた。あれ、今何時だろう?
近くに置いてある目覚まし時計(アラームは設定していない)を手に取る。
別に眠い訳ではないが、ルーチン的に目を擦り、少し視界がぼやけた後には「11:16」のデジタル表示があった。
あ、朝食……。
あのまま深く寝ちゃったのか、数十分だけ眠るつもりだったのに……。
さて、深央さんを呼びに行こうか。
慣れた様でに車椅子に乗り、ブレーキを外して、病室のドアまで車輪を回した。そこで一旦ブレーキをかける。
ドアを開ける時に少し前屈みになる必要があるが、腰回りが動きづらいので、あまり身体を前に倒せない。
丁度いい感じに腹筋を使って体を倒す事によって、何とか扉を開けた。
さて、深央さんの所に行かないと……。
ナースステーションは私の病室を出て、左に進んだ所にある。
車椅子ではやや遠く感じる距離だが、病院ではいい運動になる。
コンコン。
「ナースステーション」と黒い文字で書かれた扉を2回優しく叩く。
「はーい」
中から深央さんの声が響くと同時に扉が開く。
「朝食を取りに来ました」
「全く、朝食は決まった時間にしか本当はダメなんですからね?」
「はーい……」
「ちゃんと目を見なさいよ……。
朝食は今持って行きますから、部屋で待ってて下さいね」
「自分で持っていきたいです」
「ダメです、前もそう言って溢したじゃないですか」
「はーい……」
持って行く位は自分でやりたいのにな。
渋々部屋に戻ろうとする。
「やっぱり一緒に戻りましょう」
「え、何でですか?」
「露骨に嫌そうな顔しないで下さいよ。
一応言っておきますが、普通、貴女の様な患者は1人で外出出来ないんですよ?
腕にどれだけの筋肉付けているんですか……」
手押しハンドルを持ちながら苦笑する。
毎日自分でトイレに行ったり、こんな風に病室の外に出ていたり、――たまに目を盗んで病院の庭に出て子供達と遊んでいたりしていたから、それだけでかなり腕の筋肉は付いた。
試しに力瘤を作ってみる。
うむ、硬い。病衣の上からではそんなにある様には見えないが、こうしてみると我ながら素晴らしい筋肉だ。
「触っていいですか?」
「いいですよ?」
深央さんが何故か興味を持った様だ。
病人の筋肉なんてどうして気にするのだろうか。
わざわざ車椅子を止めて私の力瘤を触って来た。
――せめて、着いてからにしてくれませんかね?
そんな私の言葉は、深央さんのいやらしい触り方によって遮られる。
「にゅ!」
変な声出た。
「痛かったですか!?」
「いえ、大丈夫ですけど……」
とても、触られてビクッとして声が出たっては言えない……。
深央さん、揉むの上手……。
「……深央さん、テクニシャン……」
「な、何言ってんですか、もう……」
ふにょふにょになって、もう身体に力が入らない……。
深央さんめ……まだこんな力を隠していたのか……。
そんなどこぞの漫画のパロディーの様なものを頭の中で再生していると、お腹から情けない音が鳴った。
「深央さん、朝食まだだったね」
精一杯の笑顔を振り撒く。
「朝食と言ったのに寝ていた人は何処の誰ですか?」
深央さんは、最早日常と言う様な口振りをしながら部屋へと車椅子を引いて行った。
「ありがとう、もういいわ」
ベッドの近くまで着くと、そう言って車椅子から深央さんの手を払い除ける。
ちょっと言い方が悪いかもしれないが、上手い言い回しが思い浮かばなかったのだから仕方ない。
「判りました。それじゃあ、朝食を持って来ますね?」
呆れたと言わんばかりの溜め息を残して、深央さんは足早に病室を出た。
そして私は自分の力で車椅子から身を放り出し、ベッドにしがみ付き、泳ぐ様にして身体全体をベッドに乗せる。シーツは縒れてしまった。
シーツの縒れを出来る限り直しながら、深央さんが朝食を連れて来るのを待った。
暫くして、深央さんが朝食を持って来てくれた。
今日の朝食もどこか既視感があるものだった。
緑のプラスチック製のトレーには、味噌汁とご飯、魚の煮付けとお浸しが乗っかっている。
味噌汁とご飯からは湯気が立っていた。いつも通り、深央さんが温めてくれたのだろう。
「深央さん、ありがとう。――いただきます」
「どういたしまして。ゆっくり食べて下さいね。
30分程したら片付けに来ますから、それまでに食べておいてくださいね。
何かあったら、ナースコールで呼んで下さいよ?」
「はーい」
深央さんは扉前で、ご飯と共に魚の煮付けを食べる姿を一見して微笑を浮かべた後、静かに病室のドアを閉めて、ナースステーションへと戻っていった。
それにしても、ここの食事はいまいち食べた気がしない。美味しいのではあるのだが……何と言えばいいのか、満腹にならないと言うので合っているのか……。ここを出て何処かで料理を食べた事がない私にとっては何と表現すればいいのか判らない。
まあ、もうちょっと食べたいかな。もう食べ終わっちゃったし。
甘いもの食べたいなー。