1話 自由になりたい
――自由になりたい。
誰もが一度は思ったことがあると思う。
私は、それが身体の自由か精神の自由か、それまた経済活動の自由かは知らないけど、そう感じたのは、自分が少なからず不自由だと思ったから。
そう感じるのは仕方ない。自由は、歩けば手に入る様なものではないのだから。
自由を求めるのは自由だけど、公共の場でその願望を口にするのは憚って欲しい。
――貴方達は、自分が思っている以上に自由を持っているのだから。
それなのに――自由が欲しいなんて言われたら、嫌みを言っているようにしか聞こえない。
そんなに自分が不自由だと思うなら、私と代わって欲しい。
……冗談よ。
ただ、貴方達が今、どれだけ自由に近いか知っていて欲しい。
まあ、私も自由からそんなに遠い訳ではないけど。本くらいは読めるから。
だけど、世の中には、いろいろな状況下で本さえ読めない人もいる。その人達が聞いたらどう思うかな……。
だから私は、声高々に「自由になりたい」と叫びたい気持ちを抑えて、心の中だけで叫ぶ。
仕方ないじゃない。私は十分に自由を与えられたほうだもの。
■■■
コンコン。
私しかいない白の部屋に、2回ノックが響く。
「どうぞ」
「はーい、失礼しますねー」
私の言葉に応答し、入って来たのは、まだ若い女性。彼女は私の看護師。名前は『杉田深央』。
彼女には色々とお世話になっている。
何せ私は先天性の下半身不随。要は生まれつき足が動かせないのだ。
深央さんが大体何でもやってくれるお陰で、私はこの足が動かない事に不自由を感じた事はない。そもそも、病院以外で過ごした事がない、少なくとも私の記憶の中ではここ以外に行った事がないから、特段不自由に感じる機会もない。
ただ、そんな中でも下半身不随お陰で思う事はある。
――願わくば、
――自分の足で地を踏み歩いてみたい、緑に茂る芝生をこの足で歩いてみたい。
きっと気持ちいいのだろう、地面が私の足を撫でる感触は。
そんな事を考えている時は、何故私だけは――なんて思ったりもする。
しかし、思ったりしたとしても何も変わらないし、変われないのだ。
全く、神様から皮肉を言われている気分だ。
毎日同じ様な思考を巡らせている自分にほんの少しだけ笑みが零れる。
この時間は悪くない。少しだけこうやって自分の事を考えてみるのも楽しいものだ。
「何か良い事でもありましたか?」
深央さんが笑って私に問いかけて来る。
どうやら少しだけ緩んだ頬に彼女は気付いたみたいだ。
もしかしたら、病院という幸多いと言えない空間に毎日といる彼女にとって、少し緩んだ頬は輝いて見えたのかもしれない。
「また笑ってますね。久々の天気だから、心まで晴れやかになっているんですか?」
また笑いながら、私では開けられない所のカーテンを開けてくれる。
「そうね、そんな感じ。
最近は天気が優れなかったから……。全く関係ない事なのにね、気持ちも晴れやかになるわ。
――あ、そこまでで大丈夫よ、今日は天気がいいから」
朝陽が思ったよりも強く、少し眩しい。
今日はお昼寝出来るかな……。
「ここで大丈夫ですか?」
「はい、それくらいで」
「もう少ししたら朝食持ってきますね。トイレとかは大丈夫ですか?」
「ああ、さっき行ってきたわ。…………どうしたの?」
深央さんが頭を抱えている……。
……ああ、そうだった、すっかり忘れていた。
「もう……1人で行かないで下さいよ……。もし何かあったら大変じゃないですか……」
「別にいいじゃない、1人で行けるんだから」
「そう言う問題じゃなくて……」
この後、深央さんがグチグチ言って来るけど、それは全て聞かない。
耳に胼胝ができる程聞いた話をわざわざ繰り返し聞きたくないの。
聞かないと聞かないで深央さんは怒るんだけど、その内諦めてくれるから。
自分の事を自分でするのって当たり前の事じゃないのかな?
病院生活をしているけれど、私は1人で何でも出来る程自由には行動出来ないけれど、出来るだけ1人でやりたいし、下半身不随だから何でも人に頼りっ切りで過ごすって言うのは嫌だ。
きっと、深央さんが諦めてくれるのは、私がこういう風に思っている事を知っているからだろう。
口には出さないけれど、感謝している。かんしゃかんしゃ。
――ああ、ちょっと眠いな。今日は早く起き過ぎたみたい。しょうがないね、こんなにいい天気だったら誰だって起きちゃうよ。それに、ここからは朝鳥の鳴き声が良く聞こえるしね。
おやすみなさい。
……深央さんがなんか言っているけど……まあいっか。
――もうちょっと閉めてもらえばよかったな。




