7 勝てるかな……
ドラゴンモドキは、コモドオオトカゲに羽が生えたような体格の生き物で、体表は黒く、赤く光る筋が何本かある。火山地帯を体現しているかのような見た目だ。
「いけっ! ドラゴンモドキ! その爪であいつを切り裂け!」
ドラゴンモドキは羽を羽ばたかせ、高く飛び上がった。そして、カワセミめいた急降下で、俺に襲い掛かってきた。俺はとっさに避ける。が、避けきれず、ドラゴンモドキの鋭利な爪で、右肩が裂かれた。
「ぎゃあああっ!」
「サトル君!」
苦悶の表情を浮かべる俺。肩を抑え、慌てて走る。その背中をドラゴンモドキが狙い、滑空しながらもう一撃! 俺はしゃがむことでその爪を交わした。勢いのあるドラゴンモドキはそのまま壁にぶつかるように見えた。しかしドラゴンモドキは、直角に急上昇し、衝突を回避する。さらにその際、壁に大きな引っかき傷を残した。あのドラゴンモドキの爪は、レンガの硬い壁を、紙のように切り裂くことができるらしい。
「マジかよ……」
愕然とする俺に対し、ヨハンは不敵な顔で言った。
「驚くのはまだ早いぜ。貴様は跡形もなく、消し去ってやる。やれ、ドラゴンモドキ! 溶岩熱線」
上空に構えるドラゴンモドキの頬が大きく膨らんだ。そしてドラゴンモドキは赤い熱線を吐きだす! 俺は横っ飛びでその熱線を交わした。俺がさっきまで立っていた場所にあったレンガは、ドロドロに溶けた。
「さあ! これでお前を消し炭にしてくれる! やれ! ドラゴンモドキ!」
ドラゴンモドキが放った二度目の熱戦が、俺の目前にまで迫り、俺は、唇を噛む。――という夢を見たことがある。
戦いに至るまでの過程が違ったから気づくのが遅れた。夢では、俺がヨハンを殴ったことが原因で、汚名返上のため、再戦するなら許すという流れだった。そして夢の中で俺は、時間を戻す能力を駆使し、ボロボロになりながらも、あのドラゴンモドキを倒すのだった。しかし厄介なことに、今回の俺は時間を巻き戻すことができない。レンガを切り裂く爪と、レンガを溶かす熱線を吐きだす相手に、俺は勝てるのだろうか?
「降参して、謝罪するなら今のうちだぞ」
ヨハンはすでに勝利を確信しているような顔で言った。俺の焦りが顔に出ているのかもしれない。俺は自分の弱さを隠すため、ヨハンをねめつけながら言った。
「誰が謝るか」
「ふん。ならばその体に教えてやる! どちらが上かってことをなぁ! 行け、ドラゴン――」
「ちょっと、待った!」
と言ったのは、アリスである。俺もヨハンもすでに臨戦態勢だったから、ズッコケそうになる。
「何だ、どうした?」
俺の問いに対し、アリスは胸を張って答えた。
「ちょっと待って。私はまだ、サトル君を呼び出すための口上を言ってないよ!」
「いる? 俺はもうここにいるよ?」
「いるよ! だって、これは、召喚士同士の戦いなのだから! お互いの使い魔を口上とともに召喚してから、戦い合うのが、召喚士のルールだ!」
そうなのか? ヨハンに目で疑問を投げかけると、ヨハンはイラついた表情で言った。
「そういう慣習はある。でも、絶対じゃない」
アリスに目を戻す。ご主人様はやる気満々の目をしていた。
「早めに頼む」
「任せて!」
アリスは本を開く。すると、本が光った。
「最強の戦士よ! 私を守るために戦いたまえ! 行けっ! サトル君!」
どんな風に振る舞えば良いかいまいちわからない。だから俺はノリと勢いで叫んだ。
「よっしゃぁ! やってやるぜ!」
「うんうん。その調子で、お兄ちゃんを助けて!」
「任せろ!」
俺はドラゴンモドキと対峙する。ドラゴンモドキは、ぎょろりとした大きな目で俺を眺め、舌先を伸ばした。
ヨハンは俺を指さして叫んだ。
「いけっ! ドラゴンモドキ! その爪であいつを切り裂け!」
ドラゴンモドキは羽を羽ばたかせ、高く飛び上がった。そして、カワセミめいた急降下で、俺に襲い掛かってきた。夢の通りだ。俺はすぐさま避けようとする。
「やべっ」
が、計算外のことが起きた。ドラゴンモドキの降下スピードが想像以上に速かったのだ。だから、あっという間に距離を詰められて、ドラゴンモドキの鋭利な爪が、俺の右肩を狙った!
爪が肩に当たった瞬間、死んだと思った。いくら中級魔法に耐えた体とはいえ、レンガを切り裂くような爪に対しては無力のはずだ。俺は右肩を切り裂かれ、血しぶきを上げながら、死ぬ――と思ったが、そんなことは無かった。むしろ、折れる音がして、ドラゴンモドキの爪が折れた。
『キィィィィィィヤァ!』
ドラゴンモドキの悲鳴にも似た甲高い鳴き声が、住宅街に木霊する。ドラゴンモドキは上空に飛び上がり、宙で悶えた。かなり痛かったようだ。
「くっ、くそぉ! ドラゴンモドキの爪でもダメージを与えられないのか!」
悔しいでしょうねぇ。俺の体が頑丈すぎて。
「ならば! これでも喰らえ! 溶岩熱線!」
レンガをドロドロに溶かしたあの攻撃か! さすだにそれはまずいと思い、俺は横に跳ぼうとした。
が、そのとき、
「サトル君! 受け止めて!」
とアリスが叫び、体が勝手に、胸の前で腕をクロスさせ、防御姿勢に入った。
「何で!?」
赤黒の溶岩めいた熱線が目前に迫り、ドーン! と重々しい音を響かせて、溶岩光線が命中した。俺は、思わず悲鳴を上げる。
「あああああ!」
レンガすらドロドロに溶かす熱線を受け、さすがの俺も体が溶け……ない!? 溶けてない! さらに、全然熱くなかった。不思議! 受け止めて、下にこぼれた溶岩は、石畳を溶かしていくけれど、俺の体を焦がすことはない。
「ば、馬鹿な!」愕然とするヨハン。「ドラゴンモドキ! もっと本気を出せ!」
熱戦の勢いが強くなり、赤黒の光線はより強い光を放つ。どう見ても、生存不可能な熱線。しかし俺は、やはり、無傷である。
次第に、熱線の勢いが弱くなる。ドラゴンモドキが限界なのは、表情を見ればわかる。最後の一滴まで絞り出したドラゴンモドキは、無傷の俺を見て、困惑の色を強くするのだった。
「ドラゴンモドキ! もう一回だ!」
ドラゴンモドキは主人の要求に応えようと頬を膨らませ、大きく開口する。しかし熱線が放たれることはなくて、空虚な吐息が、ドラゴンモドキの口からもれた。
「どうだ! 見たか! これがサトル君の、そして、サトル君を召喚した私の力だ!」
アリスはドヤ顔で言った。何か、ずるい言い方だなぁ、と思う。
「ぐぬぬ。この役立たずが! なら、奴に噛みつけ!」
ドラゴンモドキは躊躇った。おそらく、噛みついたら、自分の歯がボロボロになることを直感的に理解したのだろう。
「早く、やれ!」
しかし、ヨハンの本が光りを放つと、ドラゴンモドキは嫌々ながらも、急降下し、鋭利な牙の生えた大口を開け、襲い掛かってきた。
「サトル君! やっちゃえ!」
アバウトすぎる命令に困惑しながら、俺はドラゴンモドキを迎え撃つ。あの牙で、噛まれたら、相当痛そうだ。俺の首元にドラゴンモドキが噛みつき、歯がべきべき折れる感触が伝わった。
骨を切らせて肉を断つ。まぁ、俺が骨を切られることはないんですが、とにかく、ドラゴンモドキに敢えて噛みつかせることで、俺はドラゴンモドキをキャッチすることに成功する。
「そうだ! そのまま、叩きつけちゃえ!」
「何をやってる馬鹿! 早く抜け出せ!」
俺の腕の中でもがくドラゴンモドキ。巨大に見えたが、実際掴んでみると、小さいように感じる。体長は、1メートルより少し大きいくらいか。人間の子供くらいのサイズだ。そして俺は、ドラゴンモドキの尻尾を握ると、斧でも振り下ろすかのように、ドラゴンモドキを石畳に叩きつけた。
動物を虐待しているような、そんな嫌な気分になりましたが、わかって欲しいのは、俺が進んでやったわけではないということです。アリスに命令されると、勝手に動いてしまう体になってしまいました。
頭から叩きつけたため、ドラゴンモドキは痙攣し、やがて動かなくなる。すると、光の粒子となって、ヨハンの本に吸い込まれた。
「やばい。殺しちゃったの?」
「いや、多分。戦闘不能になっただけだと思う。気絶みたいなもんかな」
俺の心配をよそに、アリスは嬉々として語る。ヨハンの使い魔にも勝利した。その喜びに浸っているように見える。
「ふぅん。ってか、使い魔って死ぬの?」
「死ぬという表現が正しいかはわからないけれど、致命傷を受けると、契約書が燃えて、この世界から消えちゃう」
「そうなんだ」
「くそおおおおお!」
とヨハンの絶叫が響く。ヨハンは地面に膝を着き、ドラゴンモドキの本を何度も叩いた。
「この役立たず! お前なんか死んでしまえ!」
自分の使い魔に対する敬意を欠いたヨハンの振る舞いに、俺は不快感を覚える。ドラゴンモドキは頑張った。悪いのは、俺の力量を理解していなかったヨハンである。だから、ドラゴンモドキを責めるのは違うな、と思った。
「ヨハン君! そんなことしちゃ、使い魔が可哀想でしょう?」
アリスが進み出る。さすが俺のご主人様。顔がにやついていなければ、もっと尊敬できるのに。
「う、うるせぇ! 俺は負けちゃいけないんだ。だから、こいつのせいで」
「その通りだ。ヨハン」
冷ややかな声に、ヨハンの体が震える。冷酷な瞳をしたショルダが、ヨハンを見下ろしていた。
「お前は負けちゃいけない。それにもかかわらず、お前は下等種族に二回も負けた。つまり、これが何を意味するか、わかるか?」
「ち、違うんです。お父様!」
「お前も下等種族ということだぁ!」
ショルダは躊躇いなく、ヨハンの腹部を蹴り上げた!