6 ファンタジィ……
俺は男の言葉に従い、家の外に出た。夜の帳が降り、街灯が辺りを照らしている。家の前には、男と同じ、青いローブを来た男が数人いて、物々しい雰囲気となっていた。
あれ? これって……。
記憶がフラッシュバックする俺の前で、男はあっさりとアリスを解放した。
アリスは急いで俺の後ろに隠れる。
「大丈夫?」
「うん」
「大丈夫? じゃねぇよ!」アリスのお父さんに横から胸倉を掴まれ、引き寄せられる。お父さんは唾を飛ばしながら言った。「てめぇ、何で、アリスを危険な目に遭わせているんだ! 使い魔だろ!」
唾を飛ばしながらの怒声に、俺は眉尻が下がる。お父さんの言う通りだ。
「すみません。次は気を付けます」
「次なんてねぇだよ!」
えぇ……。
「おい、いつまで俺を無視するつもりだ。下等種族どもよ」
男の声で、その存在を思い出したように、アリスのお父さんは男を睨んだ。
「おぅ、そうだ。そもそもてめぇ、うちの娘にな、に……」
アリスのお父さんの目が大きく見開かれ、青ざめる。袖を掴まれ、振り返ると、アリスも同じように恐怖をにじませた表情で男を見ていた。
「その反応、どうやら俺が何者かわかるくらいには、頭が働くみたいだな」
「誰?」
アリスに聞いたつもりだったが、アリスのお父さんが答える。
「ロ、ロード騎士団の副団長、鬼神のショルダだ!」
「下等種族のくせに、様付けをしないことは気に食わないが、その通りだ」
40を過ぎているようなおっさんのくせに、人を下等種族呼ばわりとか……。ファンタジーだなぁ。
「ふ、副団長だろうと関係ねぇ! 俺の娘を危険な目に遭わせる奴は許さん! てめぇ、何しに来た!?」
アリスのお父さんは気を引き締めて言った。何が何でも娘を守る。その気概はしっかりと見習わなければいけないな。
「その心意気やよし。だが、噛みつく相手を間違えるなよ?」
ゾッとするほどの殺意を孕んだ睨みに、アリスのお父さんは膝が崩れそうになる。しかしアリスのお父さんは歯を食いしばって、踏ん張った。
「ほぅ。面白い」冷淡な笑みを浮かべるショルダ。「名誉ある俺の剣の錆にしたいところだが、今日、用があるのは、お前ではない。そこの使い魔だ」
ショルダは俺の方を指さした。振り返る。俺の後ろには、使い魔らしき存在はないが……。
「お前だ! 下等種族!」
……ですよねぇ。
「この俺をコケにするとは良い度胸だ。貴様も俺の錆にしてくれる。だが、お前を殺すのは俺じゃない」
と言って、ショルダは後ろにいた人物に、前に進み出るよう、顎を動かした。
ショルダの後ろから現れたのは、ヨハンだった。緊張した面持ちで分厚い本を脇に抱えている。俺はヨハンを見た瞬間、眉をひそめた。ヨハンの頬に殴られたような跡があったからだ。
ってか、ショルダは子供がいるのにあの言動なのか……。
「話によると、貴様は今日の昼、俺の倅をコケにしたとか」
「してませんが」
「そのせいで、俺が恥を掻いてしまったではないか」
「あの人の話を聞いていますか? で、何であなたが恥を掻くんですか?」
「鬼神のショルダと呼ばれる俺の倅が、初級召喚士が召喚した、ケツに毛も生えてねぇよな使い魔に負けたなんてことは、あってはならないことなんだ。ショルダの倅は使い魔に負けるほど弱い。だから、ショルダも弱い、と周りに思われてしまうだろ?」
「そんなことはないと思いますけど」
「それでだ。俺は倅に汚名を返上するためのチャンスを与えることにした。つまり、お前と再び戦い、今度こそ、勝利するんだ」
「なるほど。でも、俺に戦う気なんてないですよ?」
「ほぅ。だが、それを決めるのはお前じゃない。これを見ても、その態度を貫けるかな?」
ショルダが顎で指示すると、後ろにいた騎士団員? が、一人の男を連れて、ショルダの隣に立った。その男を見て、「あっ!」とアリスとアリスのお父さんが声を上げる。
「お兄ちゃん!」
「ギラン!」
その男は、アリスのお兄さんらしい。石の手錠をはめられ、口は布で塞がれている。困惑した表情で、ショルダとアリスたちを見比べていた。
「てめぇ、娘だけではなく、俺の息子にも手を出すつもりか!」
「この男は、うちの兵士らしいな。だから、もしもお前が戦わないというのであれば、俺はこいつに地獄の特訓を施す。ロード王国の兵士として恥じないような、立派な戦士に」
ショルダは悪役めいた冷ややかな笑みを浮かべて言った。地獄の特訓。どんな特訓かは想像もつかないが、ショルダの顔から察するに、ただの特訓ではなさそうだ。
「ふざけるな! 俺の息子をダシに使うとか、副団長として恥ずかしくないのか!」
「恥ずかしくないね。俺は彼を一流の兵士に育て上げるのだから。それに人々は、俺を尊敬するだろう。勝負のためなら手段をいとわない、鬼神の名に恥じぬ、俺を」
何が恐ろしいって、ショルダは本気で言っていることだ。これほどまでに狂っているから、副団長になれたのかもしれない。まぁ、とにかく、このままではアリスのお兄さんの命が危ないということは確かだ。なら俺も、覚悟を決めてやるしかないだろう。
「アリス、ヨハンと戦ってもいいか?」
「でも、サトル君は」
「俺なら問題ない。ヨハンになんか負けないよ」
アリスは心配そうに俺を見つめる。俺は彼女を安心させようと微笑む。すると彼女は、大きく頷いた。
「わかった。それじゃあ、サトル君。お願い。お兄ちゃんを助けて」
「はいよ」
俺は改めて、ショルダ、そして、ヨハンと対峙した。俺の選択に対し、ショルダは満足げに口角を上げる。
「それで良い」
と言って、ショルダはヨハンの肩に手を置き、ぼそっと何か呟いた。
ヨハンの緊張の色が濃くなる。脅迫めいたことを言われたのだろう。同情はするが、負けるつもりはない。
「ここで戦うのか?」
「おいおい。下等種族のくせに、ずいぶんと生意気な口を利くな」
「当たり前だ。敬意を払って欲しかったら、それ相応の態度を見せるんだな」
「ふん。まぁ、いい。数秒後には、跪き、俺に謝罪することになるのだから。場所はここでいい。どうせ、すぐに決着はつくのだから。そうだろう?」
「は、はい! お父様!」
「よし。ならば、今すぐに始めろ」
「はい」
ヨハンは引き締まった表情で本を開く。
「古の噴煙より、敵を喰らい尽くすために現れろ! レッド・ウイング・バハムート・ドラゴンモドキ!」
頭に響くような甲高い鳴き声とともに、赤い羽の生えた、巨大なトカゲが姿を現した!