4 共感する二人
「見た? あいつの顔。最高に間抜けだったよね!」
アリスは嬉々とした表情で語る。
「嫌いなんだ、あのヨハンってやつのこと」
「当たり前だよ。むしろ、あんなやつを好きになる要素なんてないよ」
「まぁ、その気持ちはわかる」
俺たちは中庭に面した広い廊下を歩いていた。片側の壁がなくて、中庭で食事する生徒の姿が見えた。今はお昼の時間らしい。
「あのさ、アリス」
「何?」
「そろそろ、色々、説明してもらってもいいかな?」
「あ、うん。でも、私、お腹空いちゃった」
「なら、ご飯を食べながらでいいからさ」
「うん」
階段を上り、二階へ。アリスは階段から離れた場所にある部屋の扉を開け、中に入った。黒板があって、木の長机が規則正しく並べられている。多分ここは、何かの教室だ。
「火曜日はいつもここでご飯を食べることにしているの。ここで次の授業はないから、誰も来ないんだよね」
「……そう、なんだ」
色々苦労しているのだろう。俺も高校の時は同じ状況だったから、アリスの気持ちが理解できた。
アリスは端の席に座り、肩から掛けていた鞄を机の上に置いた。鞄の中から紙袋を取り出す。中にはサンドイッチがあって、彼女は紙? の包みを破いて、サンドイッチをかじった。咀嚼しながら俺の方を見て、呑み込んだ後、思い出したように言う。
「サトル君ってサンドイッチとか食べられるの?」
「食べられるけど」
「ふぅん。使い魔によっては、人間の食べ物を与えちゃいけませんって言われているからさ」
「なるほどな。でも、俺は大丈夫だと思うよ。人間以外の何かに見える?」
「いや、見えないよ。どこからどう見ても不審者だよ」
「おい」
「冗談だって」
彼女は笑顔で誤魔化しながら、サンドイッチを一つ、俺に差し出した。
「ありがとう」
「使い魔の世話も、召喚士の仕事だからね」
仕事と言われると、少し複雑な気分になるが、俺はありがたくサンドイッチをいただき、早速食べてみる。甘辛いソースで炒めた肉とレタスのような葉物をパンで挟んだサンドイッチだった。不味くはないが、おいしいというわけでもない。面白みに欠ける味だ。
「どう?」
「うん。おいしいよ」
でもまぁ、普通とは言えないわな。
「そっか。なら、良かった。それで、サトル君は何を聞きたいのかな?」
「そうだな。まずはこの学校について説明してもらおうか?」
「ここはロード魔法学校」
「魔法を習うための学校?」
「うん。色々な専攻があって、私は召喚術の専攻を選んでいるの」
「へぇ。だから俺を召喚したんだ」
「うん」
「最初から俺を召喚するつもりだったの?」
「いや、そのつもりは無かったんだけど。怪我の功名というやつかな。今は、初めて召喚した使い魔がサトル君で本当に良かったと思ってる」
面と向かって言われると、照れる。俺は気恥ずかしさを誤魔化すように、顔をそらした。
「でも、俺自身、結構驚いているんだけどな。まさか、あれほどの攻撃を受けて、無傷だとは。あのヨハンが使った魔法は、そこそこ強いんだろ?」
「中級魔法だからね。使い魔でもそれなりにダメージを受けるはずだよ。ましてや召喚したばかりの使い魔となると、普通は、一週間は動けなくなるようなダメージを受けるんじゃないかな。でも、サトル君が無傷で済んだのは、召喚士の腕がいいからだよ」アリスは鼻を伸ばしながら言った。「サトル君を召喚する時に、色々、能力を付加するためのジュエルを使ったから、それがうまく作用したんだと思う」
なるほど。召喚される際に、能力を付加されたから、前の俺では考えられないような、頑丈な体になったのか。ただ、彼女がその辺をうまくできたのかは、やや懐疑的だ。
「そのジュエル? とやらには、未来予知的な能力はあった?」
「ないよ。どうして?」
「既視感があるからさ。この学校の光景とか」
「それは多分、イデアが関係しているんじゃないかな」
「イデア?」
「召喚士と使い魔の意思疎通がスムーズに行うことができるように、召喚士の思考を共有するジュエルがあるの。それを使ったから、多分、見覚えがあるんじゃないかな」
「……なるほど」
果たして、本当にそれだけなのだろうか?
廊下の方から人の声がした。アリスの顔に緊張が走る。近づく人の声は、部屋を過ぎて、遠くなっていく。アリスは安心したように息を吐いた。
俺の視線に気づき、アリスはバツが悪そうにサンドイッチをかじった。
「何か言いたそうな顔をしているね」
「そう見える?」
「うん」
「なら、話すよ。俺も昔、アリスと同じようなことがあったんだ」
「本当?」
「ああ。俺も召喚される前の世界では、学校に通っていて、人がいない教室でよくご飯を食べていた」
「ふぅん」
「一緒に食べる相手がいないと周りに思われるのが嫌で、とにかく一人になれる場所を探した。それで、あんまり人がいないような場所なんかに行ったりして、教室の位置とか、無駄に知っていたりするんだよね」
「まぁ、わかる」
「そしてここならと思って、空いている教室でご飯を食べていると、先生が入ってきたりして、すんげぇ、気まずくなるんだよな」
「へぇ。私も、一回だけそれがあった。あのときは本当、頭の中がパニックで、うまい言い訳が思い付かないんだよね」
「やっぱり、そういうことってあるよな」
「うん」
「だから、俺もそういう経験があるから、今のアリスを見ていると、親近感が湧くなと思ってさ」
「えっ、私、不審者じゃないよ?」
「そういう意味じゃねーよ」
冗談だよ、とアリスは笑顔で語る。
「そっか。サトル君にもそういう経験があったんだ」
アリスはにやついた顔で俺の顔をまじまじと眺めながら言った。
「なんか、その話を聞いて、サトル君に対する印象が少し変わった」
「なら、良かった」
「最初会ったとき、どこかで会った? みたいなこと、サトル君、言っていたよね?」
「ああ」
「私もそんな気がしてきた。私たち、どこかで会ったことがあるのかもね」
「使い魔にいきなりナンパとか、生意気なご主人様ですこと」
「生意気なのは、サトル君の方だよ」
アリスはふくれっ面で言った。しかしすぐに破顔して、俺たちは笑い合うのだった。
印象が変わったのはアリスだけではない。俺も、アリスに対する見方が少し変わった。使い魔がどんな仕事をするのか、いまいちよくわかっていないが、彼女のために頑張ろうと思った。
✝✝
午後の授業中は本の中で大人しくしていた。
次に外に出たとき、レンガ造りの建物が並び、石畳が敷かれた、街の中に立っていた。
「ここは?」
「ロードの街だよ」
そう答えるアリスの手には箒が握られていた。アリスの身長と同じくらい長い箒だ。
「それで飛んできたの?」
「うん」
「へぇ。俺も飛んでみたかったな」
「それは無理だよ。だってこれは一人用だし」
「そっか。残念」
「飛べないの?」
「ああ」
「練習すれば飛べるようになるかもよ」
「なら、練習しなくちゃな」
「また今度ね」
アリスは微笑み、歩き出した。
「どこに行くの?」
「家に帰るんだよ」
「そっか。学校の寮とかで生活するわけじゃないんだ」
「まぁ、そういう人もいるけど、私は違う」
壁のように、ほとんど隙間なく並んでいる家屋。多分ここは住宅街なのだろう。道幅が狭く、家の前で遊ぶ子供たちの姿があった。
「ここが私の家」
アリスが指さしたのは、赤いレンガの家屋だった。やや黒ずんだ木の扉で、扉のわきに、鉢植えが並べられ、名の知らぬ赤や青の花々が咲いていた。
アリスは鍵を取り出して、鍵穴に鍵を差しこんだ。アリスが鍵を開けるのを待っていると、「おい」と肩に手を置かれた。
何だろう? と振り返った俺の頬に、突然、拳が叩きこまれた。