3 思ってたのと違うけど……
はい死んだ。
目の前が爆風に包まれた瞬間、俺は死を悟った。
「サトル君!」
アリスの声。すまん、アリス。俺は使い魔として失格だったよ。
さらに他の生徒たちの悲鳴も聞こえる。目の前で、男の顔が丸焦げになったのだ。悲鳴が上がるのもしょうがない。
しかし悲鳴は、戸惑いのざわめきに変わる。
ん? 何だ? どうした?
そこで俺は気づく。顔が全く痛くない。火球が直撃したはずなのに、焼けるような痛みも無かった。
目を開けると、愕然とした表情のヨハンがいた。
「な、何で!」ヨハンは間抜けな顔から、敵意剥き出しの顔になって俺を睨んだ。「何でお前は無傷なんだ!」
「無傷?」
顔を触ってみる。なるほど。確かに怪我をした形跡は無い。振り返ってアリスに説明を求める。しかしアリスは呆然とした表情で首を振った。彼女にも何が起きているのか理解できないらしい。
「おいおい、マジかよ。ご主人様」
俺は向き直って、ヨハンと対峙した。
「手加減でもしたの?」
「くそがっ!」
ヨハンが再び魔法を放った。
飛来する火球! 時よ戻れと強く念じる! 顔面に火球が直撃! 爆発! しかし無傷!
俺は困惑する。あの火球が直撃したら、普通は怪我とかするもんなんじゃないのか。けど、俺が無傷ということは、ヨハンが手加減をしているとしか思えなかった。意外と優しいやつなのかもしれない。
呆然とするヨハンに対し、にこやかな表情で言った。
「お前のこと、勘違いしていたよ。威力を抑えた魔法を放つなんて、優しいんだな」
「う、うるせぇ!」
ヨハンの杖先が何度も光り、火球連弾が俺を襲った!
火球が体にぶつかり爆発する! 陽キャじゃないからわからないが、パイ投げのパイを受けている気分だ。視界が爆発で遮られ、よく見えない。そして爆発音がうるさい。しかしどれだけの火球が爆発しようと、俺が痛みを感じることはなかった。
視界を遮る粉塵のカーテンが晴れ、どよめきが生じる。あれほどの攻撃を受けても、無傷である俺に対し、誰もが驚いているようだ。
肩で息をしていたヨハンの顔色は、俺を見て、絶望に変わる。そりゃあ、そうだよな。全力を出したのに、全く通用しないんだから。
夢の中で、俺はヨハンのことをぶん殴っていた。しかし今の彼を見ていたら、殴るのはいささか可哀想である。ゆえに俺は、追い打ちをかけるのは止めることにした。それに、俺がヨハンを殴ることで、俺の責任者であるアリスに迷惑が掛かることも予習済みだ。
「これでわかったろ、俺の実力。これでもうちのご主人様を馬鹿にするつもりか?」
ヨハンは歯を食いしばり、悔しさを露わにする。やれやれ。男なら潔く敗北を認めてもらいたいものだな。
「他の人たちもどうだ? 俺を召喚したアリスを馬鹿にするやつはいるか?」
見回すと、全員目をそらした。
「そうだよ、皆!」と明るい声。先ほどまで曇天めいた顔つきだったアリスが、胸を張って、前に進み出た。「これが私の実力なんだよ? わかった?」
あ、この子はすぐに調子に乗るタイプだと思った。しかし、今までの鬱憤があるのだろう。俺は生温かい表情で、彼女を見守ることにした。
「どうですか、先生? 私の使い魔、すごくないですか? ヨハン君の中級魔法をあれだけ受けても、無傷なんですよ?」
「えっ、ええ。まぁ……」
「先生が今まで見てきた召喚士の中でも、一番優秀なんじゃないですか?」
「一番かはわかりませんけど、優秀だとは思います」
「ふふぅん。ですよね」アリスは上機嫌な表情で振り返る。「いやぁ、サトル君。私はサトル君を召喚できて、誇りに思うよ」
「……そいつはどうも」
失敗とか言っていたくせに。本当に調子が良いんだから。でもまぁ、可愛い子に褒められて、悪い気はしない。
「認めねぇぞ」ヨハンが怖い表情で言った。「お前は優秀な召喚士なんかじゃない。ただのまぐれだ。ただのまぐれで、そいつを召喚しただけだ」
「嫉妬は見苦しいよ、ヨハン君。『運も実力のうち』って言葉知ってる?」
煽るねぇ。
「うるせぇ。なら、俺の使い魔と勝負しろ!」
「えっ、嫌だよ」
「ああん? 怖いのか?」
「怖いとかじゃなくてさ。それが人に物を頼む態度なのかな? って話。まずは、これまで私を馬鹿にしてきたことを謝罪してから、誠心誠意お願いするのが、筋ってもんじゃないの? ん?」
ヨハンに対するこれまでの怒りが垣間見える。
「調子に乗るなよ、クソが」
ヨハンに睨まれ、アリスはそそくさと俺の後ろに隠れる。そして、舌を出して挑発するのだった。
「どけ! クソ使い魔。てめぇのご主人様にどっちが上か教えやる」
「そいつはできないお願いだな。主人を守るのが俺の仕事なんでね」
ここぞとばかりに、人生で一度は言ってみたい台詞を、ドヤ顔で言ってみる。
そのとき、鐘が鳴った。授業終了の合図か。先生が本を閉じて言った。
「ええ、それでは皆さん。皆さんはもう、使い魔を召喚したという責任がありますので、くれぐれも管理を怠らないようにしてください」
先生はちらりと俺を見た。俺に言っているのか? 俺が見返すと、すぐに目をそらした。
「それでは今日は、解散です」
「サトル君、行こう!」
「おい待て! まだ話は終わってねぇぞ!」
俺はアリスに手首を掴まれ、ヨハンから逃げるように、その場から離れた。