25 嵐の翌日
ダンジョン探索があった翌日。俺は独房めいた本の中で目を覚ます。時計を見ると、昼になろうとしていた。
俺がこの時間まで寝ていたということは、アリスはまだ寝ているということだ。それも仕方がないことか。昨日はかなり疲れた一日だったから。
アリスが起きるまで、アリスの部屋から持ち込んだ初等学校の生徒向けの教科書を読む。アリスによれば、ある程度の重さのものなら、この空間に持ち込めるらしい。だから俺は、現地語で『歴史』と書かれた教科書を読むことで、自分が今いる国の歴史について学んでいる。
一時間ほど教科書を読んでいると、もう慣れた感覚が生じて、アリスの前に呼び出された。アリスは髪がぼさぼさで、服装は寝間着のままだ。まさに、今起きたって感じだ。
「おはよう、サトル」
「ん?」
「どうしたの?」
「今、サトルって言った?」
「そうだけど。何か問題でも?」
「いや、無いけど。突然、君付けを止めたからさ」
「いいじゃん。べつに。サトルをどう呼ぼうが、ぼくの勝手でしょ」
「そうだな。って、ん?」
「今度は何?」
「今、ぼくって言った?」
「言ったけど、それが何か?」
俺はまじまじとアリスを観察する。とくに変わった様子はない。歩み寄って、額に手を当てると、顔が赤くなった。ちょっと、熱もあるか?
「いきなり、何さ」
アリスは俺の手を払う。
「それはこっちのセリフだよ。俺を君付けしないのはまだしも、いきなり自分のことをぼくとか言うのは、心配しちゃうじゃん?」
アリスはバツが悪そうに顔をそらした。俺がじっと見つめ、答えを求めると、アリスは俺を一瞥し、
「笑わないで聞いてくれる?」と言った。
「ああ。もちろんさ」
「その、昨日、ナルシー……さんたちと一緒に行動したじゃん?」
「そうだな」
「そんときさ。わた、ぼくってキャラが薄いなって思ったのさ」
「だから、キャラを変えてみようと思ったの?」
アリスは頷き、不安そうな目つきで俺を見る。俺は戸惑いながら答えた。
「アリスのキャラが薄いなんて思ったことがないけど」
「ぼくは薄いと思う」
正直、キャラを変える必要なんてない。しかしここで俺が何かを言うのは無粋か。それに、俺とアリスが出会ってから、まだ日が浅い。だから、アリスのキャラについて俺がとやかくいう資格はない。
「まぁ、よくわからないけど、アリスがそれでいいなら、いいんじゃないかな」
「うん」
アリスは頷き、俺に探るような視線を向ける。何か言いたそうにしている。
「何?」
「サトルはさ。自分のことを『ぼく』っていう女の人をどう思う?」
「……まぁ、個性的でいいじゃんないかな」
「だよね」
アリスはほっと胸を撫で下ろす。そんなに心配なら、しなきゃいいのに、と思うが、そういう年頃なのだろう。その気持ちは何となくわかるから、否定できない。俺にも自分の呼び名を変えてみようと思った時期があったなぁ。
「サトルはご飯食べ……てるわけないか」
「ああ」
「なら、ご飯にしよう」アリスは時計を見て、苦笑する。「もうお昼ご飯だね」
俺たちは食卓に移動し、ご飯の準備をする。と言っても、俺はアリスが作るのを待っているだけで、とくにすることはない。
「お待たせ」
運ばれてきた皿には、サンドイッチが載っていた。いつもの甘辛いソースで炒めた肉を葉物で挟んだやつだ。アリスは何かとこのソースを使いたがるので、このソースの味に、飽き始めている俺がいる。しかし俺は頂いている身。文句は言えないのだ。
「いただきます」
「どうぞ、召し上がれ」
俺はサンドイッチにかじりつく。いつもの味が口内に広がる。何かアクセントが欲しくなる。前の世界で食べていた、えっと、何だっけ? クリーム色の滑らかな液体。あれは確か……。
液体の名前を、思い出そうとしていると、アリスが言った。
「何か、昨日のことが嘘のようだね」
「……確かにな」
部屋を眺めまわす。昨日味わった緊張感とは、対照的な穏やかな空気が、この部屋には流れていた。昨日、騒がしいほどにアリスのことを心配していたお父さんも、今はいない。世間的には休日らしいが、今日は仕事らしい。どこの世界でも、働くって大変だな。
アリスが俺を見ていることに気づく。見返すと、アリスは微笑んだ。
「何?」
「何でもない。そう言えばさ、サトルのそれ、どうやって直したの?」
アリスは、俺のパーカーを指さした。
「これは校長先生に直してもらったんだ」
「ふぅん。そう言えば、サトル君ってその服以外の服は持ってないんだよね?」
「まぁな」
前の家に帰ればあるかもしれないけれど。
「なら、サトルの服でも見に行こうか」
「え? アリスと二人で?」
「当たり前じゃん。他に誰がいるのさ」
「……だよな」
「んじゃ、サトル。片づけをお願いね。その間に、ぼくは準備をするよ」
「わかった」
食卓から離れるアリスの背中を眺め、これって、もしかしてデート? と思ったが、アリスが相手だし、それは違うか。ペットに着せる服を買いに行く。そんな感覚なのだろう。
しかしそれでも、アリスと二人で出かけるのを想像すると、自然と笑みがこぼれた。恥ずかしながら、可愛い女の子と二人で出かけるのはこれが始めてなので。さっさと皿を洗おうと思い、俺は立ち上がった。
こんな幸せがいつまでも続けばいいな、と思った。
中途半端な部分ではありますが、ここで完結とさせていただきます。
最後までお読みいただき、誠にありがとうございます。




