22 ダンジョン探索⑤
男の剣は俺の首に当たって折れた。
「何!?」
驚く男の顔面に俺は拳を叩きこむ。今の俺に殴られるということは、ハンマーで殴られるようなものである。男の顎を砕く感覚があった。
「あ、やべ」
突然のことだったから、手加減できなかった。口から血を流しながら痙攣する男を見て、俺は焦る。しかし相手は殺す気だった。だからこれは正当防衛である。と、自分を正当化してみる。
「サトル君」
振り返り、俺はゾッとした。初めて見るアリスの顔だった。冷淡な瞳には、底の知れぬ憎悪の感情が渦巻いていた。
「アリス、どうした」
「あいつらを殺して」
「何で!?」
「あいつらは、お母さんを殺した。だから、許さない」アリスの本が光った。「これは命令よ。あいつらを殺して」
急展開に俺はふためく。奴らはアリスにとって因縁の相手であるようだ。しかし俺にとっては、よく知らない相手であるわけで、そんな連中を殺せと言われても、「はい、わかりました」とはならない。少し、頭の中を整理する時間が欲しいが、体はアリスの意思に従い、殺す気満々である。膝を曲げ、奴らに突っ込む構えだ。
「ちょっ! 殺す必要はないでしょ!」
その通りだ。ナルシー。
「駄目だよ。奴らは存在が害悪なんだ」
そのとき、石像を中心に、強い光が放たれた。咄嗟に腕で視界を隠す。何が起こっているかわからない。光が晴れると、石像のそばに立ったまま、闇の十字団なる連中が俺たちを見ていた。フードで口元以外は見えないが、その口元はにやついていた。
「哀れな子羊どもよ」一番手前にいる男が言った。「貴様らが何故、ここにいるのかは知らないが、我らの姿を見られたからには、生かしておくわけにはいかない。くくっ、光栄に思うが良い。我らが手に入れた新たな力で、貴様らをフィーニス様の供物にしてくれる。十字架を掲げよ!」
男が天高く十字架を掲げると、他の者たちもそれに続いた。金色の十字架に埋め込まれた紫色のジュエルが毒々しい光を放ち、大きな揺れが発生した。と同時に、ドラゴンを模った石像に亀裂が入り、轟音とともに、彼らの後方に奴が現れた!
10メートル以上ある石の巨体。奴には三つのドラゴンの首があって、胴体に腕は無く、しかしその背中には羽があって、太い足で着地すると、もたげた首を上げ、咆哮をあげた。
強烈な咆哮に、吹き飛ばされそうになる。俺は何とか耐えたが、グラシスとロズは、膝を着いて、頭を抱えた。
咆哮が止み、男の歓喜の声が響く。
「ガーゴイル・テンペスト・ドラゴン! ふふふっ、素晴らしい。こいつがいれば、我々の悲願も叶う!」
「ガーゴイル・テンペスト・ドラゴン」グラシスは眼鏡をかけ直しながら、目の前の強敵を見て、目を輝かせる。「すごい。こんなモンスターがいたんだ!」
「感心してる場合か!」とナルシー。「普通にやばいでしょうが!」
「うっ、そうだけど。こんな珍しい形質の塊。見たことないからさ」
「そんなにすごいのか?」
「うん。非ヒト型の石の体に、10メートル以上の巨体。そして、ドラゴン。こんな三つの形質を全て兼ね備えるなんて、贅沢すぎるよ」
「へぇ」
いまいち、すごさがよくわからないのは、俺が召喚術に対し、不勉強であるからか。しかし奴の実力は夢の中で実感しているから、気を引き締める。
「命が惜しいか? ならば、十字架を掲げよ。そうすれば、命は助けてやろう」
「どうしようっかな」とグラシス。
「掲げるわけないでしょ」
「その通りだよ」アリスはドスの効いた声で言った。「あいつらがどんなモンスターを使い魔にしようと関係ない。殺す。ただ、それだけ」
それはそれで怖いが。
「さぁ、サトル君。早く、あいつらを殺して」
「まぁ、待て、アリ――」
俺は駆け出した。体が勝手に動き出したのだ。
「愚かな選択を」男は哀れみを含んだ声で言い、十字架を掲げた。「ならば、この哀れな子羊に死の制裁を!」
ドラゴンの背後に十字架が現れ、ドラゴンは叫び、首の一つが俺を襲う!
目の前に迫るドラゴンの口。一メートルはある巨大な牙で俺は噛み砕かれる――はずもなく、ドラゴンが口を閉じた瞬間、ドラゴンの牙は砕け、ドラゴンは叫びながら、首を振った。視界が晴れ、目の前に十字団の一人がいた。
「えっ!?」
相手は雰囲気から察するに女だった。その女を俺は容赦なく殴った。
「すまん!」
倒れた女に馬乗りになって、追撃しようとする。何とかしたいのだが、体は俺の思い通りに動かない。
「そうだよ。そのまま殺せ!」
アリスの叫びが木霊する。強い怒りの念が流れ込み、よく知らない相手であるはずなのに、目の前にいる相手が憎く見え、殺さなければいけないような気がしてきた。
「馬鹿! 止めなさいよ!」
女の顔面に拳を叩きこむ寸前に、強制する力が弱くなった。振り返ると、ナルシーがアリスを後ろから羽交い絞めにし、ロズが申し訳なさそうに、アリスの手から本を奪った。
「止めろ! 離せ!」
ナイス! ナルシー! ロズ!
そのとき頭上からドラゴンの叫び声が聞こえ、見上げようとした瞬間、体に衝撃が走った。ドラゴンが首をスイングすることで俺を吹き飛ばしたことに気づいたのは、壁に衝突してからのことだ。むろん、ノーダメージなので、俺はすぐに立ち上がる。ドラゴンを見ると、様子がおかしい。
ドラゴンの背後にあった十字架が薄くなり、ドラゴンは暴れていた。俺が一人、ぶん殴ったことで、奴を強制する力が弱くなったのかもしれない。十字団の動揺が見て取れる。
「お、落ち着け! 十字架を掲げるのだ!」
十字架を掲げようとした一人が、ドラゴンに踏み潰された。さらにもう一人は尻尾で薙ぎ払われ、壁に衝突する。そして、リーダーと思しき男は尻餅をつき、ドラゴンに向け、必死に十字架を掲げる。しかしすでに十字架は消え、ドラゴンの首の一つが、男に近づき、鼻息が届きそうな距離で、男を眺めまわす。
「お、おおぉ! フィーニス様。どうか、私めに救いを!」
ドラゴンは、救いを求める男の上半身を噛みちぎった。
衝撃的な光景に、目を背けるロズたち。さすがのアリスも呆然と今の惨劇を見ていた。
ドラゴンは、男の肉塊を呑み込むと、咆哮をあげた。そして、ひとしきり叫ぶと、首をもたげる。体を覆う石の隙間から、青白い光が点滅するのが見える。ドラゴンは大人しくなった。しかしこの場に訪れたのは、静寂ではなく、ひりつくような空気感だった。何かが起こる。そんな予感がする時間。俺にはこれから起きることがわかった。
「アリス! 本に触って俺を呼べぇぇぇ!」
俺が叫ぶと同時に、ドラゴンは顔を上げ、口を開いた。その口から、青白い光線が、アリスたちに向かって放たれた!




