20 ダンジョン探索③
進んでいると、トレジャー・モンキーが「キキッ」と鳴いて、床の一部を指さした。ここに罠があると教えてくれたのだ。
「踏まないように気を付けて」
「見ればわかるわよ」
そうやって、トレジャー・モンキーに罠を見抜いてもらうことで、前回は苦戦した罠に引っかかることなく進むことができた。しかしこのダンジョンの問題は、目に見えない罠だけではない。
トレジャー・モンキーが頭上を指して、鳴いた。上を見ると、洞窟の岩と岩の間から粘着性の液体がしみ出してきた。ブルー・スライムである。しみ出した液体が合体し、巨大な赤血球めいた形が形成されていく。
「呑気なものね」ナルシーは不敵に微笑み、使い魔を召喚する。「バハムート・ドラゴンモドキ。こいつを消し炭にしちゃいなさい」
翼がないこと以外は、ヨハンのドラゴンモドキと姿が類似した使い魔が現れ、あの溶岩熱線を、スライムに向かって放った。スライムは、白い蒸気を上げて、蒸発していく。
「ま、こんなものね」
ナルシーはドヤ顔で自分の後ろ髪を払った。
「羽はないの?」と俺は質問する。
「羽?」
「ヨハンのドラゴンモドキにはあったからさ」
「ふん。あいつのと一緒にしないでくれる? 私のドラゴンモドキは、羽なんかなくても強いんだから」
「召喚する時の素材によって、形質が変わるんだ」とグラシスがこっそり教えてくれる。
「へぇ。そう言えば、レッド・ウイングとか言ってたな」
「使い魔やモンスターの名前は、形質で決まるからね」
「なるほど」
こんな感じで、モンスターが現れても、ナルシーが自分の使い魔で対応するので、何とかなった。一応、校長先生から何体か借りているものの、出番はなさそうだ。アリスも召喚する気があまりないように見える。前回もナルシーがいればと思ってしまう。
「何よ」
俺の視線に気づき、ナルシーは不機嫌そうに俺を見返す。
「いや、何でもない」と答えると、ナルシーは道の奥に視線を戻した。
とにかくナルシーのおかげで、奴が眠る場所まで無事に到着できると思った。
しかしそう簡単に、事は進まなかった。
「キキキッ!」
トレジャー・モンキーが突然大きな鳴き声を上げ、騒ぎだした。罠を見つけた、というわけでもなさそうだ。
「どうしたの? トレジャー・モンキー?」
アリスが問いかけた瞬間、突然大きな揺れが発生し、全員バランスを失って、しゃがみこんだ。
「な、何が起こっているのよ!」
「何だこれ!?」
俺も驚く。
「はぁ? 何であんたも驚くわけ!?」
「こんなこと、起きなかった」
「えぇ!?」
揺れはさらに大きくなって、ぱらぱらと頭上から土がこぼれてくる。このままでは、洞窟が崩落し、土砂に飲み込まれてしまうかもしれない。
「皆、移動できるか!?」
俺の呼びかけに、全員頷く。
「なら、頑張って、進もう」
屈んだまま、小走りで前に進む。腿に負担が掛かるが、四の五の言っている場合ではない。今はただ、安全な場所に、ここに、そんな場所は無いけれど、とにかく前に進むしかなかった。
「皆、大丈夫か?」
俺は振り返って確認する。そのとき、天井に亀裂が入って、崩落する気配を感じた。そしてその下を、最後尾のロズが通過しようとしている。
「ロズ! しゃがめ!」
とっさに体が動いていた。驚きながらも、姿勢をさらに低くしたロズの上に俺は覆いかぶさった。と同時に、天井が崩落し、硬い石の塊が背中にぶつかる。
「くっ」
さらに土砂が滝のように流れだし、大量の土砂で押しつぶされそうになる。しかし俺は四つん這いになって、根性で何とか耐えた。
「ロズ、早く、抜けろ」
「でも、サトル君は!?」
「いいから早く!」
ロズは頷き、匍匐前進で抜け出す。と同時に、負荷に耐え切れなくなって、俺は大量の土砂に押しつぶされる――が、引き伸ばされる感覚があって、目の前にアリスが現れる。
「さすが俺のご主人様だ」
「サトル君こそ、さすが私の使い魔だね」
アリスは満面の笑みで応えた。
揺れが収まり、静寂が訪れる。俺たちは立ち上がって、辺りを確認した。来た道は、土砂で完全にふさがれ、戻ることができない。さらに、天井の崩れ落ちた部分から亀裂が入っているのが見えた。
「このままじゃ、さらに上から土砂が降ってくるかもしれない。早く移動しよう」
「移動ってどこに行くつもりよ」
「奴が眠る場所さ」
「奴?」
「行けばわかる」
「あ、あの。サトル君!」ロズに声を掛けられる。「ありがとう、その、助けてもらって」
「言ったろ? 俺が守るって。ただ、それだけの話さ。それより、早くここから移動しよう」
俺は急いで歩き出す。何だか、嫌な予感がした。こんなことは、俺の知る未来では起きなかったことだ。もしも自分の対策が失敗したらどうしよう。そんな不安と焦りを抱えたまま、俺たちはついに、奴が眠る部屋の前まで来た。




