19 ダンジョン探索②
「グラシス!」
俺の声に反応し、グラシスは我に返る。慌てて走り出し、ロズたちも後に続く。
俺が先頭になって道の奥へと進む。皆が通路に入ったことを確認すると、アリスに声を掛ける。
「アリス!」
「うん」
しかしアリスよりも先に、ナルシーが動く。彼女は素早く本を開くと、詠唱した。
「意思を持つ石人形よ。意思を持って立ちはだかれ! ネイビー・ゴーレム」
ナルシーの本が光り、紺色のゴーレムが現れた。ゴーレムは道を塞ぎ、ゾンビたちの進行を阻む。
「今のうちよ!」
「ああ」
俺たちはゾンビの呻き声が聞こえなくなるまで走った。しばらく走って、「ちょっと待って」とグラシスが息切れしたので、俺たちは走るのを止めた。
「男のくせに情けないわね」
ナルシーは肩で息をするグラシスに対し、辛辣な声を掛ける。
「ご、ごめん」
「ってか、あんた!」ナルシーの批判の目が俺に向き、ナルシーは再び俺に詰め寄った。「さっきも言ったけど、こうなることがわかっていたなら、先に言いなさいよね!」
「だから、言っても聞かなかったでしょ」
「でも、ちゃんと、準備はしたわ」
「準備って?」
「準備は……準備よ!」
「まぁまぁ、ナルシーちゃん。気持ちはわかるけど、今は落ち着こう」とロズ。
「あんたもこいつのせいで死ぬかもしれないのよ!」
「それは、そうだけど……」
「あんたは知っていたの?」
ナルシーの怒りの矛先は、アリスに向けられる。
「うん。昨日、言われた」
「それで、止めなかったわけ?」
「うん。だって、サトル君強いし」
「はぁ? 馬鹿じゃない? それとこれとは話が違うでしょーが!」
アリスはムッとした表情になる。このままでは、険悪なムードになってしまう。この状況、元をたどれば、ちゃんと伝えなかった俺に責任がある。年下に謝りたくないなんてプライドを持っている場合ではないか。だから俺は、頭を下げた。
「すまない、ナルシー。悪いのは、ちゃんと説明しなかった俺だ。でも、ちゃんとここを攻略するための準備はしてきてある」
「準備ですって? 信じられるわけないでしょ! あんたらみたいなやつとは行動できないわ! 私は一人で行かせてもらうから」
歩き出そうとするナルシーの手を俺は掴んだ。
「何よ!」
ナルシーに睨まれる。しかし俺は放さない。前回彼女は、一人で勝手に行動し、ひき肉になってしまったからだ。
俺はナルシーから目を離さず言った。
「これだけはわかって欲しい。確かに俺は、今回のことをちゃんと伝えなかった。でも、ナルシーたちを死なせる気は無くて、ちゃんとここから脱出するための準備もしてきていることを」
睨まれ続けること数秒、彼女は舌打ちして、そっぽを向いた。
「放しなさい!」
「一人で行かないと誓うか」
「どうでもいいでしょ?」
「良くない。俺はナルシーに死んでほしくないから」
「何であんたにそんなことを言われなきゃいけないわけ」
「俺には未来が見える。その未来でナルシーを救うことができなかった。だから今度は、ちゃんとナルシーを救いたいんだ」
「そうじゃなくて、ああ、もういいわ! 一人で行動しないから放しなさいよ」
諦め顔のナルシーを見て、手を放す。ナルシーは腕を組んで鼻を鳴らした。
「ロズもグラシスも、俺がちゃんと守るから、俺の言うことを聞いてくれ。こんなことに巻きこんじゃった俺に言う資格はないかもしれないけど」
「本当よ!」とナルシー。
ロズとグラシスは互いに顔を見合わせる。判断に困っているようだ。ロズは不安そうな顔で俺に視線を戻し、言った。
「どうしてこうなることがわかっていて、私たちを誘ったの?」
「もしも別の人を誘ったら、その人たちを巻き込んでしまうかもしれないし、もしかしたら、被害がさらに拡大することも考えられた。だから、未来と同じメンバーを選ぶことで、対策も立てやすいかなって」
「……なるほど、わかった。一応、サトル君の言うことを聞くよ」
「ありがとう。ロズ」
「ぼ、ぼくも」
「ありがとう。グラシス」
「まぁ、皆、そんなに怖がる必要はないよ。サトル君が何とかしてくれるから」
アリスは呑気な調子で言う。
「何で、あんたはそんなに楽観的なのよ!」
「自分の使い魔を信頼することは召喚士の基本でしょ?」
「そうだけどさぁ」
「大丈夫だよ、サトル君なら。ナルシーさんの使い魔よりもずっと強いし」
「何ですって!」
ナチュラルに煽るアリス。そういうところだぞ。調子に乗っているというのは。
「それに、この子もいるし」
「この子?」
アリスは本を開く。本が光って、一匹のサルが飛び出した。サルは軽快な足取りで、地面を駆けると、俺の肩に乗って、「キキッ」と鳴いた。
「この子は?」とロズ。
「トレジャー・モンキー。ダンジョン探索用のスキルを有したモンキーだよ。ここは罠がたくさんあって危険だって、サトル君が言っていたから」
「へぇ。こんな使い魔も召喚できるだ。アリスちゃん、すごいね」
「まぁね」
アリスはドヤ顔で胸を張る。違うだろ、と突っ込みたい。これは仮契約を結んだ、本来は校長先生の使い魔だ。
「これ、本当にあんたが召喚したの?」
ナルシーは興味深そうにトレジャー・モンキーを観察する。
そして、確信に満ちた顔で言う。
「これ、魔力転換型じゃない! 絶対にあんたじゃないわね!」
ナルシーに睨まれ、アリスは鳴らない口笛を鳴らす。
「魔力転換型?」とロズは首をひねる。
「魔力そのものを使い魔にしてしまう召喚術さ」とグラシス。「超高難度の召喚術だから、一握りの召喚術師にしかできないんだ」
「へぇ」
「校長ね」
「よくわかるな」
俺は素直に感心する。
「当たり前よ。あの学校でこんなことができるのは、校長か、エクレアくらいよ。って言うか、校長にはちゃんと話したんだ。ムカつく」
「エクレア先生にも話したよ。中止にしてもらうためにな。聞いてもらえなかったけど」
「……どうだか」
そのとき、ナルシーの本が光り、点滅した。ナルシーは本を開き、「戻っておいで」と命令する。すると、俺たちが来た道の方から黒い風が吹き、風は本の中央にある魔法陣に吸い込まれた。
「時間稼ぎはここまで。やつらが来るわよ」
「ああ。トレジャー・モンキー、罠感知を頼む」
「キキッ」
トレジャー・モンキーは頷き、俺の肩から降りると、速足で進みだした。俺たちはトレジャー・モンキーの後に続き、ダンジョンの奥へと進んだ。




