情けは自分の為になる。(2)
異世界転生生活3日目。
昨日とは違いボロい建物、若干質素感ある朝飯、これを点数に表すなら、35点。
ちなみに昨日は90点。足りない10点分は、料金の高さ。
そんな悲しい生活事情から目を背けようが背けまいが、今日も新しい35点の一日が始まるのだ。
さて、まずは金策である。生きるために必要なのは金、金、金!
と、いう訳でやってまいりました冒険者組合。つまりは昨日も来たギルド。
何故ここなのか? それには理由を説明せねばなるまい。
そもそもこの施設には武器・防具・鍛冶・道具等々色んなものを取り扱う人間がいる。というか、その類の店がくっついてる。
で、武器防具なんかは魔物の素材利用が普通な訳で。依頼帰りの冒険者から、建物間の移動の手間無く素材を買い取っちゃおうという話なのだ。
なんとも有り難い話である。というよりも、合理的と言った方が正しいか。
まあそんな訳で、昨日ぶった切った獣の皮を売りに来たわけだ。
ちなみに剥ぎ取りはセルフサービスなので、品質についてはノーコメントでお願いします。
何処に持ってるんだ、だって? やだなあ、そんなのメニュー窓から開けるアイテムポーチの中に決まってるじゃないか。持ち歩きの手間が無いとか、そこら辺はゲームっぽいね。
ただ、容量は個々人によって変化する。これは本人の筋力やスキル等が関わってくるので一概には言えないが、まあ筋肉ムキムキのマッチョマンならいっぱい持てるよ。って考えで構わない。
とまあ、以上が本日の金策についてでした。お陰でもう一回安宿に泊まる金が出来ました。
…………明日も35点な朝になりそう。
「うーん…………どうすっかなあ。これは困ったな……」
と、一人ギルドの隅で呟く。
悲しいかな、言葉通り今の状況ははっきり言って明るくない。非常に困っている。
と言うのも、収入と支出が大体同じなのが今分かったからだ。自転車操業、とはちょっと違うが、余裕が全く無いという意味では間違ってない。
こんな事を続けていても徒に時間を浪費するだけ。だからと言って背伸びして高収入を狙っても文字通り命懸け。
おかしい。こんなはずじゃなかったんだが。
ああそうだ、確か最初は働く予定だったんだ。でも職に就けるか不安だからなぁ……。
何故異世界に来てまで就活に悩まなくちゃいけないんだと、名案の思い浮かばない考えを張り巡らせていた時。
「あんたがセーレ? ちょっと、話があるんだけど」
と、何時の間にやら目の前で仁王立ちしていた女の子に話しかけられた。
字面で見れば、デートのお誘いか告白の呼び出しに見えるかもしれない。
だってこれは、傍から見ればボーイ・ミーツ・ガール。
しかし、俺から見れば現実。
その声色は、どう聞いてもそんな甘い物ではないと否応無く思い知らされるのだった。
「えっと……セーレってのは、俺の事だけど……どちら様で?」
俺の知り合いにこんな金髪で髪の長い美少女はいない。ましてやそれがスカートでは無く鎧を着て、バックでは無く剣を持っているのなら、猶更。俺がいた世界の服装センスとは凡そ結びつかない。
ああ、でも鎧は籠手とか胸部とかの一部だけだし、派手過ぎず地味過ぎずの恰好になっている。お洒落の概念はありそう。俺にその系統のセンスは無いので分かりませんが。
何処かで会って……いや、無いな。そもそもこの世界で会話したのはまだナディとその母親、あとギルドの職員と宿のおっちゃんくらいだ。絶対に違う。
で、誰なんだあんた一体。
「私の名前はティリア。あんたの為に、お偉いさんから推薦状を貰って渡しに来たの」
「はい?」
どうやら、今日は35点どころか100点の日になりそうだ。
謎の救世主、ティリアと名乗った彼女から話を聞く事になった。
「昨日依頼から戻って来た所でね、ちょっと遠出してたのよ。で、私はいつもあの宿を使ってるお得意様な訳。そして昨日はそのままそこに帰ったと」
「あの宿……もしかして、ナディの所?」
一瞬、例の安宿かと思ったけどどう考えてもそれは無い。消去法もクソも、多分無い。ならばつまり、一択。
「そ。あの子はまあ私の妹みたいなもんでさ。それで、昨日帰って来たって言ったでしょ? その時、君の話を聞いたのよ」
あ、話が読めたぞコレ。
「俺の話、って言うとこの間の森での話かな?」
「そういう事。ここまで聞けば分かるでしょ?」
「まあ、大体の想像は」
つまり、俺がナディを助けた事が彼女に伝わって、それで俺が冒険者になれずに困ってる話も聞いたんだろう。それで、ナディがそれをなんとかして欲しいとお願いした。筋書きはそんな感じだろ、多分。
俺としては願ったり叶ったりなのだが、うーん……。
「そこについてはいいけど、お偉いさんから推薦状を貰ったってのは? 何で見ず知らずの俺の為に?」
そこが謎だ。昨日の今日だし幾ら何でも早すぎる、それに会ってもいない俺の為に気軽に出来るか? 謎と言うより、不可解だ。
「気にしなくていいわ。ぶっちゃけるとこれ、私が書いた奴だし」
と、彼女は何でもないかのように言い、片手で問題のブツを指に挟ませ遊ばせていた。
「…………は?」
「私、こう見えてもいい所のお嬢様なのよね」
と、自らの手で髪を梳き、優雅に靡かせるティリア。
その発言が意味するのはつまり、貴族の娘。
「でも、会った事の無い俺にそんな軽々と渡しちゃっていいのか?」
衝撃発言の凍結から回復した俺は、次の疑問を口にした。
「そうね。私が信頼出来るかどうかは別の話よね」
「……そうだな」
あれ?
「で、渡した相手が実力に欠けてる。なんてのも問題よね?」
「…………そうだな」
なんか、嫌な予感。
「という訳で、一戦付き合いなさい?」
ニッコリと、気持ちのいい笑顔でそう告げる貴族の娘の女騎士様。
情けは人の為ならず、とは言うが、それは果たして本当に自分の為になる故なのだろうか。
まあ、情け事態に後悔はしてないけどね……。