神隠しか、記憶喪失か、作り話か。
さて、チュートリアルは終わった。
手ごろな葉を引き千切って、剣に付着した血を拭い、納刀。
「さて、血の臭いで他の獣が寄って来るかもしれない。君、どこか安全な場所、知ってる?」
狼系統の敵は遠吠えで仲間を呼ぶのが定番だけど、殺したら殺したで血の臭いが広がる。B級映画の鮫よろしくその血の臭いに集って来ないとも限らない。
「あ、はい! こっちです!」
直ぐに駆け出す彼女。続いて後を追う。
多分、上手い事行ったんだろうな。これ。
森を抜け、見晴らしの良い草原へ出る。
ここならまあ、安全なのかな?近くに街とか村とかあるといいのだけれど。
「えっと、助けて下さってありがとうございました。私、ナディって言います。あの、お名前を聞いてもよろしいでしょうか?」
歩きながら問いかけて来る彼女。いや、彼女と言うより、少女。俺より一頭身程背丈が低い。年齢はパッと見で、10代前半って所か。そんな訳で、少女は恐る恐るといった感じでそう言った。
「ああ、うん。そんな畏まらなくていいよ。俺の名前は……セーレ。よろしく」
一瞬、「名乗る程の者でも無いよ」とか言おうと思ったけど、今後が困るので普通に名乗った。
「は、はい! それで、セーレさんは何であの森に?」
来た。絶対来るだろうなと思ってた質問その1が来た。
これは多分、最初にして最大の難関。この問いの答えで俺の未来は決まる。
・選択肢1:「いや、気付いたらあの森にいてね……俺も、何が何だか」
神隠しにあった設定。規模が大きいだけで、嘘ではない。
・選択肢2:「それが俺にも分からないんだ。何故あの場にいたかも思い出せなくて…」
記憶喪失設定。これなら何もかも分からなくても問題無い。
・選択肢3:「ちょっと田舎から出てきてね、森を歩いてたら君を見かけたんだ」
世間知らずの田舎者設定。……無理あるよなあ、これ。
まず、3は無い。普通に考えて有り得ない。「え? この国には集落も村もありませんよ?」とか言われたら詰む。地図が作れる文明があるかどうかも分からないのに、普通そんな愚かな真似は出来ない。よって3は無し。信じる奴は極限の阿呆くらいだろ。
そして1と2。これは、内容こそ違えど相手から見れば大体同じ。『素性が割れない怪しい人間』と思われたら詰み。最悪、何処其処の国の間者なのでは? と疑われる可能性が無い訳じゃない。それは非常に宜しくない。
結論。どれもダメ。異世界転生してる奴、どうやって切り抜けてるんだよホント……。
心の内で頭を抱えに抱え、選んだ選択肢。尚、この間2秒。
「ああ、それは、ね……!?ウッ……あぁッ………!」
唐突に走る激痛に頭を押さえ、悶え喘ぐ声を漏らし、苦痛に顔を歪ませる。
「ど、どうしたんですか!?」
釣れた。
「くっ…………ああ、すまない。もう大丈夫」
我ながら迫真の演技。
「実は、森にいた以前の事を思い出そうとすると酷い頭痛が襲ってくるんだ……。だから、その質問には答えられないかな」
勿論、これは嘘。今咄嗟に作り上げた設定。俺は何らかの方法により記憶を封じ込まれた謎の男。
怪しさ満点だが、開き直ってこうした方が逆に怪しまれないと予想した、苦肉の策である。
……もし後で魔法とか何かで頭の中を精査されたらどうしよう。そこまで考えてなかった。自白剤とかありませんように……。
まあ、先の事は今は置いておこう。今はこの場を切り抜けなければ。
「え。じゃあ、記憶が……?」
「一応、そういう事になるかな。名前も曖昧だから、持ってたこの剣に付いてたのを名乗ったけど。これも本当かどうか」
諦めたかのように言う。「ちぐはぐに覚えてる部分はあるけど大部分が欠けてる」設定なのだ。その辺りは立ち振る舞いに気を付けねばなるまい。
……というか名前くらいはステータスで分かるか? その辺りどうなんだろ、後で調べないと。
「そうなんですか……。記憶喪失になると名前もステータスに出なくなるって聞いたけど、本当だったんですね」
あ、そうなんだ。解説ありがとう。
「まあそんな訳で手掛かりが欲しくてね。街か村を探そうと思って歩いてたんだけど、この近くにそういう所ってあるかな?」
「でしたら、私の住む街に案内します!」
「ああ、それは助かる。ありがとう」
良かった。街に行けば多分ギルドとかそんな感じの奴があるはず。宿とかそういうのは……まあ置いとこう。
まずは冒険者になって、武器を物色して、スキルを調べて取って、それから……ああ、楽しみだ。