チュートリアルと、出会いは付き物。(2)
視界から真っ白な光が抜けるとそこは森林だった。
鬱蒼と茂る草花、悠然と立ち並ぶ木々。草木に囲まれるその景観は、正に森。
そして目の前には、一定の間隔で軽快なサウンドを鳴らして揺れる青白く光る板。
確認しろって意味だろうな。と、タッチで開いて中身を確認する。中には、文章。要するにメールのお知らせだった。
「なになに……『チュートリアルはここで終わりです。後は自分で頑張れ。p.s.適当な所で呼んだら殺す』…………えぇ……」
読み上げると同時、少し離れた所で草木が揺れる音と、獣の声が耳に入る。
そう言えばさっき別れ際、ぶっつけ本番とか言ってなかったか?嫌な予感がする。
「……まあ、何とかなるだろ。多分」
窓を閉じ、そんな軽い気持ちで、俺は声の方向へ駆け出した。
気分は、子供の頃に夢見た冒険者。
暫くすると、逃げ惑う女の子と狼の群れが遠目に見えた。
(えぇ……チュートリアルってゴブリンとかじゃなくてウルフ系かよ……)
真っ先に出たのは、そんな感想。
本来なら「女の子が危ない! 助けなきゃ!」みたいな事を宣うんだろうけど、そもそも俺はそこまで馬鹿じゃない。
良心はあるが、正義感だけで動いたりはしない。
損得勘定で人付き合いするし、仲良くする人間は選ぶ。
確固たる意志がある訳じゃないし、周りにも流されたりする。
つまり、俺はラノベ主人公じゃない。
正直な所、このまま眺めてるのもいいかとすら思った。
(いやだって、人型ならまだしも狼だよ? 野犬すら相手した事無いのに狼と戦えって? 無理無理)
勝算が無い戦いはやりたくない。ましてや最初の戦闘。ここで死んだら流石に情けなさ過ぎて一生引きずる。いや、死んだら引きずれないか。
一層の事、特攻覚悟で突っ込むか? 生き返らせてくれるならワンチャンありかもしれないけど……
とか考えてる間に、例の女の子が割と危ない展開に。
「つまりこれ、助けないとあの子は死ぬよって感じのイベントね……」
趣味悪いな、ホント。とか何とかボヤきながら、俺は颯爽と小さな戦場に躍り出る。
正確には、その決心。
……ちょっと言い回しがクサイな。
ゲームなんかだと、獣系統は序盤の雑魚として出てくる作品は別に珍しくない。というか、そこそこある。
然しそれはゲームの中だから雑魚なのであって、実際戦うなら狼より人間の方が良い。ていうか、狼とか絶対戦いたくない。
昔、電脳の海で波乗りしてる時に見かけた拾い食い知識によると、狼は知能が高い・狩猟性能が高い・そもそも人間より早い・カッコイイ・気品があるetc……と、人間が相手するのは多分間違いなく辛い。いや、絶対辛い。
取り敢えずイベント保護対象の彼女と狼を観察する。獣の数は、3。
女の子の方は、守りに徹してる感じ。よく見ると耐える分には問題無さそう?
相対するは茶と黒の入り混じった毛並みと、獰猛な牙の狼。正直、相手にしたくない。
けど、ここで逃げたら物語が進まない。根拠は無いが、そんな気がする。
ので、一か八かの博打に出る事にした。
「ぅああああああああああああああああああああっ!!!!!!」
大声で叫びながら接近、抜刀し、近くにいた一匹に向かって斬り付ける。
あ、何か割とすんなり斬れた。ファンタジー補正か、女神お手製剣の切れ味の良さ故か。一対の頭と胴体セットの死体が完成。
ちなみに最初に吼えたのは、別に気合を入れる為とか、そういう剣術を身に着けてた。とかいうオチじゃなくて、あわよくば驚くなりの反応を期待しての行為だ。でもこれ多分意味無かったな。
背後で「えっ……?」みたいな声が聞こえたので、振り向き片頬だけ笑って返す。これ一度やってみたかったんだよね。
前を向き、そのまま残る畜生共に向かってダッシュ。振り向いた隙に襲い掛かって来られなくて良かった。
と、ここで何も考えずに走った事に気付く。この後どうしよう。
然しよく見ると2匹の狼はこちらを見たまま動かない。と言うより、動くには動いてるが、棒立ち状態。
(もしかして、思考ルーチンが入ってない?)
閃く思考。もろたで駆動と、魔法の言葉で腕に動力を与え、袈裟懸けの要領で振り下ろし叩き付ける。頭と胴体死体の2セット目。
剣が地面と接触して、勢いのまま軽く刺さる。しかし想定内、タイムロスなのでここで剣は抜かずに手放す。
残った一体をボールに見立て、勝手にゴールと定めた木に向かって全力で蹴り飛ばす。体育の授業でサッカー部の奴に教わった経験が活きた。ありがとう山田。
運良く突き出ていた枝が眼球に突き刺さる。苦しんでる隙に剣を引き抜き、同様にしてフィニッシュ。
身構えていたよりも簡単なチュートリアルだった。
まあ、流石に出会って最初の敵が強過ぎ。なんてのはゲームバランス的にないだろ。
……いや、ゲームじゃなくてリアルだったわ。これ。