【花は散り、重ねて芽生えるその4】
事件から半年後の話からスタートします。
美咲は果たして立ち直れるのか、娘の背中を押す美咲の母親にも注目して頂けたらいいと思います。
半年後。
「行ってくるね」
「気をつけてくださいね。美咲」
母に手を振られながら。
半年の停学を終え、久しぶりに登校する。外の世界に出ることを多少抵抗はあるものの意を決して美咲は外へ出た。
周りの視線を気にしながら学校へ向かうが、以前のような不安な表情は一切見せることはなく立ち並ぶ家屋の道を歩く。
「随分久しいな。この道」
久しぶりに外へ出たので、目に見えるもの全てが懐かしいように思えた。空に佇む青天に、街に建つ店頭など目に付くもの全てに対して思慕を抱く。
あれだけ問題ごとを自分は起こしたのに、それでも街の人間は何事もなかったかのように歩き、喋り、体や手を動かしている様子が見受けられた。
「……………………」
だが逆にそれが不安で腑に落ちない感じもしていた。学校にいけばどんなことされるか、聞かれるか。人と以前のように気軽に振る舞えるか、心境は考慮を重ねれば重ねるほど曇る一方であった。
「また前みたいに友達できるかな」
学校生活を再開させると、以前のような虐待は一切起こらなかった。
だがかといって前の様な人倫は戻る傾向を見せず、知らないうちに美咲の存在は次第に薄くなっていき次気づく頃には誰も話相手にしてもらえなくなっていた。
食事の時や班での活動学習等もあったが、1人だけ蚊帳の外にされのけ者にされていた。
唯一の救いはクラスの教師くらいでそれ以外は仲間は1人もできず、小学生時代暗闇な学校生活を送ることとなった。
彼女は胸の中で呟いた。
なぜ自分だけ、無視されるのか、または相手にされないのか。
それは決して周りと力が劣っているだとか貧弱、そう言った理由ではない。
みな、美咲のやったことは既に耳にしていた。そしてそのことに対してみな、恐怖しあまり手を出さないようにしていたのだ。
命がおしいのなら決して手をかさず口も開かないでおこう。ならいっそ最初からいないことにすればいいと。そういう方針が生徒の間で立ったことか、美咲に相手にそういう態度を示すようになった。
そのせいで以前より美咲は口数が非常に減り、やがて孤立した。
だがそれでも、母が言ったことを胸奥で自分にずっと言い聞かせていた。それは彼女にとっては暗闇の中で、僅かに光り輝く希望の声のように美咲を元気付けていた。
授業中無視されても。
「ねえ、私はどうしたらいいのかな?」
「…………あのさここを」
「聞いてる?」
「…………そこをそうやればできるはずだよ」
休み時間一切相手にされなくても。
「………………遊ばない?」
「…………あぁ~みんな他の場所に行こう。なんか気が変わってさ~」
「賛成、賛成~じゃあいこっか」
無視の連続だった。来る日も来る日も。彼、彼女達は美咲を遠ざけるように会えば違う場所に身を移し……またすれ違ったらまた身を違う場所へと移す。その繰り返しだった。
でも美咲はそんなことされても挫けなかった。
(大丈夫、私ならきっと大丈夫)
とある休日、また母が美咲に声を掛けてきた。
「公園?」
「えぇそうですよ。ガーデニングが非常に素晴らしい、とても綺麗な場所なんですよ。行ってみませんか?」
立ちながら手を頬に当てながらそのまま首を傾げて聞く。
少し沈黙したが、美咲は数分経つと返事を返した。
「いいよ、私母様と一緒の方がとても落ち着くし」
「あの父さんは?」
「あなたはお仕事があるでしょう? 私は任務が来るまでは実質暇ですから美咲を相手にしてあげるのは当たり前ですよね」
「それはそうだが」
「父様、休みが取れたら今度遊んであげるから」
「美咲がそういうなら……仕方ない二人で楽しんできなさい」
そういうと父はその場を立ち上がると、仕事に向かう準備で自室へと向かう。
「瑛一それと由美、支度するから準備をよろしく頼む。あと恐らくあの二人が留守することになるだろうから、主がいなくなるだろう? そこでだ、お前達にその代わりをやってくれんか」
「確か旦那様、お仕事で三日ほど帰れないのですよね?」
「そうだ由美、まあ主がいなくなるのは今日ぐらいだ。明日はあの二人はいるだろう」
「なので本日限り、ここの代行を務めるとそう仰りたいのですね?」
瑛一と由美がとんとん拍子に内容を理解し、言われたとおり役割を確認した。
「まあ中でも美咲は心細いだろうから、傍に居てやれよ」
「かしこまりました」
「かしこまりました」
その声に反応するかのように美咲が、父の方へ駆け寄ってくる。
「父様はまたお仕事なの?」
「そうだぞ美咲。父さんは軍人だからな世のため出ないと行けないんだよ」
「むぅ。しかたないな~。ちゃんと帰ってきてよね」
「大丈夫だ、父さんは不死身だからな」
その様子を見て、美咲の母は「あらあら~」と眉をひそめながら笑顔をみせた。
華崎邸の近くにあるガーデニングが施された公園。広場へ続く道にはガーデニングアーチが連なるように続いており、内奥にある広場の中心には噴水が設置されており、勢いよく水が噴出している。
そのまわりには、コキアなどの植物が無数に置かれている。
まるでそこは植物楽園のようで非常に幻想的だった。
家が数軒建ちそうな広さで、一周回るだけでも十分時間を潰すことができる。だがここに訪れる人の数は、日によってまちまちである。だが美咲の母にとってここが唯一安らげる憩いの場所であった。
そんな場所に美咲を連れて、吹き出る噴水や植物の近くにあるベンチに座りながら母は娘と話す。
「近くにこんな場所あったんだ」
「私のうってつけの場所ですよ。どうです至る所にある植物が綺麗でしょ?」
「確かに綺麗だけどね。私には『だからなんだ』って感じだけど」
あまり興味なさそうな様子をみせると、母は顔を美咲の方へと近づけ。
「失礼な。これでも逞しい植物なんですよ。」
「花の魅力なんて分からないよ」
「そんな~美咲」
半泣きする母は美咲の膝元に顔をつける。どうやら魅力を知ってもらいたかったようだが。
「そんな泣くことないでしょ? 全く母様ったら」
だがそんな美咲はふと表情を緩くさせ、笑みを浮かべた。
「でも前よりかは、花や植物の魅力分かるようになってきた気がするよ」
母は頭を上げて。
「美咲」
「母様が私に教えてくれたんだよ。花が咲き続ける為の秘訣をね」
「そう……。それで友達はできたのですか?」
しかし美咲は首を横に振る。
「全然だよ。友達は0、振り出しにでも戻ったような気分かな」
「辛くないんですか。一人では精神が病みませんか?」
「大丈夫だよ母様。だって母様が私を元気付けてくれたから。母様のあの言葉があれば私はなにがあっても前へ踏み出せるんだよ」
美咲の母の言葉が一寸刻みに、美咲の心を支える数少ない希望となっていた。その視線は死んだ人間の目つきのようなものではなく、生気を感じさせる高潔な目つきになっていた。
ほっとした視線で美咲の方を見つめ語りかける。優しい表情で。
「美咲、私はただあなたの背中を押しただけ、それから先は私の力ではありません。紛れもなくそこからその先は、美咲自身の力があってのことなのです。そのことに決して恥じらうことは決してありません。自信を持ちなさい、勇気を持ちなさい、そして花のように立派に咲きなさい」
美咲は目を潤わせ、瞳孔を丸くする。
「ありがとう母様、私頑張る。どんなことがあっても……この先いくら辛いことがあっても…………だよ?」
美咲の頭に母は手をのせ優しく撫でる。
「あなたは私の自慢できる優しい子よ。世界で一番優しい子。その優しさがいつか誰かのために使える事を私は心から願っていますよ」
(そう、私の身にたとえなにか起きても)
「母様、そろそろ行こう…………それと色んな花の名前教えて」
「いいですよ、さあそれでは行きましょうか」
それから休みの日になってはこの場所を頻繁に訪れ、美咲にとっても唯一安らげる場所となっていった。
沢山花の名前を覚えたり、色々と母親に教えてもらいながら。
だが、美咲の身に悲劇が襲うことになろうとはこの時彼女は全く想像できなかった。
読了ありがとうございました。萌えがみです。長続きしている話ですが、後もう少しで終わりますがあともう少しくらいお付き合いください。
次回はいよいよ現在に近づいてくるわけですが、今後の展開を楽しみに待って下さると嬉しく思います。
ネタバレは自重しておくのでそこのところはあまり触れませんが。
それでは皆さんありがとうございました。また見てくれると嬉しいです。