【友への嘆き】
「前の戦線に遡ります」
あたりはもう日没前、その場から立ち去ろうと私は一度浅葱原さんの話を聞くことにした。
今後のためにも、彼女のことはよく知っておく必要もある。
前の戦線それは恐らく第二次ロシア戦線であろう。政希さん曰くあの戦いで多くの戦死者を出したあの戦い。涙を拭いても拭ききれないほどの苦痛と恐怖がこの戦いでまき散らされたらしい。
その間で浅葱原さんの身に何が起きたのだろうか。
「元々私は目も足も不自由なく使えたごく普通の殺人者でした」
浮かない顔を想像させる険しそうな表情をしながら、下へ俯く。
何があったのだろうか、俯くくらい彼女にとって辛いことがあったのか。
心配になった私はそっと浅葱原さんの肩に手を乗せた。
「無理に喋る必要ないですよ 人には思い出したくないことの1つや2つありますから」
けど浅葱原さんは首を横に振った。
「気持ちは非常にありがたいです。ですが気遣う必要ありません、過ぎ去った遠い記憶みたいな感じですから」
彼女は何かを私に伝えようとしているように思える、なんだろうこの痛いほど伝わってくるものは。
「かつて私には友がいました。親しい仲の友達が。ですが戦時中私はその友と私の父を亡くしたんです」
「……ッ」
知らなかった、あまりの衝撃に私は驚愕する。
戦いで2人の大切な人を失ったということを。
私も父をその戦いで失い一時期落胆していたが、浅葱原さんの味わった痛みはそれ以上ということになるだろうか。
そうじゃなかったらこんな不自由な状態には至らないはず。
「この体はその心の痛みでできたものです。下半身は動かず両目は閉じたままで開かない状態ですね」
「大丈夫なんですか、その痛み」
「ええ ですが未だに麻痺は治らない。治りますかね……」
すると浅葱原さんは1滴の涙を流した。けれどもその1滴が、私にはとても辛そうなものに見えた。
僅かながらすすり泣く様子をみせる。
「さっき使った人形は私の親友を思って作った言わば魂の宿った人形みたいなものです 私の悲しみを紛らわす唯一のものですね」
今の私は、彼女に何もしてあげられない。そうただ励ましの言葉をかけるくらいがせめての行いだ。
辛い悲しみを経験した者同士だからこそこうして互いに助け合わないといけない。
“乗り越える”ということはそう簡単に消化されるものではないのだから。
「浅葱原さん気をしっかり持って下さい。信じていればきっといつか治ると私は信じています」
すると浅葱原さんは流した涙の跡を指でやさしく拭く。
「浅葱原さん?」
「蒼衣さんありがとう、あなたをみていると天堂君にそっくりのようにみえてきます」
風が吹く、凄まじい音を立てて。まるで拍子を悟ったようだった。
「蒼衣さん いつかこの症状が治ったら真っ先に目であなたと天堂君の顔をみたいです。そして必ずあなた達の力になれるよう尽力を尽くします」
「浅葱原さん……」
「もう遅い時間ですし下がっていいですよ。本当にありがとう」
「わかりました それでは失礼します」
そして立ち去ろうとしたしたその時。
「蒼衣さん」
「はい」
「あなたは私にとってかけがえのない存在です」
彼女は私を友として認めてくれた、それに対して。
「私もです。浅葱原さんは私にとっても大切な仲間です」
「天堂君をお願いします」