【先は見えないけど】
「……よかったのか? それで……」
野暮用を済ませ、私は大量の私物が入った鞄を背中に背負いながら、政希さんと一緒に私達は、組織の基地へと向かっていた。
母は政希さんに対して『蒼衣をよろしくね』と言っていた。
特に母の表情からは心配そうな表情は感じ取れなかった。
まあ、と言ってもだ、我が子を他者の方へと身柄を渡すということは、当の両親は心配になるものだ。
子供を産んだことの無い私がこう思うのはにわかな話だが、なんとなく母が私を送り出すのに対して心の底で心配してるようにみえた。
表の顔を騙せても体は正直。 でも母は私と別れる際に、1つも涙を流さなかったのである。
理由はなんとなくわかった私だが、今はぐっと堪えてその母の思いを胸にしまった。
「大丈夫ですよ、持っていきたいものは大体この鞄に詰めましたし……」
「母も心配いらないって顔していましたし、問題ないですよ」
「そうか」
政希さんは安堵の息をついた。
「まぁ、用件も済んだことだし、結果オーライって感じだな、とりあえず基地に着いたら色々案内するよ」
「はい」
「と言っても基地っていうよりただの家だがな」
「そうなんですか? てっきりお金持ちが持っているような家に住んでいると思っていました」
「俺はそんな富豪じゃねえよ」
政希さんの家に行くのは何日ぶりだろう。この前行ったばかりだから、そんなに間は空いてないはずだ。
距離的には私の家の少し前に建っていたっけ。
家の外装としては古風な和式の家だったな……たしか。
歴史の教科書でよくみる木で作ったあの家。
現代社会において、あの木造建築の家は全くみない。
私の近所の家を見渡しても、そのような建物は全くみかけない。
恐らく、新東京都内で唯一そんな古風な家に住んでいるのは政希さんしかいないだろう。
「……お、着いたな」
気がつくと、黒屋根の、外壁の白い家が私から見て左側にあった。
体の向きをその家の方へと変える。
見た感じシンプルな構造にみえる。大家族一家が住めそうな大きさだ。
「改めてよく見たら、とても大きいですね」
「そうか? 俺からみたらそんなに大きいようには見えないが………… まぁ上がれよ」
すると政希さんは鍵でドアを開けた。
「お邪魔します」
私は政希さんの家に入った。
どうやらここがノヴァスター・オペレーションズの基地にしているようだ。
何故本格的な基地にしなかったのかというと、費用が高くつきそうだからやめたらしい。
政希さんが前に所属していた“バナード”という組織は、当時のリーダーが1人で作りあげた基地だったらしいが、バナード解散後、その基地は他の人に即売り払った模様。
それで仕方なく政希さんは自宅そのものを基地へと改良したらしい。
けど、従来の政希さんの家の構造とはちょっと違い、改良されているらしい。
それは、地下室行きのエレベーターがあるということ。ここには殺人者個室の部屋が数か所、作戦会議室が1つ、その他空き部屋が3つある。
この地下室は機械建築構造の部屋となっている。
私はそこにある1つ部屋を貸してもらった。
「ふう……やっと終わった」
「ってなんで俺も手伝わないといけないんだよ」
大きいため息で政希さんは多少の弱音を吐く。
「仕方ないじゃないですか、荷物多いんですから」
「多いも何もほとんど、お前の持ってきたものって折り畳みのものばっかりじゃねえか」
「なんだよこの大きいテーブル、組み立てんのクソめんどくさかったぞ」
「いえ、それが一番1人じゃ大変そうだったから、政希さんに手伝ってもらったわけです」
ちなみに他の折り畳みものは全て私1人でやった。といっても、本棚だけだけど。
「これでいいんですよね……蒼衣さん」
政希さんは怪しい表情をしながら、私をみる。『これでもう終わりだろ?』っていう顔をして――――――――――――。
「安心してください もうありませんよ」
「それを聞いてとりあえず安心した」
部屋の整理整頓がようやく終わり、人段落した。
【天堂家 1F台所】
「まぁそれでだ、ようこそ東城蒼衣、入隊おめでとう」
「今更ですか」
「蒼衣頼む、少しは空気を読んでくれ」
空気を読めと言われても、ついつい私突っ込んでしまうのが私の癖だ。
いやむしろこれを癖と言った方がいいかもしれない。
まぁ、せっかく歓迎してくれてることだし、少しは場の空気を読もう。
「と、とりあえずありがとうございます」
「なんだよ、その“とりあえず”って」
「まあまあ、ここは雰囲気を変えて話しながら食べましょうよ」
テーブルには、高そうなご馳走が並んでいる。肉、魚、野菜、うん、なんだろうバイキングみたいなごはんだ。
「政希さん、いつもこんな量の料理食べてるんですか?」
「いやいや、いつもこんな量食ってたら流石に金が尽きる」
「それもそうですね」
それもそうか。流石にこんな量の料理作ってたら金がなくなるな。
「ちなみにこの料理全部俺の手作りだぞ!」
「意外と隠された特技をお持ちで……」
「なんかその言葉、俺を小馬鹿にしているようにしか聞こえないんだが」
政希さんはニヤッと変な顔をしながらそう言った。表情別に隠さなくてもいいのに。
それからしばらく、私は出された料理を美味しく食べた。
〜30分後〜
「ふう、お腹一杯です」
「それはよかった、作ったこちら側としては感謝で一杯だよ」
「いっそ毎日こんな料理作ってください」
と私が無茶な提案をすると――――――――――――。
「い〜〜や〜〜だ〜〜」
強調して政希さんは即座に断った。
「それはそうと…………」
「なんだ?」
「ありがとうございます、こんな“素敵な場所”を用意してくれて」
それでも、前の私の生活とは明らかに違う。いやむしろ今がとっても楽しく感じる。
「こんな場所か……嬉しいような、嬉しくないような」
政希さんは少々浮かない顔をした。まるで何かを思い詰めているような様子にみえる。
「どうしたんですか?」
「………………いや、これでいいのかって……そう思っていただけだ」
「…………」
「結果はどうあれ私は政希さんの仲間です、1人には……させませんから」
「蒼衣……」
「あまり過去にとらわれれないで下さい、私がいつもそばにいますから」
そうだ、この人はふざけたり、励ますところが一番政希さんらしいと思う。
だからこうして、浮かない顔している政希さんは政希さんっぽくないように私にはみえる。
彼にはいつまでも笑っていて欲しい。だってこの人は私に“楽しい”という実感を思い出させてくれたんだから。
「仲間集められるかな、俺に」
「政希さんがそう望めばその願いはきっと叶いますよ、だってあなたには人を引き寄せる力があるじゃないですか」
「どうしてお前はそこまで俺を信じてくれるんだ?」
「私決めたんです、何があっても、政希さんを信じるって」
「そうか、ありがとう……俺らしくないよな」
「………………」
政希さんの右手をみると、多少震えていた。
それはまるで電撃が迸るような震えだった。
「どうしてだろ、手の震えが」
「みんな守るって決意したのに、いざ自分が死ぬことを考えたら急に手が…………」
次の瞬間、私は両手を政希さんの震えている右手に優しく重ねた。
「蒼衣?」
「死ぬことを考えちゃ駄目、今は政希さんのやりたいことを考えてください」
「“死ぬ”っていうことは考えちゃ駄目ですよ? 困ったら仲間を頼っていいんですから」
「蒼衣、お前は優しいな、そんなところが君のお父さんにそっくりだよ……」
そういうと政希さんは涙を流した。
「政希さん大丈夫ですか、これで涙拭いて下さい」
「ああ、サンキュー……」
私がポケットからハンカチを渡したら、政希さんはその私のハンカチを手に取り涙を拭いた。
「蒼衣、ありがとうな、気遣ってくれて……」
「おかげで明日から元気がでそうだ」
「それはよかった、本当に」
ほっと一安心した。すると政希さんは「先は見えないが、改めてよろしくな蒼衣」といい私は「こちらこそよろしくお願いします」と笑顔で言葉を返した。
〜1か月後〜
私が新しい組織に入ってから1か月が過ぎようとしていた。
だいぶここの生活にもなれ、充実した毎日を送っている。
変わったところって言えば、組織から学校へ行けるようになったことだ。
何より頼もしい組織のリーダーがいることがここに私がいる“励み”だ
「おい、蒼衣早くでないと、電車に乗り遅れるぞ」
「すみません、では行きましょうか」
「1ついいか蒼衣」
「なんですか?」
「ぼーっと何考えてたんだ?」
そして私は笑顔で――――――――――――。
「いいえ、ちょっと政希さんとであった頃を思い出していただけですよ」
と私は言葉を返した。
そして私は今日も私達は学校へと向かうのだった。