【きっとこの空の向こうに】
青い空を見渡す。
数時間ぶりに帰って来たというのに、とても風が気持ちいい。
新東京都に帰ってきたのはいいものの、政希さん曰く、やることが多々あるらしい。
今、私は政希さんと一緒に、交通機関を経由して、駅付近にあるコンビニの外で立っている。
政希さんは用件を済ませるため、新東京都の駅へと行っている。
最初私は政希さんに一緒に行く……と言いはしたが、どうしても無理なようだった。
政希さんからはここで待つよう言われた。
一緒に行けばいいと思いもしたが、きっと組織の責任者しか話せないことなのだろうか?
それとも単なる野暮用か。
……いずれにせよ、気になることではある。
「…………気付けばもうこんな時間か」
マダラースコープで時刻を確認すると、14:30を回っていた。
こうしていると、さっきあった事がまるで嘘であったかのように感じる。 まぁそれは単に私が寝ぼけているからだと思うが。
いつものこの時間帯なら学校の教室で居眠りばっかりしているけど、いつもの時と今の情況は全く違う。
例えるなら……そう、枝分かれした木みたい。
帰ってきて早々頻繁にいい事の1つも起きない。ただ今の私の情況はさっきも言った通り、政希さんを待っているだけ。
でもやはり時間1分1分経過する時間そのものが長いように思える。
「……ふう、大丈夫かな? 政希さん……まさかとは思うけど道草食ってるわけじゃないわよね?」
「まぁ政希さんに限ってそんなことないか」
それから30分後、ようやく政希さんが帰ってきた。
おーい、おーい、……と手を振りながら。
「ごめん、ごめん……待たせたな」
「いえいえ、私なら何分でも待てますよ?」
「えらい余裕っていう顔してるな……おい」
「それで、用件はなんだったんですか?」
「2件ほどとある人から電話するようメールがきていまして……」
「それも誰も聞かれないところがいいと……」
「だから駅の方へ行ったんですか?」
「あ……でも駅って人に目つけられそうなところばかりですよね?」
「いやいや、誰もそんな目に付くようなところは行ってないよ」
そもそもなんでそんな遠いところまで行って電話をかける必要があったんだろう。
思わず私はおかしくて笑いそうになった。
すると次の瞬間、政希さんは私の手を掴んできた。
「いいから行くぞ」
「あ、ちょっと、行くってどこに……ッ!?」
「…………住宅街方面、ここじゃ話しづらい」
言われるがまま、私は政希さんと一緒に住宅街の方へと向かうのだった。
…………政希さんが足を止めた。
「ここならいいだろう」
「はい……ってここ……」
そこは紛れもなく、この間私と政希さんが帰り道の途中で通ったあの遮断桿だった。
周りには人の気配もしなく、むしろ静寂だった。
風の音もせず、騒音の1つも聞こえない。非常に静か過ぎる。
「どこでもいいだろ」
「まぁ……いいですよ」
「それでここで話したいってことは、よほど重要な話しなんですか?」
「まぁそうなるな」
政希さんは即答で答える。
「とりあえず……これ、頼むよ」
政希さんはマダラースコープから白紙の契約書のデータを私に渡してきた。
「あ……あぁ……すみません すっかり忘れてましたよ」
「どれどれ……ここをこうやって………………」
難なく、サインを書き終わった。
にしても契約書書いたの何日ぶりだろうか。
私からすれば随分書いていないように感じるが。
「これでいいですか?」
「あぁ……あとは」
「あとは?」
「すまんがご両親に電話して許可をもらってくれ、それからこの契約書は組織の管理局へ提出する」
「えー」
「そう嫌がるなよ、俺も好きでこんなことやってるんじゃないんだからさ」
「………………」
「わかりました、でもついでですから政希さん、母に挨拶してください」
「わかったよ」
「それじゃ……掛けますね」
マダラースコープで私は母に電話を掛けた。
…………。
…………。
…………。
ブルルルルルルル。
ブルルルルルルル。
ブルルルルルルル。
「もしもし? 蒼衣?」
モニターに映像が映る。
映っているのはうちの母だ。
「もしもし、お母さん? ごめんね連絡遅くなって…………」
「なーに大丈夫よ、どうせあなたのことだから、戦ってきたんでしょ?」
「うん……」
「それで…………?」
「ただ……電話しただけじゃないって顔してるわね」
「…………」
「……言ってみなさい お母さんは絶対怒らないから」
「お母さん……」
いつもの優しい母だ。不安そうな私に対して万遍の笑顔を母はしている。
そうだ母はいつだってこの笑顔で私を支えてくれた。
辛い時も、悲しい時、苦しい時いつだってこの笑顔で。
安心を確信した私は、意を決して、私が新しい殺人者の組織に入るということを母に打ち明けた。
「蒼衣……、もうそこで迷いはない? また嫌になって逃げ出すんじゃないでしょうね?」
私は首を振る。
「ううん、大丈夫だよ、お母さん心配いらない」
「だってここが“私の本当の居場所”だということを気付かせてくれた組織を見つけたから」
そうここが私の新しい居場所。他のどこでもない。
ここが新しい私の起点。だから――――――――――――。
「そう」
母は軽く目を瞬きした。その母の表情がまるで『わかった』そのように言っているような合図に思えた。
「それが蒼衣の決めた道なら、お母さんはあなたを止めないわ………決して」
「お母さん……」
「本当誰似たんだか」
母がまた少し笑った。
「蒼衣、きっとお父さんも喜んでるわ……天国でそのことを聞いて」
「うん、ありがとう……お母さん」
「これからたくさん、あなたは色々な辛い目に遭うかも痴れない……それでも決して諦めないで」
「そしてお母さんがあなたにただ1つ約束して欲しいことがあるんだけどいい?」
「うん」
「必ず生きて」
「生きるよ……絶対」
「すいません、横失礼します」
話しの区切れがいいところで画面外にいた政希さんが、話しに入ってきた。
「はい?」
「あぁお母さん……この人ね、私が入った組織のリーダー…………天堂政希さんっていうの」
「天堂……天堂? ひょっとして政希君かしら?」
「お母さん知ってるの?」
「知ってるも何もお父さんからいつも話し聞いたから知ってるわよ…………政希君のこと」
「それでは、改めましてノヴァスター・オペレーションズのリーダーをやってます、天堂政希です」
「すみません、唐突に娘をこんな俺の組織に入れてしまって…… なんと言えばいいのか…………」
「いいの……いいの、政希君 あなたは私の夫の大事な友人だから、全然悪くないわ」
初めてだと言うのに、政希さんはまるで前から私の母のことを知っていたかのように平然と話している。
まあそれは父の親しい友人だから普通にこうして話せているのだろう。
おおかた母と私は、政希さんの事はある程度父から聞かされていたので今考えてみると、もはや親しい幼なじみのように思える。
かと言って、政希さんのことをなんでも知っている訳ではない。
飽くまでも、父が私達2人に教えてくれた範囲だけだ。
「それでは、娘さんを俺のところに預けさせてもらっていいってことですか?」
母は『うんうん』とにこやかな顔をしながら頷いた。
「ありがとうございます、では責任を持って娘さんを預けさせてもらいます」
「政希君、蒼衣をよろしくね、その娘結構“無理する娘”だから」
母め、余計な事を……。少しは空気というものを読んでもらいたい。
そういうの恥ずかしいからあまり人前で話してほしくないんだけど。
「ちょっとお母さん?」
眉をひそめ、母を睨みつけた。
すると母は怯え、体をブルブルと震わせる。
結構母は臆病者である。
すると恐る恐る母は私に謝る。
「ご、ご、ご、ごめん! お母さんちょっと言いすぎたわ」
「………………」
「ま、政希さん? あの……」
政希さんは私に小さな声で耳打ちする。
「いいから蒼衣、早くしろって」
と――――――――――――。
なんか悪いことした気がする。
家ではこういうやり取り普通なんだけれども……。
どうやらその光景を目の当たりにした政希さんは呆れたらしい。
まあそろそろ話進めようか。
「それじゃ、そろそろ切るね お母さん」
「あ…………待って蒼衣」
別れの挨拶をしようとしたとき、母は私に一言かけた。
「なに?」
すると母は――――――――――――。
「家から荷物ぐらい持って行きなさいよ……」
「あ……あはは、そうだよね、すっかり忘れてたよ」
「おいおい……しっかりしてくれよ」
政希さんは目を瞑って額に手を当て、『やれやれだな』という表情をみせた。
「蒼衣、まずはお前の用を済ませてから、俺の基地に行くぞ…………」
そういうと政希さんは軽く嘆息をついた。
「すみません」
そして私は家の荷物を持っていくべく、私達は東城家へと向かうのであった。