【蒼穹の下で】
夜明けの午前4時頃――――――。
淡い空の色……、そして久々のように感じる空気。
戦闘後に吸う空気は一段と美味しいように思う。
あれから外に出て、暫く歩いた所にあったベンチに俺達は座っていた。
「それで…………」
青い少女が話を持ちかける。俺の方へと視線を向けて。
多少心配そうな表情をしているが、そこまで“心配”されるようなことではないと思う。
軽くお互いの事を埋め合わせする程度で。
……どちらかというと、まずどこから話せばいいのか……というところだな。
「何から話しましょうか……」
やはりそうか。どこから話せばいいのか少し戸惑い気味みたいだ。
ここは俺が上手く少女をフォローしてあげないと。
「ゆっくり……落ち着いてから話せばいい 焦らずとも俺は待つからさ…………」
「…………ありがとうございます」
少女は少し目を閉じ、それから再び目を開け俺に話す。
どうやら少しは落ち着いたようだ。
「私は、今日……っていうか昨日ですね、こっそりあなたの跡をつけて来たんです」
あの、すみませんそれってストーカーなんじゃないですか…………?
「あ、でも決してストーカーしていたわけじゃないですよ? もし“ストーカー”って一言口に出したら容赦なくあなたをこの私のXウェポン『ストライク』で斬りますよ?」
俺は無意識に息を呑む。
あぁ、これは迂闊に口に出さない方がいいな。
仮にさっき考えていた事を口に出していたら、間違いなく殺されていただろう。
ていうかそれならなんで俺が旧東京都に行くって事が分かってたんだよ。
ん……? ひょっとすると、ひょっとするかもしれない。
………………あまりこういう事は考えたくないのだが。
「1ついいか?」
「なんですか?」
「もしかして君、俺と月神先生の話聞いていたりする?」
すると少女は笑顔でうんうん……っと頷いた。
「マジかよ……」
俺は手を額につける。
予想外の展開に少々驚く。
「階段辺りを歩いていました そしたら教室から話し声が聞こえてきたので、つい盗み聞きしていました あなたの声に気づいたのはもう声の高さで分かりました」
「相変わらず敏感だなぁ……おい」
「それで…………跡をつけて来たと?」
「そうです、まぁ今回の敵に関しては噂で少し耳にしていました」
「そうですね…… アジトの場所情報もネットで位置情報が特定していたので、私は迷わず、ちょっと大回りして、あの旧デパートの窓付近でずっとバレないように待ち伏せしていましたけど……」
ん? 待て、ネットに場所情報が出回っていただと? くそこれは一本取られたな。
それで先回りされて、建物の外で見つからないように隠れて待ち伏せしていたと…………。ぐぬぬ………この子中々隅に置けない子だな。
「それにあなたを1人にさせたら、帰らぬ人になりそうでしたし」
「心配されるほど君には俺が、それほど弱そうにみえたのかいッ!?」
なんだか心が痛い。 うんとても……。 俺は少女に『護衛よろしくね!』とは一言も言っていないのだが。
「それで、あなたが開始早々、殺されそうに…………ピンチに陥っていたので、私は窓を割って中へと入り、あなたの前に現れたってことです」
「正直驚いたよ 見ぬ知らずの君みたいな美少女が、こんな俺を助けてくれるなんて」
すると、少女は顔を紅潮させ、急に照れくさい表情を俺にみせた。
「なっ! び、び、び、美少女は余計ですよ! 別にそんなに私、可愛くありませんし!」
………………。
………………。
それでも、俺は君に感謝している。 この前のこと、そして今日…………。つまり昨日、いやついさっきのこと。
あの時、君が現れなかったら確実に俺は死んでいた。
正直、“死”も覚悟していたくらいだからな。
だが、その“決まった運命”を覆すかのように、“奇跡”が起きた。
君が俺の前に現れ、俺を助けてくれたから。
感謝で頭が一杯だ。
「けれどありがとうな、俺を助けてくれて」
すると少女は俺の震えた両手の拳に自分の手のひらを乗せてきた。
「死んで欲しくなかったから」
少女は小さな声で俺にそう言った。
「………………っ!!」
俺は思った。こんな俺を気にかけてくれる人がまだいるということに。
それがたとえ、年上だろうが、同年代、年下でも………………。
嬉しさが止まらない。体は何かに反応したかのように心拍音が大きかった。
きっと俺自身も嬉しいのだろうきっと。
そのように感じられる。……あぁ、いつだって体は正直だ。嘘か本当かはすぐ見抜いてしまう。
……この子の優しさからなんとなく、“懐かしさ”を連想させられる。
とても懐かしい、この優しさはまるで“あの人”みたいだ。
「なぁ…………?」
「どうしましたか?」
だが、俺は気になることがある。
「なんで俺の名前……知っているんだ……?」
恐る恐る少女に聞く。 なんで俺の名前を知っているのかと………………。
今日会ってから、俺の名前を一言も口にしてはいない。
でもこの前、コンビニの荷物運びしてくれた日に、別れる時、一度だけ口にしてくれた。
俺の名前を。
「え……?」
「隠さなくていい、この前別れる直後口にしただろ? 俺の名前」
「………………」
黙り込む。そして目を少し半開きにし、急に少女は、ベンチから立ち、俺の真正面に立つ。
「そうですね……あの時、つい私はあなたの……いえ政希さんの名前……口にしてしまいましたね」
少女は1度、首を振って言い直した。
「君……俺の名を……今」
「今まで、隠していて、ごめんなさい…… でも悪気があったわけじゃないんです」
「政希さんを困らせたくなくって……」
どういうことなんだよ、はっきり言ってくれ…………。
「言ってることがわかんねえェェよ! それになんでお前! 俺の下の名前で呼ぶんだよッ!」
だめだ、怒りで気が動転してしまっている。 心の中で少し疑心暗鬼の感情が芽生えてしまって来ている。
だが、正確には半信半疑、全てを疑っているわけではない。
「落ち着いて……下さい そして疑わないで下さい」
「え…………?」
少女は少し涙目だ。少女を泣かせてしまった自分をこの場でぶん殴りたい。
「政希さん、あなたは私があなたを殺しに来たスパイだと思っていないんじゃですか?」
「あぁ!! そうだよ! 怪しいんだよ! 急に人の前に現れて!」
「どうせ、もういつでも俺を殺せる準備なんてとっくにできているんだろッ!?」
「違う」
自分でなぜ少女にこんな暴言を言っていることさえ分からない。
“疑い”という2文字が俺の冷静さをかき乱す。
どうしてかというと、昔、俺は散々人に騙され続けていた。
中にはこんなケースも…………。 仲間のふりをしてた奴が俺の仲間を無残に殺したという事だ。
あれから、時に人を一方的に疑うようになってしまった。
同時にそれが深い俺のトラウマになってしまい、今思い出すだけでもとても気分が悪くなる。
「殺すなら殺せ! それがお前のいる組織の任務ならな!」
「違う」
心が痛い。本当は少女を信じてあげたいのに、どうしてか俺はこうもあっさり疑ってしまうんだ。……本当は信じたい気持ちで沢山なのに…………。
「そのXウェポンで俺を斬れよ!!」
すると勢いよく旋風が吹き――――――。
「っ!!」
自然と俺は、スタードを出してそれを力強く握っていた。
だが、いつも以上に重く感じる。
まるで鍔迫り合いでもしているかのような重さ。
震える音も響く。耳の奥まで――――――。
そして俯いていた俺は、正面を向いた。
「いい加減にして下さいッ!! 政希さんッ!!」
少女の持つXウェポン、ストライクと俺のスタードが重なり合い、鍔迫り合いとなっていた。
だが、そのお互いの刃と刃に目を通すと、ガタつきがあった。
異常にそのXウェポン同士は振動を起こして――――――。
「ほらみろ! やっぱり殺す気だったんだろう!?」
……なんだ、このさっきからする胸騒ぎは……。
「だから違うッ!私は……私は……スパイでもなんでもないッ!!」
「…………ッ!?」
少女の俺に対する思いが、鍔迫り合いを通じて伝わって来る。
――――――。この子は何も裏切るようなことは考えていない。
清廉潔白、少女は本当のことしか言っていない。
「私は知ってる…… 私の父が政希さんととても親しい関係だったことをッ!!」
父……? …………。 そうか君は――――――。
徐々に体から悪い心が抜けていく。
少女の一言で俺は我に返った。
「…………ッ!!」
「政希さん……? 大丈夫ですか?」
気づいた時、彼女のXウェポンと、俺のXウェポンはそこにはもう無かった。
体内の中へと戻ったのだろう。
「ごめん…… 怖い思いさせて……」
前を向くと涙目で鼻をすすっている1人の少女がいた。
「いいんです……政希さんが無事で……」
ポケットからハンカチを取り出した少女は、零した涙を拭いた。
暫くして、悔い改め少女は俺に自己紹介してきた。
「私の名前は東城蒼衣……」
東城……。間違いない、あの“東城”だ。
「殉さんの……娘さんか?」
念の為に問う。
「はい……紛れもなくあの東城ですよ」
うん、間違いなしのようだ。
「すみません、今まで隠していて…………」
「いいっていいって……それより東城……ここ座れよ」
ベンチを軽く手で叩く。
東城が俺の隣へと座る。
「政希さんのこと知ったのは、中3の頃でした 父からよく政希さんのこと聞かされてたんで」
「そうか、だから俺の名前知ってたんだな」
「でも前の戦いで政希さんが酷く傷ついたことを知ってしまったんです」
……もしかして、東城は俺を気遣って……?
前の戦い――――――。それはとても嫌なものだった。
幾多の戦いの中で俺達の仲間が戦って……そして死んでいった。
終戦には俺の元いた組織では最終的に2人残っていた。
しかしその後、前にいた組織は人数に無理があると判断され、解散した。
今俺が作っている組織『ノヴァスター・オペレーションズ』はその跡取りに当たるような組織である。
まぁなんとも情けないことに未だに俺以外誰もいない。
終戦後、その時は健全じゃなかった。それはトラウマになるできごとが沢山できてしまったからだ。
それから1年はずっと通院しながら、学校へ行くという生活を送っていた。
クラスでは同級生に虐めに遭い、加え会話の中で死んでいった仲間の名前を聞く度にとても頭が痛くなっていた。
この当時なら東城はまだ訓練施設にいた期間だろう。
恐らく俺のことがそこで噂になっていたのかもしれない。
それでこの前、俺と出会った時、あえて自己紹介しなかったんじゃないのか?
「だからか……名前を聞いてトラウマになるんじゃないかって心配して、それに気遣って君は全然名前を教えてくれなかったのか?」
東城はうん……と頷いた。
「正直、私は政希さんに憧れていたんです」
「トラウマのことを聞く前までは、2年で戻ってきた時に積極的に政希さんに接しようと考えていたんです」
「でも、トラウマのこと聞いて、2年で帰ってきた時には、あなたを傷つけてしまうんじゃないかってことを考えると、怖くてまともに自己紹介できなかったんです」
「寮にいた頃はいつも心配でしたよ……政希さんの事が」
なんて優しい子なんだ。 そういうところが殉さんによく似ている。 優しいところが特に“親譲り”って感じだな。
「でも、もう大丈夫だよ、心配いらない」
「その様子じゃもう大丈夫そうですね……ふふっ」
東城は笑顔で笑ってくれた。俺を励ますような眩しい笑顔で。
そしてふと言葉を思い出す。殉さんのあの言葉を――――――。
“娘を頼む……”その一言を………………。
果たさなければならない。 殉さんとの約束を――――――。
それにこの子と一緒なら、きっと俺の力になってくれる。
ただ怖い点が1つある。 少女が死んでしまうかもしれないという恐怖に――――――。
でも、そういうことは、持ちかけて決めることにする。
何故ならその“運命”をするのは…………東城……いや、蒼衣自身なのだから。
「なぁ……東城……いや蒼衣」
「はい? なんですか?」
「折り入って頼みたいことがあるんだが…………いいか?」
すると蒼衣は再び俺の前へ立ち、尊敬の眼差しで俺の方を見つめる。
「いいですよ……話して下さい、その政希さんの頼み事を」
蒼衣は覚悟を決めた。 そのような強固な意思を感じ取れる。
お前は待っているんだな? 俺の頼みを……。
……。
……。
……。
軽く深呼吸をした。
そして――――――――――――。
意を決して俺は話すことにした。 今の俺の状況、そして俺が望んでいることを――――――――――――。