コワレナイマチ
ベテルギウスのガンマ線届いてから、もう二年が経つというのに、まだ太陽風警報がやまない。
僕は水木517。
この電気街に住む高校生だ。
「今日は早いね」
駅からほど近い雑居ビルの4階。小さな事務所風の部屋に、大学生風の女性。
「今日はレベル4発令中で」
「ゲーセンも稼動規制中でね」
「じゃあ今日のお仕事片付けちゃいますか」声優あがりの通る声。一応はまだ現役らしい。
彼女は、コードを使わずただ、マリアとだけ名乗っている。まあ、姉を亡くした僕にとっては、彼女がひょこり帰ってきたような距離感だ。
仕事?そう僕はひょんとしたことから、この街の復興のバイトをすることになった。超弩級の磁気嵐に襲われた世界。ケータイが火を吹き、あらゆる送電ケーブルが、ネットワークが火龍のごとく、この街を飲み込んだあの日。
ビルは再建されても、何千という死者は帰ってこない。
シナナカッタことにしない限りは・・・
「で、今日のキーパーソンは?」
声優の仕事が入らない日は、マリアは復興業務に専念している。半ば都市伝説と化した、災害直後の英雄たちの情報を集めている。
あるものは人々を安全地帯に導き
あるものは敷設ケーブルの要所を分断、誘導電流を抑え
あるものは官庁に駆け込み、救出活動をいち早く誘導した
そしてその勇敢なる行動は、彼ら自身を死へと導くことになった。
「林葉子。当時19歳、メイド喫茶店員。東都工科大学で機械工学専攻。ご両親が集めた話では、いくつかのビルのメインブレーカーを落とした後、駅裏の変電設備に向かって消息を断ったらしわ」
「駅裏は再建進んでないよな」
「だから、かえってミツカルかもね」
僕はため息をつく。この工程は、いつまでたっても慣れない。
「嫌なら私だけでもいいわよ」
それには答えず僕も現場に向かった。
駅裏、変電設備。焼け落ちたまま放置されたここは、日がまだ高い時間でも不気味だ。
白いハンカチを口に当てながら、
「これは見つからないかもね」
「掘ってみる?」ショベル片手に僕が尋ねたが、気の無い返事が返ってくる。
その時、
僕は気づいてしまった。まるでどこかの心理テストのように、隠された情景。おそらく店の制服一部に、不燃性の材料が使われていたのだろう。
「第2波の磁気嵐で、誘導電流がドアに回ったのね」
ドアノブに手をかけたまま、「彼女」はうずくまっていた。火事と風雪で原形はとどめていなくとも。
いつもの「処理」を施したあと。二人は静かに手を合わせる。そして詳細地図を広げ、可能な限り正確に、発見場所の経度緯度を書き留める。GPS衛星が失われたのは本当に残念だ。
「事務所」に帰った後は、忙しいのはマリアだ。部屋の片隅に備えられた年代物の通信機、そして、機械式のモールス電鍵。手慣れた手つきで機材を立ち上げる彼女は、おもむろにモールスを発信する。
精錬された手さばきを僕はいつも美しいと思う。英文モールスが、シンプルな調べを部屋に響かせる。
そして無音。
ざぁっ
かすかに返信のモールス。Yes。
マリアは満足げに微笑んだ。
これは僕たちの秘密。マリアが曽祖父から受け継いだ、電波技術。
本来は届かないはずの通信。
「間に合うといいわね」
少し悲しそうな笑みに僕は引き込まれる。
ビルを出ると、すっかり日は落ちていた。そして、
恐ろしいほどの全天オーロラ。宇宙災害は僕たちから多くのものを奪ったけれど、それでも美しい夜空だ。
いちおう有名人らしくサングラスに顔を隠しながら、僕の「姉」が肩に手を回してくる。「ご飯いこ。ごっはん」
うっとしくも、まあいいかと口を開く僕は、駅前広場にそれを見つけた。
ビラを配る長身のメイド。制服のデザインに気づいたとき、少し泣きそうになる。
「こらこらどうした少年」
「なんでもないよ」
ビラを配る彼女の声が背中に届く。
いつものように、僕はこの街がまた少し好きになった。
(第1話 了)