絵描きの異世界放浪物語【短編・習作】
私は夢を見る。
どこかの国で、巨大な鉄のかたまりに跳ね飛ばされる夢を。
この世界には存在しない、テクノロジーの塊によって。
私は夢を見る。
それでも死ねず、手と足の感覚が無くなる様を。
脳内麻薬か、痛みや触覚が消えた世界で、目に入る光だけが情報源だった。
崩れ去った商品の棚と、ガラスの破片に、赤い水溜りがみてとれた。
「……(こえが、でない)」
のどが言うことを聞かない。目だけを動かしてみれば、遠くで誰かが私を見てた。
その顔には困惑と、わずかな恐怖がうかんでいた。
――渇く、干からびる
痛みは無いのに、体から何かが失われていく。ただし、寒さは感じない。
死の間際は、むしろ熱くて息苦しい。
「……(乾く)」
飢え、乾き、食欲に似た『欲望』が心から湧き上がる。
生きたい、ではない。控えめに、死にたくない。
もしくは、早く殺して。
――この感情を感じたくない。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。嫌だ、いやだ? 何が? あれ、私は……ワタシ? ワタシハダレ。
死にたくない。早く死にたい。感じたくない。生きたくない。
そして、場面は変わる。
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私は夢を見る。
「ねえ、お父さん! お母さん! これ、私が書いたの!」
物心着く頃には、私はすでに『私』だった。
二つの名前を自覚して、それでも不安定な自我が曖昧になることもあった。
「なんだい? ミーナ」
「これ、似顔絵を書いたの。プレゼント!」
それは、冬に備えて購入してあった薪のひとつ。
断面には、両親の似顔絵が書かれていた。
――プレゼント
デフォルメされた、妙にリアルな人物画。
それが『私』の残り香であり、大好きだった仕事の片鱗。
前世の私は、漫画家だった。
「おお! 上手いねミーナ。くれるのかい?」
「うん!」
炭のかけら、冬を越す為の燃料である薪。その二つで作ったイラスト。
後から考えると、大切な燃料を使って子供が遊べば、怒られたであろう。
だけど二人の顔には、慈愛が満ちていた。心底、嬉しそうだった。
――ありがとう
子供からのプレゼントに、喜ばない親はいない。似顔絵なんて、嬉しいに決まっている。
「嬉しいわ。ありがとう」
母は涙を流しながら、嬉しそうに薪を抱えていた。
「どこかに、飾ろうか!」
父は大げさに、目立つ場所へ飾ろうと言い出す。
ひとつだけ覚えているのは、紙やペンは高価だったこと。
そもそも簡単な読み書きすら、周囲にできる者が少なかったこと。
そして、意識は浮き上がる。
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「……私は、ミーナ」
久しぶりに、夢を見た。
それは、前世と今生がかさなる記憶。
つまり、私の記憶。
名前はミーナ。歳は15になる。
「ふぅ……」
宿の一室、そこで私は目を覚ます。
寝巻きをぬいで、頑丈な布と皮で出来た服に着替える。
そして、腰に剣を帯びる。
――ここは、異世界
魔法が存在し、魔物がいて、人は地を這い移動する。
魔王がいて、勇者なんて存在もいるらしい。
――ファンタジーな世界。
男も女も剣を持っていようが、法に触れることはない。
それが正常な世界。
「よし!」
鏡を見れば、金髪で青い瞳の少女がこちらを見ている。
私の職業は冒険者。世界中を旅する探検家でもある。
実家を飛び出し、趣味に生きると決めて、安定した収入を望まず生きている。はっきり言えば、変わり者。
ここは、日本より生きやすく、同時に残酷な世界でもある。
――死ぬも生きるも、個人の自由。
だから私は、この世界を自由に生きている。
「今日は、なにをしようかな~」
心が軽くなる。一日を生きるのが、楽しく思えてしかたない。
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はじめに。
この物語は、転生した主人公が、絵を描きながら旅をする。
趣味に生きる物語である。
これは断じて、英雄譚ではない。チートは無いし、無双もしない。
自分が楽しむ為に。時に、誰かの笑顔の為に。
絵を描きながら、旅をする。
そんな少女の波乱もない、日常をえがく物語である。
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□成分表
☆☆☆☆★:日常
☆☆★★★:百合
☆☆★★★:戦闘/残酷
☆★★★★:恋愛
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「はーっ……ふー」
大きく深呼吸すると、気持ちが落ち着いた。空気が美味しく、草の香りが胸いっぱいに広がってくる。
ここはフォーグという街の近く、草食の魔物ばかりで、身の危険がない森の中。
「……」
そーっと草を掻き分けながら、動物がいないかを探している。
ここ一ヶ月はフォーグを拠点に、冒険者として依頼を受けつつ、こうして周辺の森や草原を探検している。
「(いた!)」
遠目に、角の生えたウサギが見えた。これが、今回の私の獲物である。
ウサギは草を食べながら、もそもそと動いている。
それを見つつ、私はすっと、かばんに手を入れる。
ぴくっと、ウサギの耳が反応したが、耳を立てるもこちらに気付いた様子はなかった。
取り出したのは、固めの画用紙と板。そして鉛筆と消しゴム。
このセットで、冒険者の依頼を十回こなすのと同じ金額が飛んでいった。
紙は、その内の一回分くらい。
すらすらすら。
「(鉛筆も、消しゴムも、高かったな……)」
文明レベルは中世の世界。地球だって十六世紀には鉛筆が存在していたから、驚くことでは無いのだが……とにかく高い。
世の中は付けペンが主流で、消耗度を考えても、割りに合わない。
ただ、書き直せるのは魅力であった。
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私は、冒険者をしながら、絵を描いて生活している。
昔は絵が好きだったはずなのに、商業誌に載ってから、締め切りに追われる生活に変わり、それから人生が灰色になった。前世の死ぬ間際では、絵が死ぬほど嫌いだった。
「そろそろ、何個か仕事をするか」
草原では下書きだけを済ませ、今は蝋燭の火を頼りに、宿に戻って清書している。
出来上がったのは、地球のウサギとは違う、ちょっと幻想的な魔物の絵。
自分で書いたのに、思わず口元が綻んでしまう。
明日は、冒険者の臨時パーティーを募集して、そこそこ大きい仕事をしようと思った。
私は一応、戦士として登録しているので、後衛か回復職でも探せたら良いなと考える。
剣は独学だけど、前世で剣道をやっていた経験から、我流の剣術を編み出した。もちろん、最初は素振りばかりして、力を着けることからはじめた。
いつか、私の趣味を理解してくれて、固定でパーティーを組んでくれる人が現れればいいなと、密かに思っている。
「まあ、無理だよね……」
冒険者と言えど、趣味に命を掛けるのであれば、他人を巻き込んではいけない。
そのような事をすれば、周囲から嫌われてパーティーを組めなくなってしまう。
「はぁあ……う」
誰もいない個室の中で、大きな欠伸をかみ殺しながら、私は明日に備えて眠る。
これが、私の日常だった。
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この時の私は、いずれ見つかる仲間と共に、この世界で漫画サークルを立ち上げるとは思ってなかった。
個性的な仲間達と共に、名のある絵描きとして異世界で有名になるのは、まだ先の話である。