お祭り2
祭り2日目。
男と汗とあっさりパスタ。それは周囲のもやを取り込みながら炒めたシーフード味のあっさりしたパスタの事である。
その海鮮パスタは実においしそうではあるが、その説明を聞いた後では食欲がガクッと落ちる。
「あれ?食べないんですか?」
フレアさんは男と男の友情ドリアという意味分からない命名センスの食べ物を美味しそうに頬張っている。怖くて説明を聞いてないが、見た限りベーコンとかじゃがいもが入っているみたいだ。
……まぁ、ベーコンとかきっと普通じゃないんだろうけどねっ!この世界の料理は難易度ハードモードだからな。
「う、うん……たべ、たべる、よ……」
もしゃ、と口にパスタを入れる。……おいしい、おいしいよ。なんかしょっぱいのが、余計に汗を連想させて吐き気がした。
食事と言う最難関を乗り越え、再び外に出ると、祭りの騒ぎがさらに大きくなっている気がした。
「緊急事態発生、緊急事態発生、筋肉が倒れております、至急救出を」
まじかよ。
思わず目を向けた方向には、確かに筋肉が倒れていた。
マイクを手にした男の人は、警備の人らしい。とゆーか、筋肉って呼び方なんだね……いや、見たまんまなんだけどさ。負傷者とか言わないのね……祭りルールかな。
「あーいつもの事ですよ。この祭りですし、多少荒々しい事もありますから、救護班も大変ですよね」
皆にとっては普通なのだろう。平然としておるよ……。
「ユリ!」
フレアさんと歩いていると、聞きなれた美声が聞こえてきた。
「エリオット!どーしたの?」
「さ、探しました……」
どこかそわそわした様子のエリオットは、若干顔が赤い。何故かトレーニング用のTシャツ姿。
その様子でフレアさんはピンときたらしく、ニヤニヤしている。
「うふふ、やるんですね?」
「は、い。男の、憧れですから」
「じゃー、今日は恋人に譲りますね」
「有難うございます……」
そう言って、フレアさんは立ち去る。
「えーと、ご、ごめんね?フレアさんと祭りにいっちゃって」
「いえ、ユリが楽しければ、それでいいんです」
儚げに微笑んでいる所悪いけれども、全然楽しくなかったでござるよ。特に口に入れる商品名が食欲を失うものばかりなのだ。もうちょっとなんとかならんのか。フランクフルトの事は早く忘れたい。
「おー!あの地味なにーちゃん勇気あんな」
「ほんとだ、あんな地味な容姿、俺なら無理だね」
という声が周囲から聞こえて来て、エリオットの顔が少し曇る。そして、私と目が合って、顔を赤らめる。
エリオットの来ているTシャツには切れ込みが入っていて、そこに指を入れてエリオットが誘っている……ように感じた私の脳は沸いている。だって無駄に色気があるんだもん。
「ユリ、何も言わず、私のシャツを破って下さいませんか……?」
「ふぁっ!?」
そう囁かれて耳を疑った。シャツを破く?何の為に?こんな所でプレイしようってのか!いやごめん、そんな訳ないよね。
「お願いします……」
「お、おう……じゃ、じゃあ……」
捨てられた子犬のような目で見つめられては断る事など出来ない。恐る恐るエリオットのシャツに手をかけると、周囲がざわつく。
「まじかよあの男……!」
「うらやましい……!なんでだ……?」
え、なになに?動揺して手がシャツから離れそうになったが、エリッオットが上から手を乗せて来て止めた。このまま破けって事かい?この衆目の中で?やばくね?なにプレイ?
ええい!可愛い恋人の願いだ!思い切っていく!
すでに切れ込みが入っているTシャツは、思ったより簡単に破く事が出来た。
「うおおおおお!!!」
「やった、やりきったぞぉおおおお!?」
周囲の野太い歓声に、ビクッと震える。
なんだなんだなんなんだ!混乱していると、涙ぐんだエリオットが私を抱きしめて来る。
「夢が……叶いました……ユリ、ありがとうございます」
「ドウイタシ、マシテ」
全然意味が分からないけれど、感動の瞬間らしい。
後で聞いたけれど、祭り中に切れ込みの入ったシャツを見せて破ってくれと言う事は告白と同じ意味を持つらしい。そして、シャツを破くと言う事は了承の意味を持つ。
エリオットは、今まで他の人がそれをやっているのを羨ましく眺めていたのだと言う。男にとって祭りのシャツ破りはロマンのようなものなのだ。もう意味が分かりません。
祭りの最終日。
もはや私に意識は朦朧としておった。
隣にいるエリオットだけが心の支えなのである。最終日だけは絶対見ておいた方が良いと言う事で、休む事は出来ずに私も参加する事になった。正直休みたい。
今まで沢山の催しがされてきた大舞台の周りには、この3日間で最も人が集まってきている。祭がフィナーレを迎えているのだ。
周囲の明りが落ち、明かりは舞台の上だけとなる。その時、今まで騒いでいた周囲も静まり返る。
シン……とした静けさは、神聖さすらも感じる程。
一体何が起こるんだ……?と固唾をのんで見守っていると、壇上に2つの筋肉が現れる。
その筋肉に、我が目を疑った。片方が、我が弟だったのだ!
「ああ……本当に、彼はやり切ったのですね」
とエリオットが小さく呟いている。どういう事だと説明してほしかったが、静かすぎる周囲に、言葉を出す事を躊躇われた。
やがて弟ともう1人の筋肉は向かい合い。
パアン!
―――互いの筋肉をぶつけあった。
おおおおおおおお!
地鳴りが響く程の野太い歓声の中、互いの胸をぶつけ合う弟とマッチョメン。
パァン、パァンと軽快な音は響くが、体の負担が大きいのか、お互いの表情は苦し気になってくる。
それでも、彼らは胸を打つ事をやめない。そうする事が運命のように、互いの左胸がぶつかり合う。
私の意識は今にも飛びそうであるが、弟がどうなるか気になるので、淡々と知らない男と胸をぶつけ合う弟を眺める。
やがて熱気は頂点にまで上り詰め、汗で出来たもやで虹がかかる―――わぁ、虹だ。なんか嬉しくない!
それを見た長老っぽいおじさんが、つぅ、と涙を流した。
「……伝説じゃ、伝説の、再来じゃ!」
その声で、周りに静けさが戻る。皆、泣いていた。皆がむせび泣き、ただ胸を打つ音が響き渡る。
左胸を打ち合う行為は心臓に負担が大きく、それを108つ打ち付けるのは、常人には不可能。それは、命にも届いてしまう。
そんな命がけの行為を、壇上の筋肉2つは、刃を食いしばって続ける。
どうしてこんな過酷な事を―――誰の脳にもそんな考えが浮かぶ。けれど、この神聖な場で誰も口にする事が出来ない。
体中に玉の様な汗が浮かび、ぶつける度にその滴が宙を舞う。
まさしく、神の再来のような光景に、誰もが息をのんで見守った。
ぱあん、ぱぁん、ぱぁん!(*胸の筋肉をぶつけ合う音です)
命を削り合うような、重い響きがこだまする。
何度も打ち付けていると、段々と打ち付けるスピードも遅くなる。だが、2つの筋肉は全力で打ち込む事をやめようとはしない。
ブルブル震える体で、やがて最後の胸打ちを終えた瞬間―――周囲は爆発したような歓声が上がった。
「すげえええええええええ!!!!」
「こんなに感動したの、見た事ない!」
「あの筋肉は誰だ?見た事ない筋肉だ」
「最近頭角を現した噂のエースさ、異界の君だと聞く」
「ほう、あれが……」
などと、口々に人々が言っている。
弟とマッチョメンは汗だくで満身創痍だが、互いに笑い合い、互いの右腕をクロスするように打ち合った。
「やるな、コウキ」
「お前もな」
うおおおおおおおおお!!
歓声が拍手が、熱気が周りを包み込む。
言わせて欲しい―――。
「なにこれ」
なんでどうしてもこれを書きたいと思ったんだ?と今でも疑問だけど、書いてて楽しかった。
若干後悔してる。
次回投稿はしばらく空きます。