お祭り
弟がムッキムキまっちょで黒光りしている。おかげで女の子達からモッテモテになった。彼の血の滲むような努力が実を結んだ結果だった。
「はっはっはっは、俺に近づくと火傷するぜ?」
「きゃあああっ!」
気絶する女の子続出。え、何これ。す、すごいなコレ。
幸樹は確かにハーレムという夢をかなえたのだ!女の子がよりどりみどり!けれど幸樹には悩みがあった。寄ってくる女が地味な女ばかりだからだ。いや、この世界で彼女達はモッテモテらしいのだ。ただ、幸樹から見たらどれも姉に似た残念な(大変失礼なモノ言い)顔だったのだ!幸樹のもてもてマッスルを見て、この世界で自信のない女の子は近づく事が出来ない。幸樹からすると、自信がなくて引っ込んでしまっている女の子の方が余程魅力的で、可愛いのに。せっかくもてるようになったけれど、これでは意味がない。
「……って悩んでるみたい」
「随分と贅沢な悩みですね……」
そう言う事をエリオットに話すと、凄く眉間に皺を寄せて唸った。筋肉が付き難くて悩んでたエリオットにとっては喉から手が出る程羨ましい肉体だろうさ。
エリオットに近づいて、眉間の皺を伸ばす。
「ユリ……」
「失礼します」
がちゃりと入って来たのはフレアさんだ。
「あ、失礼しましたか?」
「ううん?全然。どうしたの?」
「今度のおまつり、行きませんか?私と」
「お祭り?そんなのあるんだ。フレアさんと出掛けることってなかったから、すっごく嬉しい!行く!」
「ユリ……!?」
エリオットに呼ばれて後ろを振り向く。何か言いたそうにしていたが、やがてゆっくり首をふった。
「いえ……その、なんでもありません」
「そっか、なんでもないならいいんだけど」
「さぁさぁ!ユリ様!今から計画立てましょう!」
フレアさんにグイグイ引っ張られて、エリオットの部屋から出る。しかし祭りかぁ、今までそういうの行った事なかったな。人が多いと、やっぱり警備もしにくいみたいで、私が行くのは禁止されてたんだよね。「異界の君」はこの世界で貴重な魔法が使える人間だ。他国に誘拐される事もままあるらしい。幸いな事に、私はそういう危ない目にはあっていない。それに、今では「最強の魔女」として知れ渡っている。
自衛も余裕で出来るようになったのだ。この国の騎士達が自信を失う程度には頑張った。でも相変わらず、エリオットにだけは攻撃当たらないけど。素早すぎる、当たったらまずいかな、と思って手加減してた時期もあったけど……本気でかかっても当たらないの。後ろに目でもついてんのかしら……と思うくらいだ。流石第三騎士団団長だけはある。他の団長クラスにはまだ勝ててないんだよね。やっぱ強いわ、団長。副団長も、ギリ……負けるか、勝てるか、くらい。まぁ、それだけ戦えれば問題なく外にも出れる、というお墨付きを頂きました。
だから、フレアさんと出掛けるのも余裕である。
だからお祭りもわっくわくなのですよ!!
そう思っていた時期が私にもありました。
「いらっしゃい!今ならおまけするよ!」
「お嬢ちゃん綺麗だね!どうだい俺と!」
筋肉、筋肉、筋肉、筋肉……右を見ても左を見ても見渡す限りむさいガッチガチの筋肉野郎どもばかり。そんな中、フレアさんは物凄くはしゃいでいた。
「わ、わ!凄いですよねこのお祭り!いつも思うんですけどこんっなに素敵な男性、どこに隠れているんでしょうね!お祭りの時になるといつも増えると言うか、トレーニングの量を祭りに向けて増やすってこの前聞いた事があるんですっ!ああっあんなに素敵な方と話してみたいって私みたいなモテない女の子でもこの日だけはちょっぴり大胆になっても許される日っていうか、みんなサービス精神がほんとに凄くて、私いつもこの日だけは本当に楽しみなんです!だから今日はユリ様と一緒にこれて本当に嬉しいです!」
「お、おう……」
物凄く饒舌に喋られてどう反応すれば分からなくなったでござるよ。
「あっ!見て!!」
フレアさんが指を指した先を見ると、屋台のムキムキのお兄さんが、右胸筋をピクピクさせてこちらを見ていた。正直見なければ良かったと思った。
「あんな情熱的なお誘い受けるなんて!私、物語以外で初めて見ました!さすがユリ様ですねっ」
「お、おう……」
そう、女性を見て胸筋を動かす行為は、ロマンチックな誘いに分類されているのだ。その鍛え上げられた美しい筋肉を動かす事で、貴方の為の筋肉ですよ、という主張に繋がる。
でも正直見なけりゃ良かった。
祭りには心なしか筋肉の量が多い男が大量に湧いている気がする。いや、フレアさんが言うには本当に鍛えているみたいだけど。
「気になっているんだけど、聞いても良い?」
「なんでしょう、ユリ様」
「この薄い霧のようなものはなに?」
全体的にもやがかかっているようになっているのだ。なんか暑いし……。
フレアさんは嬉しそうに説明してくれた。
「ああ!汗が蒸発してるんでしょう!祭りはアツいですからね」
「聞かなきゃ良かった!」
要するに、このもや的なあれはこの周囲にいる筋肉達の体温と汗の結晶というわけだ。
そーだね、お湯も沸かせば湯気が出るしね!やだー!この空間から早く逃げ出したい!
けれど、フレアさんを置いていく事は出来ない。せっかく楽しみにしているみたいだし、水をさすわけにはいかない……っ!
吐き気をぐっと堪えて、引き攣った笑みを浮かべる。
「ま、祭りだもんね。うん……ジュース飲まない?喉乾いたよ」
「ええ、これだけの熱気ですもんね。脱水症状になったら大変ですし……あっ!あそこの屋台、この祭り名物の飲料が買えるんですよ!行きましょう!」
フレアさんが嬉々として私の腕を取って屋台へと向かう。
私はこの世界では超美人というので、筋肉達の視線が痛い。なんかもう物理の重さを感じる視線だ。
屋台のおじさんも、私の美人さに驚いたようで……ってその言い方凄く嫌だ。やっぱりこの世界の美的感覚は狂ってやがる、もう遅すぎたんだ。
「どえらい美人じゃぁ、ねぇか!おじさん驚いちまったぜ!」
「うふふー!でしょう?私も大好きなんです!」
やめてくれ!
頭を抱えたくなりそうな会話が繰り広げられる。未だに美人扱いされるのは慣れない。
「おじさん、おまけしてくれる?」
「ああ!こんな美人に会えたんだ!俺が金払っても釣りがくるくらいでぇ!持っていきな!」
「ありがとう!!」
なんか商品をタダで2個貰える事になったらしい。
美人ってお得ですよね!!凄く間違ってる気がするけどね!もう、何も考えないよ!
「お待ち!天使の滴だぜ!」
「ありがとう!」
商品を受け取り、笑顔でその場を立ち去る。フレアさんの方が小悪魔スキル高い気がするんだけど。おかしいでしょ、私の美人に免じてなんて。私の方がおかしくなっちまいそうだぜ。
天使の滴とやらを1口飲んでみると、なんかこう、ポカリとアクエリアスの中間の味に、ちょっと塩を足したような味。結構おいしくて、ごくごく飲めそうだ。
「天使の滴は、男性の汗と涙の結晶を入れているんです」
「ごはっ!」
口に入れていた水分を全て吐き出してしまった。飲み込んだものも全部吐き出してシマイタイ。
「ふ、不衛生じゃナイですか……?」
「やだなあ、そういう体裁ですよぉ!でも、そう思っておいた方が、なんだかおいしいでしょ?」
ごめん、不味くなったよ……この祭り、私は生きて帰れるだろうか。
ずっと書きたかった祭りの商品。
汗と涙の結晶(筋肉)