プロローグ 戦の後で
プロローグ 戦の後で
事の発端となる夢は天ヶ瀬帝が十七歳を迎えた誕生日の夜のことだった。
浅い眠りだったのか、久々に夢を見た。見渡せば赤く燃え上がる海が踊り唸っており、それは胸の奥からこみ上げてくる、怒りや悲しみ、そんな感情に近いものを感じさせた。
しかし真っ赤な光景とは裏腹に、目の前には御神木とも言えそうな巨大な樹木が枝を垂らし、白と桃色の花弁を美しく散らしていた。
世界が違う―――
まさに、この言葉がとても似合う情景であった。恐る恐る幹に触れる。一瞬の冷たさの後に、触れた部分が儚げに砕け散った。
この樹は死んでいるのだ。無意識に感じとれたのは、樹木に背を預け、深く息を切らしている彼がいたからだと思う。美しかったであろう着物は腹の辺りを深紅に染め上げていた。
『大丈夫ですか』と無責任な台詞を吐こうとした時に彼は呟いた。
「気付いてやれなくて…すまない。」
今ある力を振り絞る謝罪は、この樹木に対してか、自分自身に対してか、ここにいる僕に対してか。一体誰に向けているのだろう。
「きっと、許してくれますよ。」
聞こえているかも分からない彼に、無責任な台詞しか言えない僕は実に滑稽だ。すると彼は口元を少し上げ、僕の愚かさを呆れるように笑った。
「来世では、必ず―――…」
そっと瞼を閉じて、彼は眠りについた。触れなくてもわかる、目を覚ますことのない眠りについた。
花は桜木、人は武士とは、美しい表現をした人がいるものだな。しかしこの花は枝垂桜だけれども。
これが僕の最後の物語で、僕自身の最初の物語。