俺の研究と変なお客さん
研究室に戻る道中。
「あ。」
「どうしたんですか?先生。」
「……恒田先生が教え子を手伝いによこすらしい。」
「え?どうしようもない人とかじゃないっスよね?」
「一人、まともな教え子がいる……今は卒業して社会人をやっていて……まぁ、この話は後にする…講義があるので失礼する。」
先生は俺達から離れ、教員用の部屋へ歩いて行った。
「お前、講義は?」
「ないっス」
「じゃあ、俺の研究手伝っだってくれよ。夕飯おごるから。」
「いいっスよ。あれ?先輩の今回の研究ってなんでしたっけ?」
「猫用自動トイレだ。」
「相変わらず、妙なテーマっスね。猫好きにもほどがありますよ。」
「俺の猫達、人のトイレ使うんだぜ?猫用のトイレ買っても使ってくれないんだよ。この際、意地でも使わせてやる。」
「そういう猫、よくネット動画で見かけるっスね。お利巧な猫じゃないっスか。」
「賢いんだが、急かすんだよ。」
「え?」
「トイレ代われって、鳴いたり、ドア搔いたりするんだよ。この間なんてドア開けたら白猫の方が真っ最中でさ、メッチャ睨まれるし、その後とか二匹に襲われたんだ。噛みついてくるわ、猫パンチされるわで……」
「よ、ようは、先輩はプライベートな事情で研究してるんスね?」
「ん?まぁ、そうだな。猫相手に変な話なんだけど。」
「先輩、いつもテーマ決まるの早くて羨ましいっス。」
香田は笑っているが、俺としてはかなりの問題だ。ペット相手のプライベートの確保ではあるが、今後の事も考えてトイレ事情は改善させたい。痛い思いはしたくないしな。
話をしている間に研究室に着いた。
香田に作業の補助をしてもらった事により予定より捗っている。ちょっと一息つけるために休憩を取る事になった。研究室の大テーブルに座り、香田の入れたコーヒーを飲む。
「香田って理解力高くて助かるわ。」
「ありがとうございまス。」
「おかげで中間発表の資料作成用データも集まってきたし、試作モデルも増やせそうだ。ありがとう。ところで、実習の課題は進んでる?」
「まぁ、そこそこですよ。」
「今回のテーマは?」
「ウェアラブル家電のデザインっス。」
「あ。あれか。」
「先輩って、院生なのに仲嶋先生の講義補助やってないっスよね?」
「うん。準備とかはやってるんだけど、講義に俺が出てくと生徒が自分で考えて行動しなくなる可能性があるから、ね。」
「確かにそうですね。俺に課題の代行してもらってるヤツらだったら、講義補助の先輩とかに甘えちゃいそうっスね。」
俺がコーヒーを飲み干したのを見て、香田がお代わりを用意してくれた。
「どうぞ。」
「ありがとう。」
「ところで先輩って、古野先輩のこと好きなんスか?」
「ん?なんでそうなるんだ?」
ちょっとよくわからないことを質問された。
「だって、先輩、古野先輩いると首ポリポリしてるじゃないっスか。」
「首ポリポリで、なんで好きってことになるんだよ!」
「照れてるんじゃないかと初めは思ってましたけど、先輩が首ポリポリしてると古野先輩って心配そうな顔になるんスよ!で、俺は先輩がカマってオーラを古野先輩にむけて…」
はぁ、そういうことか。だが、その考察に俺はイラっときて、
「照れてやってるんでもないし!ましてや、カマってオーラってなんだよ!」
ビクっとする香田。いかんな、大人な対応が出来なかった。
「あぁ、怒鳴って悪い。でも、お前も簡単に決めつけないでくれ。」
「す、すいません。」
「あのー、アレだ。香田は俺のアレルギー知ってるか?」
「はい、一応。学科じゃ有名っスからね。」
あ、マジか……。嫌な知られ方してるな。
「ちなみに何って聞いた?」
「何って、オバケアレルギー?みたいな噂なら聞いたことあるっス。」
「オー、シット!!」
「?」
「それ、なんか怖がりな子供みたいじゃん……。」
グスン。
「せ、先輩!なんで泣いてるんスか!?」
「俺はオバケアレルギーじゃない。」
「え?なんだ、デマっスか。よかったぁ、先輩いい人なのに変な病気持ってるなんて信じてなかったんスよぉ〜。」
そういって、いつものニコニコしてる中学生みたいな笑顔になり、俺もその笑顔を見て落ち着けたのだが、
「じゃあ、何のアレルギーなんスか?」
やばい、また目頭が熱くなった。
「お……」
「お?」
「……お…」
「おっぱいっスか!?」
どんだけ残念なアレルギーだよ、それ。
「違う!」
「なら何なんスか?」
「お、オカルトアレルギーだ。」
香田が苦笑いになっている。
「それ、オバケアレルギーと変わらないんじゃないんスか?」
とても微妙な雰囲気がこの一帯を包んでしまった。
「オバケって、つまり妖怪とか怪奇的なヤツの事だろ?」
「そうっスね。」
「俺は幽霊を初めとした怪奇現象とかオカルト的な物の何から何までにアレルギー反応するんだよ……。」
「はぁ…。」
「心霊スポットも、心霊写真も、怖い話を聞くのもダメだし、何より神社とか寺もダメだ。」
「ぷっ」
香田が口元を押さえている。大学に来た頃もこんな感じだったな……懐かしい。腹をたてるのもバカらしい。
「まぁ、信じられないと思うけどね。」
「……プフッ……フフ…すいません…プ…」
「なにより、このアレルギーは美人にも反応するんだ。」
「ブフッ!……そ、それって…ま、魔性の魅力みたいなのですか……?」
「…あぁ、そうだ。だから、とんでもない美人の古野にアレルギーが反応しちゃうんだよ。」
「アハハハッ!」
あ、やっぱり笑われるの腹が立つ。これが俺の性だ。
「ハハッハッ……。先輩面白いっスね!」
なんだよ、面白いって……。
コンコンッ。
研究室の扉を叩く音が響く。
「誰だろ?」
「お客さんっスかね?」
ドアの曇りガラスに人影が写る。
コンコンッ
また、ドアを叩いている。ここの関係者じゃなさそうだ。
香田は流しの方へ逃げていく。はぁ、ここは上級生として、俺が対応するしかないか。席を立ち、ドアに近づきながら、
「はい!今、開けます。」
ガチャ。ドアを開けると、185センチはあるガッチリとした体格の男が立っていた。
シルクハットに包まれたウェーブのかかった長めの髪。アラブ人にも見える彫りの深い顔、綺麗に整えられたワイルドなヒゲ。そして、黒いジャケットに黒のパンツ。手には、美しい鳥の意匠を施した時計を着けている。なんか、その筋の人といった怖い印象を持ってしまいそうなお客さんだ。怖い。てか、首が痒くなってきた…。
「すまい。仲嶋先生はいるかな?」
あ、日本人だ。ちょっと緊張がほぐれる。
「せ、先生は講義に行ってます。何か用事ですか?」
「あぁ、そうか。参ったな。この時間は、講義だったな。」
先生の知り合いかな?講義の時間まで覚えてるなんて、卒業生かな?なんて、考えていると
「用事というか、軽く挨拶に来たんだ。今度の展示会の手伝いに行ってくれって、知り合いの教授に頼まれてね。」
「あ、恒田先生のお弟子さんですか?」
「あぁ、そうだ。梨田友典だ。よろしく頼む。」
と、梨田さんは手を差し出す。発疹を掻きたかったが、失礼になるから握手を先にしないとな。
「岡本匠郎です。」
呼吸が少し苦しくなる。変だな。とりあえず、梨田さんと握手しなくちゃ。
「よろしくお願いします。」
俺は梨田さんと、ガッチリと握手する。
「あぁ、そうか。君か。岡本匠郎君。」
梨田さんの顔が嬉しそうに歪む。
「まさか、こうも早く会うとは……」
心臓がドクンドクンと早鐘を打つ。この人はオカシイ。俺の手にアザが出てくる。呼吸が落ち着かない。
アレルギー反応が出ている。そういう理解した時には、もう発作が酷くなっていた。
「すまい。…君に会う時は注意が必要だったな。」
「はぁ…はぁ…はッ……あ、あなたは……なんなんです
か……」
「薬は持ってきているかな?」
「……なんで、知って…るんですか……はぁ…はぁ…」
「あるのか?」
苦しい。この人、何者だよ……なんでアレルギーのこと知ってるんだよ。
「そこの君。岡本君のカバンからグリーンの薬ケースを取ってくれ。」
……マジかよ。この人、ストーカーか何かか?てか、香田のヤツ、近くにいたなら俺のフォロー来いよ。
「すまい。俺は呪われてるんだ。君の症状が出てしまうの仕方ないことだ。今日は失礼するよ。先生にはよろしく伝えて置いてくれ。」
「……あ、あなたは一体……」
「あぁ、俺は何でも屋だ。基本は探偵業をやってる。怪しい者ではない。では、また今度。」
いや、絶対怪しいだろ。なんで、呪われてるんだよ!こんな時代に探偵やってるなんて絶滅危惧種じゃないか!
梨田はそんな俺を嬉しそうに見つめた後ドアの向こうへ消えてく。
「せ、先輩、大丈夫っスか?」
「…だ、大丈夫。」
香田が薬を持ってきてくれたので、俺は落ち着くことができた。さっきまでの俺を見た香田は若干引き気味だ。嘆かわしい。それにしても
「それにしても、だ。香田、フォロー来てくれよ。危うく救急車必要になってたぞ。」
「すみません。アレルギーの話、冗談だと思ってて……なにより、ビビってたっス。」
「まぁ、そうだよな。もっと説明しとけば良かった。悪い。」
「い、いえ。でも、他の先輩達もこの事ちゃんと教えて欲しかったのはありますね。」
「それはだな。卒業したヤツも含めてだけど、みんな気を使っててさ…。なにより、情報が出回ると野次馬が出来るかもって言って秘密にしてたんだよ。」
「あぁ、運悪くテレビデビューしてたかもしれませんしね。でも、なんでオバケアレルギーなんて曖昧な噂が出てたんスか?みんな隠してたのに。」
「最初は面白がるヤツがいて、無理矢理心霊スポットに行ったんだよ。で、俺のアレルギー反応出るだけじゃなくて、一緒に行ったヤツが祟られた事もあって、危険な事はやめようってな。」
「え?なにそれ?怖いっス。」
「で、その後は俺のアレルギーが反応したら危険な事が起こるかもって事で、俺は危機察知センサー代わりに……」
「これが人の性ですか……。」
香田は引きつつも理解してくれた。んー、やっぱり引くよね。その後、俺のアレルギーで体験した出来事を掻い摘んで説明した。香田はワクワクしたり、青い顔をしたりしながら話を聞いていた。
そんなこんなをしていると夕方になった。
「…お疲れさん。」
「「お疲れ様です。」」
仲嶋先生が戻ってきた。
「先生、お客様が来てたっスよ。」
「梨田さんって方が恒田先生の件で挨拶にって言ってました。」
「……梨田君は帰ったのか?」
「はい」
「岡本先輩のアレルギーが出て、帰ったっス。」
「……それは困ったな。」
「え?」
「アレルギーが出るなら……手伝いは難しいだろ。」
「そうっスね。」
「……岡本。おたく、私の部屋へのアクセスを当面禁止にする…研究の話はここで直接聞く。」
「そうなりますよね。わかりました。なんか、すみません。」
「……別に構わん…彼は卒業生だから案内の必要はない。」
「「はい?」」
「……彼は卒業生だ…恒田先生のとこで研究を続けられなかったから…特待の院生としてここを来ていた。」
「へぇ。ちなみに何の研究やってたんですか?」
「……腕時計みたいな装飾品を自作していた…その印象評価を研究として提出してた……素晴らしい技術だった。」
すごい助っ人が来るらしい。おっと、もうこんな時間か。
「あ、もうこんな時間か…。先生、俺、明日の講義の準備があるんで今日はもう帰ります。おい、香田行こうぜ。」
「先輩、夕飯今度でいいっスか?」
「え?いいけど、どうかしたのか?」
「んー、そろそろ他の学生が研究室に来るんで、みんなと課題やろーかなと思ってるっス。それに先輩のアレルギーの説明しとかないと、俺達3年生は勘違いしたままだなと思ってて。」
香田って優しいヤツだな。俺、嬉しくなっちゃうよ。
「あ、そういうこと。じゃ、頼んでいい?」
「はい!もう目の前で苦しまれるのコリゴリなんで!」
あ、こいつ可愛くねーや。