先生のイベント準備
いつもの道路を駆け抜け、学校に着く。駐輪場に自転車を止め、チンタラと研究室に向けて歩く。
ふと後ろから声をかけられる。
「先輩!おはようございまス!!」
振り返ると、小柄でほっそりとした男子が走り寄ってくる。同じ研究室の後輩、香田隆だ。手先は器用だが、見た目通り腕力に乏しい後輩。いつもニコニコしている中学生みたいな後輩だ。
「おは……て、もう昼前じゃん。こんにちはの時間じゃねーか。」
「そうっスね!こんちは!でも、俺さっき起きたばっかなんで、おはようございますの方がしっくりくるんスよ。」
「というかお前、今日は1限と2限って必修だろ?なんで、今ここにいんの?社長出勤?」
「社長って…、俺は一介の学生スよ。俺、朝方までレポート作成してて、授業は諦めてました。今日は代筆頼んであるんスよ。」
「“今日も”でしょ?また、他の人のレポートも作ったのか?」
「はい。簡単なバイトみたいなもんス。」
岡本は頭がそれなりに良いので、こういったことをよく引き受けているようだ。
「先輩も今日はゆっくり登校すね?昨日、先生のとこでバイトしたんスか?」
「まぁね。いつものことだよ。だから、今日はゆっくり登校できた訳ですよ。」
「良かったスね。」
と岡本は悩み事のなさそうな笑顔を作る。
俺達2人は大学にある研究室に到着するまで、俺のバイトや授業について話しながら歩いた。
機械科機械意匠研究室。そこが俺たちの所属する研究室であり、拠点にも戦場にもなる場所である。ガチャ、と扉を開ける。。
「こんにちはー。」
「こんにちは!」
研究に入ると、担当の仲嶋教授がノートPCとにらめっこしていた。先生は趣味の話以外はボソボソ喋る基本大人しい人だ。
「先生、こんにちは。」
「こんにちは!あれ?先生家帰ってないんスか??」
よく見ると、昨日と同じ格好をした教授が、
「おう……お疲れ。まだ帰れてない。…パンフを作ってたが上手く決まらなくてさ。」
疲れた顔で無理やり笑顔を作り、洗っていないため脂が浮いている髪を鬱陶しそうに掻きながら仲島教授が答える。
先生は学校で朝を迎えることがよくあるので、俺達にとっては見慣れた光景である。
「先生、手伝うことはありますか?」
「大丈夫だ。いつも悪いな。……でも、おたくも自分の研究があるだろ、そっちを頑張ってくれ。」
「はい。でも、先生のアドバイスのおかげで順調なんですよ。」
「先生!お茶でも飲みます?俺汲んむっスよ!」
「……助かる……おたく、授業はどうした?」
「あは、あはは、あは。冷たいの温かいのどっちっスか??」
「……冷たいの……代筆か?困るな…授業に顔を出さないって話が出てるんだ…出席日数は重要だぞ。」
「あははは、あは、はい…気をつけます……」
と香田は、流しの方へ消えて行った。
「……性格に難点がある訳ではない、…でも、あぁした所はどうしたもんかな。」
「容量が良い分、ズルをしてしまうんじゃないですか?」
「……容量が良いなら…バレないようにやれるだろ…文句を言われるのは私だ。」
と、大テーブルの端っこに陣取る教授の話を一通り聞きながら、その隣に座りつつ、バックパックからノートPCを取り出す。
香田が戻って来て、先生と俺にアイスコーヒーを差し出し、そのまま教授の向かいに座る。
「……ありがとう…サボリ魔。」
「悪いな。サボリ魔くん。」
「あは、は、あは……。」
先生は作業の手を止め、コーヒーを一気に煽る。
「先生、早いすよ。」
「何時もの事ですけど、刺激物を一気に飲むと身体壊しまスよ?」
「……気を付ける…さて、2人とも飯でも食いに行くか。」
「行きます!」
「いいですね。行きましょう。」
3人で食堂に向かった。