夢と嫌がらせ?
俺は今、夢を見ている。真っ暗な夢の中。
一切の自由がきかない、金縛りの様になった体はベッドに横たわったままで目を開けることができない。
枕もとで二人の女性の声がする。片方の女性が鈴のように響く幼い声で年上の女性のように優しく語りかけてくる。
「近いうちにあなたの大事な人が事件に巻き込まれるわ。でも、匠ちゃんはこの事件に関わってはダメよ。とても厄介な人物と接点が出来てしまうわ。」
今度は、蜜のように甘く色っぽい声で小さな子供のように語りかけてくる。
「いっつも、いっつも思うけど、匠ちゃんは断れない人間なの!甘すぎるの!でも、この事件だけはダメなの!関わっちゃダメ!その先にあるあなたの幸せが見えないの!」
俺はたまにこんなお告げみたいな夢を見るのだが、その度に背筋が寒くなり、嫌になる。理由は3つ。
一つ、声と口調が合ってないこと。2人の口調、逆ならいいのに、逆なら。
二つ、地味に当たること。良いことなら商店街のくじ引きに当たるとか、悪いことなら鳥の糞に当たるとか。小さい事ばかり予言してくる。
でも、今回は重大なお告げのようだ。
まぁ、それはそれとして、理由の三つ目なの……
「あら、そろそろ起きる時間ですわね。」
「私たちのいうこと絶対守ってね!!」
目が覚めた。朝8時半を過ぎたころだ。季節は少しずつ夏の青々とした香り漂う春の終わり。
俺の布団の上で二匹のメス猫が顔のぞいている。白猫のマーガレットと黒猫のアイリス。
俺が大学生活を始めたころ、このアパートに住み着いた元野良猫達だ。野良猫なのだが、ペット経験があるのかないのか躾がなっていたし追い出すのも可愛そうだったので、飼うことにしたのだ。(初めての一人暮らしで心細かったのもある)
もちろん病院などにも連れていった。痛い出費だったが、仕方ない。
むくりと起き上がると二匹とも慌てて避ける。それにしても首が痒いな……。
首に手をやるとプツプツと蕁麻疹が出ている。これが夢の嫌いな理由の三つ目である。あの夢は霊的な何かが俺に見せている夢なのだ。
「はぁ…、小っちゃいお告げばっかなのに、代償はこれかよ…。」
ポリポリと発疹をかく。アレルギーには慣れたものだが、嫌な気分は払いきれない……はぁ。溜息をついていると、マーガレットとアイリスが俺の膝に乗りこちらを見上げてくる。
「心配してくれてるの?お前ら優しいねぇ。」
と、二匹の首を撫でる。気持ちよさそうに喉を鳴らす二匹。
「まさか、あの夢に出てくるのお前らじゃないよな?」
ピクっと反応するマーガレット。アイリスは無反応を装っているが、二匹とも喉は鳴らしていない。疑われたのが心外らしい。
「ま、お前らがそういうのならとっくに症状でてんだけどね。さ、飯でも食うか」
二匹はミャーと鳴き、尻尾をピンと立たせて膝から下りる。機嫌を直すにはやっぱり餌を与えるのが一番効果的だ。
猫達に餌を与え、俺は朝食代わりのヨーグルトジュースを飲みながら昨日届いた封筒を見る。
送り主は秋田の実家にいる祖父だ。届け先は岡本匠郎と、俺の名前が書かれている。封筒を見ると少し首がまた痒くなる。封はまだ開けていない。
「これはアレだな……嫌な予感しかしない。」
祖父は、俺がアレルギーと知っているのだが、毎度お守りやら魔除けのグッズを送り付けていくる。俺の体質を心配しているのかもしれないが…ちょっと迷惑な癖だ。
「お守りですら、発疹出るんだから意味ないじゃん。」
はぁ、とため息をつく。
症状が出るものは基本的に送り返している。今回もそうすることにしているが、封筒の中には手紙も入っているようだ。ただ、書かれている内容に関しても嫌な予感がする。
迷っていても仕方ない、封を開けるか。手紙すら読まずに送り返すのは申し訳ないしな。
「えぇと、なになに…」
“匠郎へ
匠郎もこの春から大学院生となり、都会での一人暮らしも5年目。これまで以上に頑張っていることと思います。
ただ、同時に思うのです。匠郎がより一層と地元を離れてしまう様にも感じ、寂しさを覚えます。
元気でやっていますか?
体調は崩していませんか?
オカルトなんて嫌いだと泣きながら首を搔いてはいませんか?
童貞は卒業しましたか?
というか彼女は出来ましたか?
いつまでも女の匂いがしない匠郎が心配でなりません。
私の弟は顔が良く、優しい性格であったにも関わらず女をつくることもなく齢二十五であの世へ逝ってしまいました。
匠郎は昔の弟に何から何まで似ています。さらには女っけのなさも……。曾孫の顔が見たい私は不安で夜も眠れません。はやく結婚しなさい。
念のためにお見合い相手を準備しておきましたが、私の紹介は嫌でしょう。なら相手を見つけてください。
P.S.この間、出先で見つけた魔除けと安産のお守りを同封しました。大事に使ってください”
知らず知らずのうちに俺は涙を流してた。家族が恋しくて泣いている訳ではない。これは……悔し涙だ。
「セクハラじゃねーかッ!!
俺だって気にしてんだよ!なんで毎回大叔父さんと比較されるんだよ!大事な弟に似てるからって気にし過ぎじゃないか!
それにアレルギーで泣いてなんかないし!前は泣いてたけど、今はアレルギーで泣いてないし!今泣いてるのは悔しくて泣いてるだけだし!
ッていか!心配してるって言ってるのにアレルギー反応起こすヤツばっか送ってきてんじゃねーよ!」
マーガレットとアイリスが、同情するように俺を見ているのに気づいた。恥ずかしさとやるせなさでさらに涙が溢れた。
愛猫二匹に慰められ、時間は10時過ぎたころだ。ようやく立ち直った俺は学校に行く準備を始める。
深い茶色のチノパンツにTシャツと襟付きシャツ、その上に薄手の水色のスポーツパーカーを羽織り、いつも通りの通学スタイルになる。
そしてバックパックを開け、商売道具のノートPC、大学ノート、ペンケースにお気に入りのクリップボード、最後に有効活用出来ていないスケジュール張を突っ込んで身支度完了。
火の元、蛇口の確認して、履き慣らしたバスケットシューズを履く。
「じゃあ、マーガレット、アイリス。学校に行ってくるね。お留守番よろしく!」
ミャーと鳴く二匹を背に扉を閉め、鍵をかける。
その後、駐輪場に向かおうとしたのだが、
「相変わらず情けないね!」
「しょうがないわよ。あのおじいさんは傷を抉るのが得意なのだから。ウフフフ……」
ご近所の、二人くらいの女性が噂話をしているようだ。
鈴のように響く幼い声で年上の女性のように優しく話す女性と、蜜のように甘く色っぽい声で小さな子供のように話す二人の女性。たまにこの話し声が聞こえてくるのだ。
それにしても気味が悪い。お互い声と口調が合っていない、逆ならいいのに。逆なら。いったいどこの人たちなんだ。
ほら、気味悪くて首が痒くなったじゃないか。……さっさと行こう。
俺はマウンテンバイクに跨り、急いでその場を後にする。