そして、今
あの事件の後、俺はみんなに気味悪がられた。特に一緒に遊んでいた幼馴染たちは俺と目すら合わせなてくれなかった。あの時の女の子は俺を見かけるたびに逃げていった。
中学、高校と異様に怖がられていた俺はイジメの標的になったが、それもすぐになくなった。悪ふざけで俺にオカルト話をきかせたり、心霊スポットに連れていくと、発作が酷くなるだけでなく、他の人も心霊現象に襲われることがあったからだ。
「触らぬ岡本に祟りなし」
いつしかそれが合言葉になった。俺を困らなせなければ祟られる事はないと思ったのだろう。それでよかった。嫌な思いをすることも減った。
高校時代、少ないが仲の良い友人や後輩もできた。でも、疎外感や孤独感は相変わらずだった。そこで俺は地元を離れようと決意した。嫌な思い出に蓋をしようとしたのだ。
家族に反対されたが、ただ一人祖父だけが味方してくれた。
その後、都会から少し外れた所にある理系大学に無事合格し、不安なこともたくさんあったが一人暮らしを始めた。
ここにきて、もう4年。今は大学院生だ。
大学で出来た友人達は、そんな俺のアレルギーを危険察知のセンサーのように重宝した。いささか物扱いされることに違和感を感じるが、俺に危害を加えたり、嫌な目に合うわけでもない。それどころか、友人として大切にしてもらっている。
大学生になってからアレルギーのことを悲観することも少なくなり、心持が軽くなったように思う。地元を出て正解だったと今はそう感じている。アレルギーやトラウマは治りはしないけれど………。
そんな大学院1年目の春の事。夏の一歩手前、あの事件のようなことが起こった。被害者は研究室の担当の先生だった。俺の尊敬する先生だ。嫌な気分になった。
先生が行方不明になったのは一昨日のことだ。週末に控えた展示会の準備のため、会場へ1人で向かう予定だったのだが、その道中で消息をたった。