姫君◇九 鬼と共に
「恋のキューピッドになるだって? こら! ちひろ。お見合いは遊びじゃないんだぞ」
陰陽師が、大きなる声を出しました。何と言うておるのでしょう?
とにかく怒っておるようです。わらわがたやすく術にかからぬと見て、本性を出しおったか。
おのれ! 陰陽師め。
「うちの娘が、妙なことを言い出しまして……失礼しました」
陰陽師が、わらわに迫ってまいります。うぬっ、何をするのじゃ?
「お見合いなんて大事なことを、子供が思いつきで決めてしまって……。お気が進まないのでしたら、大金先生には私から電話してそれとなくお伝えしますから」
ママと呼ばるる女人も、わらわの傍らに迫ります。
二人とも何を言うておるかわかりませぬが、わらわが逃げぬように捕らえるつもりじゃな?
わらわに術をかけて心のままに使い、下僕にするのでしょう。
非道なる陰陽師……。
恐ろしゅうて、わらわは動けませぬ。
「パパも、ママも、考えが古いの! 神社だって、お客さんが来るのをボケーッと待ってないで呼んでこないと、つぶれちゃうよ」
ちひろと呼ばるる女の童が、わらわの前へ立ちました。
わらわに背を向け、陰陽師と女人に叫んでおります。
いかがした? 何と言うておるのかわからぬ。わらわを助けるといふのか?
「お客さんを呼ぶだって? ちひろ。何の話をしてるんだ」
陰陽師が、いぶかしげな顔をしております。
わらわにも、ようわからぬ。ちひろという童は、陰陽師の手の者ではないのか。
「お金持ちの大金先生がうちの神社で結婚式をあげてくれたら、いっぱい儲かるもん」
ちひろが叫びます。
「そうかもしれんが、神社は金を儲けるためにあるんじゃないんだぞ」
陰陽師とちひろは、争うておるようにございますな。
「パパ! いつもそんなことを言ってるからお金がなくて、お社の中がボロボロのままで直せないんでしょ」
ちひろが陰陽師を指にて差しました。
おお! 呪いか? ちひろが呪いを唱え、陰陽師に術をかけておるのか?
「パパはお祈りの仕事ばっかりして宣伝をしないから、お賽銭も、寄付もぜんぜん増えないじゃん!」
「そっ、その通りだ……」
陰陽師が鼻白んでおりますぞ。
ふふふ。陰陽師の負け、ちひろの勝ちじゃな!
「私が巫女の着物を着て、イケイケ動画とササヤイッターでいっぱい宣伝してるおかげで、オタクのお兄さん達が来てくれるようになったんだから」
「そうね。ちひろの気持ちはよく分かったよ。でも、お姉さんがどうしたいかをお聞きしないと」
ママは、ちひろの方へ歩み出ます。
「話はお聞きになったでしょうけれど、うちの神社の事情はお忘れください」
ママが、わらわの方を向きました。
「そのことは別として、大金先生はお優しいんですよ。うちの神社とは、先代の頃から親しくさせていただいていまして。総合病院を経営されていてお忙しくても、先ほどのように、急な往診でも駆けつけてくださいます。そういう方ですから、私共も、先生によいご縁があるよう願っているんです」
和やかに笑うておるのですが、いかなるつもりじゃ?
ママは陰陽師と共に、わらわを捕らえようとしておったのですよ。
ママよ。そなたはわらわの敵ではないのか?
「そうだね! 神社も大事だけど、大金先生に幸せになって欲しいもん」
ちひろが、ママに抱きつきました!
わからぬ。
ちひろは陰陽師と争うておったのに、陰陽師の共であるママと和やかに笑うておる。
ちひろは、わらわの敵か? はたまた、わらわを助ける者か?
わからぬ。
わからぬ。
ええい、わからぬ!
誰を信じればよいのじゃ。
敵は、誰ぞ? わらわを助けたもうのは誰ぞ?
誰を頼みとすればよい?
わらわには、頼みとする人が傍らにおるのが常にございました。亡き父君、母君、共の者ども……。されど、母君、父君が亡くなり、のちには共の者どもが去ったのです。
今は、わらわは千歳も後の世、すなわち異なる世におりまする。
異なる世にまいりましたとき、わらわを初めに導いたのが、ちひろでした。ちひろに導かれたのは運命かと信じておりましたのに、それは誤りでしたな。
頼みとする者がおらず、わらわ一人で陰陽師から逃れるのは難しゅうございます。
むむむ。
ここには、ちひろと陰陽師、ママの他より誰もおりませぬゆえ……うぬっ!――
――否、そうではございませぬぞ。そこに、鬼がおるではないか。
鬼は、陰陽師に術をかけられて、床に転びて動きませぬ。白く大きなる布で覆われ、その中の結界に閉じられております。
結界を張るところを、先刻、わらわはしかと見ましたぞ。陰陽師が『ふとんをしいてくれ』とママに言い、ママが白き布にて鬼の体を覆ったのです。
そうじゃ! 鬼を目覚めさせればよいのです。
陰陽師が術をかけて結界を閉じたのは、鬼が陰陽師の敵ゆえにございましょう。鬼は、陰陽師の敵じゃ。されば、わらわと鬼は共に行けばよい。羽を並べて天を飛び、ねぐらを求めて旅する鳥のごとく!
心が定まりました。
「よろしければ、今夜のパーティにいらっしゃいませんか? お見合いなんて大げさに考えないでくださいね。その、平安時代のお着物やメイクのままでいらしていいんですよ。コスプレがご趣味でしたら、大金先生とお話が合うかもしれませんし」
ママが何か言うておりまする。
呪いを唱えておるのかもしれぬ。
怪しき術をかけられぬうちに、鬼を起こすのじゃ!
「……起きてたもれ、鬼よ」
わらわは小さき声にて、鬼を呼びます。
陰陽師どもに聞かれぬようにせねば。
「え? 何とおっしゃいましたか」
ママが何か言うておるぞ。
早う鬼を起こして共に行くのじゃ……。されど、鬼は屍のごとく動きませぬ。
「聞こえませぬか、行くのです」
わらわは、再び鬼を呼びました。
不覚じゃ。少し声が大きゅうなりましたな。
「パーティへ来てくださるんですね!」
ママが、わらわの左の手を握ります。
わらわを逃れさせぬつもりじゃな?
「喜んで歓迎します」
手を解こうとしますが、ママが強う握っておりますゆえ解けませぬ。
ぐぬぬ。
ママが邪な者でございますれば、邪気を祓うものがあればよいのですが……。
むむっ!
あの水を使うてみるか? 鬼の頭の辺りに、丸く白い鉢があります。
鉢には、水が入っております。よいものがありましたぞ! 水といふのは邪気を祓うものにございます。
わらわが右の手を伸ばせば、あの鉢に届きまする。
陰陽師どもに見られぬよう、手を袖に隠し、ゆるゆると伸ばして鉢を握ります。
「あら、洗面器なんて持って、どうなさるんですか?」
ママが、わらわの手を見ました。
驚いた顔をしております。
わらわは、急ぎ手を引きます。ああ、不覚じゃ! 水がこぼれてわが袖を濡らしました。
「まあ大変! 着物がビシャビシャ。上等な絹なのに!」
ママが叫びます。
おお、これはすごく面白い。ママも陰陽師も、ちひろまで惑うておる! 邪気を祓うには、水がよいのですね。
【お知らせとおわび】
作品タイトルを変更します。
『平安時代の姫君、現世で婚活はじめまする』
に変えます。
平安時代から現代にやってきてたという内容がタイトルを見てパッとわかるようにしたいのです。
旧タイトルだと、平安時代が舞台の話だと誤解されてしまうかもしれないと気がつきました。
最初にタイトルを決める際に気づかず、今頃に気づくとはお恥ずかしいです。
申し訳ありませんでした。
【お礼】
お気に入り登録をいただいた方、ありがとうございます!
何としても更新しようと元気をもらえました。
少しでも楽しんでいただけるように精一杯やりますので、読者の皆さま、今後ともよろしくお願いいたします。




