姫君◇八 いよいよ婚活? 全力で逃げてー
むむっ。この声は鬼じゃな? 何と言うておるかはわかりませぬが、声はまさに鬼のものです。
白き衣に赤き袴をまとい、わらわと同じ女人の姿に身をやつしておりまするが、こやつは鬼じゃ。わらわと共に神の社へ誘拐された鬼ですな?
鬼よ! 大事なかったのですね。
女人に身をやつし、わらわと同じく逃れてまいったのであろう?
そなたは陰陽師の下僕になったのかと案じておりました。
また巡り会えたのは幸いにございます。
我らは、共に行きましょう。
わらわは、鬼の袖を引きました。
陰陽師どもに捕らえられぬよう、遠方へ、あなたに、彼方にまいるのです。
わらわと鬼が、神の社より逃れねばならぬのには訳がございます。
少し前に起こりましたことを語りますゆえ、お聞きくださいませ。
長くなりまするので、少しずつ語ってまいります。
◇
わらわは陰陽師と女の童どもに誘拐され、神の社へやってまいりました。
陰陽師は『パパ』といふ名で、陰陽師の傍らで共をしております女人は『ママ』、女の童は『ちひろ』といふ名のようでございます。奴らはそのように呼びおうておりました。
わらわが生きておった千歳も前の世にも陰陽師はおりましたが、わらわが今おりまする異なる世にも陰陽師がおったのです。
いずれの陰陽師も、身にまとふ衣は似たような形にございました。衣には、藤の花の丸い紋が入っておりまして、袴は葡萄色。頭には烏帽子をかぶっておりまする。
千歳も前の世にて陰陽師が使うておった術は、占いにて先に起こることを知り、水の面を滑るように舞うといふものでした。
この異なる世の陰陽師は、姿なく声のみを出すもののけを、下僕として使うておるのです。
わらわは神の社まで、牛車に乗ってまいりました。牛車とは申しましても、車を引く牛は目に見えぬのが不思議でございます。姿は見えぬのに、ぶおおお、ぶおおおと牛の鳴く声はしておりました。
あの牛車は、怪しきものでした。おそらくは、姿なきもののけが潜んでおるのです。
「この先300mの交差点を、右です」
「ここを、右です」
「ナビゲーションを終了します」
人がおらぬ方から、女人の声がするのですよ! もののけの言の葉ゆえ、何と言うておったのかはわかりませぬが、あのような怪しき声に惑わされてはなりませぬ!
さても……陰陽師は恐ろしき男にございます。
わらわと共に、地獄に住まう鬼さえも誘拐したのです。
陰陽師は、地獄の門前へ来たりて、地獄の方を向いて唱えました。
「このコンビニは、他に店員がおらんな。店の前で倒れてるこの人が、昼間にワンオペで働かされてたのか? そりゃ倒れるわ」
何と言うておるのかわかりませぬが、地獄の結界を解く呪いでしょうか。
陰陽師が、にわかに鬼へと触れました。
何と恐ろしい!
鬼は地に伏して動かぬ。そうはいいましても、鬼は人を食らうのですぞ。陰陽師はまったく恐れておりませんでした。
「店員さん、大丈夫ですか?」
陰陽師は、大きなる声で鬼に向かい幾度も唱えたのです。
そうしましたのちに、鬼を背に負うて牛車に乗せました。
「あなたは店員さんのお知り合いですか? 女性おひとりで、彼を助け起こすのは大変だったでしょう。よければご一緒に」
陰陽師は言うて、わらわを牛車に押し込んだのです。
すなわち、牛車にて神の社へ誘拐されたのでした。
もののけと同じく、鬼を下僕として使うつもりなのじゃな? 陰陽師が鬼へ、不思議なる呪いをするところを、わらわはしかと見ましたぞ。
陰陽師どもは神の社へ着きますと、鬼を畳の上へ転ばせ、白く大きなる布を鬼の体にかぶせました。
「往診を頼もう」
陰陽師は唱えました。
そうしましたのちに、白い衣の男を呼び寄せたのです。その男は、『先生』と呼ばれておりました。
先生も、恐れずに鬼を触ったのです。
「気を失っているだけで心配ありません。このまま寝かせておけば、自然に目を覚まします」
わらわにわからぬ言の葉じゃな。呪いでありますか?
先生は、次にわらわを見て言いました。
「こちらの方は、見事なコスプレですね。本物の十二単をお召しとは。お美しい姫です」
男が『ひめ』と言うたのは、わらわのことじゃな。
呪いか? 陰陽師が鬼にしたように、呪いをかけるのですか?
わらわは下僕になどならぬぞ!
わらわは、手にした扇で顔を隠しました。
先生は、小さき懐紙をわらわの横へ差し出しました。
「また……お会いしたいです。私はこういう者です。よろしければ、あなたのお名前を教えていただけませんか」
懐紙には、文字のようなものが書かれております。
―― 儲軽クリニック院長 大金 持多 ――
わらわには読めませぬが、よからぬことが書かれておるのでしょう。そのようなものは受け取れませぬ。
ふくよかなる顔と体に、白き肌。満ちたる月のごとく大きなる顔。見目がよい男じゃの。されど、そのような顔で笑うても、わらわはたやすくなびきませぬ。謀られてなるものですか!
わらわが知らぬふりをしておりましたら、ちひろといふ女の童が懐紙を取りました。
「ちひろが恋のキューピッドになってあげます」
ちひろは、何と言うておるのでしょう? 誇らかなる顔をしております。
「コンビニ店員のお兄さんが起きたら、コスプレパーティやりましょうよ! 大金先生も来てください」
「こらっ、ちひろ。急にお誘いしたら失礼だろう」
陰陽師が大きなる声を出します。
「いえいえ、僕はありがたいです。そちらの姫と、お近づきになりたいですから」
「やった! じゃあ、先生もかっこいいコスプレをしてきてくださいね」
「御意。また夜に伺います。では、姫様、のちほどお会いしましょう」
先生は、秋の日の落ちるがごとく急ぎ去ってゆきました。
わらわは安堵して、扇を懐に収めます。
ふふふ。ようわからぬが、わらわの勝ちじゃ。わらわが呪いにかからぬと見て、先生は逃げたのでしょう。
さてさて……わらわも早う逃れねば。いかにして逃れましょうか?
鬼=フジワラくんが布団に寝ているのを見て、姫君が『結界に閉じ込められている』と誤解したシーンについて補足します。
平安時代には、布団を敷いて寝るという習慣がなかったそうです。
貴族は、ムシロをたくさん重ねてベッド状の寝台を作り、掛け布団ではなく着物をかぶって寝たらしいです。
これを書くために調べてみて、「布団なかったのか!」とびっくりしました。
【お知らせ】
9月15日にサブタイトルを少し変えました。本文で説明が足りないところも修正しています。
【お礼とおわび】
お気に入り登録をくださった方々、本当にありがとうございました。
その後、ご期待に添えなかった方には、大変申し訳なく思っています。
この更新ペースで精一杯なのです。すみませんでした。




