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男子◆6 恋が走り出す

「ィッ!」


 俺は、悲鳴が出そうになってぐっとこらえる。


 裏声じゃなくて男の低い声を出しちゃうと足のすねを蹴られるんで、うかつに声が出せないッス。


 さっきから、小学生のちひろって女の子に蹴られまくってダメ出しされてます。


 あんまり痛いんで、俺は腰をかがめて足をさすった。


 赤い袴のすそに、ぞうりで蹴られた足跡がくっきりついてる。男の声を出してないのに、なぜ蹴られなきゃいけないの?


「……股を開いて歩くの禁止! 男だってバレるよ」


 ちひろが、俺の耳元へささやく。


「それと、腰をかがめすぎ! おっぱい出てなくて胸がぺったんこだと、男だってバレちゃう」


 ちひろは俺の胸元へスッと手をやって、着物のえりを整えた。


 俺は白い着物を着てるんで、かがむと胸が見えちゃうってことか。俺が本物の女だったら、おっぱいの谷間が見えるんだろうけど。


 美形の巫女。見る側なら嬉しいけど、それが自分だったらぜんぜん嬉しくない。


 サラサラの黒髪を後ろでひとつに縛って、ぱっちりしたタレ目で、頬がピンクに染まってる。唇なんかプルプルで、キスしたら絶対いい香りがしそうな、かわいすぎる巫女……。


 かわいすぎる巫女の写真を見たときは、それが女装した自分とは知らなかったんで、一瞬で惚れそうになった。まあ、惚れなくてよかったですけどね。


 俺が気を失ってる間にメイクして女装させられたらしいんです。事情はよくわかりません。あとで説明してもらえるみたいだけど。とにかく俺は巫女に変身させられて、神社の宣伝モデルをやらされることになりました。


「フジワラすわぁーん! 足が痛いの? ボクチンがおんぶしてあげようかwwデュフww」


 太ったオタクの男がドタドタ走ってくる。


 黒縁メガネが斜めにずれるほどの勢いで。

 

 今は秋で肌寒い日だっていうのに汗をダラダラ流して、Tシャツのわき汗すごいんですが。


 うわあ、おんぶされたくない。


 オタ男には俺が男だって気づかれないようにあえてゆっくり離れて歩いてたのに、戻って来ないでくださいよ。


 コイツが巫女姿の俺をササヤイッターで宣伝するんで、追っ払うわけにもいかない。さっきはお守り売り場で写真を撮ったんですが、次は、賽銭箱の前あたりで竹ぼうきを持ってニッコリするところを撮るらしい。


 今は、境内を歩いて移動中です。


「おんぶは大丈夫です! フジワラさんは、巫女になるのが今日初めてで、ぞうりを履いて歩くのに慣れてないの」


 ちひろが、俺を隠すように前へ立った。


 この子の家が、ここの神社なんですよ。だから巫女服にもぞうりにも慣れてるらしい。


「フジワラさんは慣れてないし、歩くのがいつもより大股になっちゃうみたいなの。歩く練習をいっぱいしなきゃダメ。ちひろと同じように、かわいく歩こうね」


 ちひろは、つま先で砂利をこするようにしてちょこちょこ歩く。


 そうか。すり足で歩けばいいのか。


 俺は、参道の砂利をつま先でこすりながら歩いてみる。


「その感じ、女っぽいよ! フジワラさん」


 ちひろは振り向いて、俺にウインクした。

 

 はあ……それにしても、この神社は意外と広い。あとどのくらい歩くんだ。

 

「本殿は、遠いのかな?」


 オタ男が、ちひろに訊く。


「えーっと、もうすぐ。あそこに人がいるでしょ」


 ちひろが、砂利道の先を指さす。


「人? どこッスか?」


 オタ男は黒縁メガネをまっすぐに直して、ちひろの指す方を見た。


「あ・そ・こだよ。巫女の着物を着た人。でも……あれ誰かな? うちのママじゃないよ」


 よく見ると、緑の木がずーっと並ぶ参道の先に、白いものが動いている。


 まだ2~300mほど離れてるんで小さくしか見えませんが、巫女服を着た女の人が本殿の前を横切るように歩いてます。


 あの巫女さん、すげえ。何で、こんなに静かに歩けるんだろう。


 背筋がしゃんと伸びてて、身体の芯がブレてない。遠くから見てるとよくわかります。


 モデルの歩き方とは違うんです。ああいうドヤ顔っぽいのじゃなくて、人の内側にあるしゃんとした部分が、そのまま姿勢に現れてるような。


 しずしずと歩く巫女さんを、俺の目がスーッと追っている。


 何だ、この感じ。


 胸のまん中にポツッと雨粒が落ちたようなあれっ? って感じがあって、それが胸の中へじわじわとしみ込むみたいに広がって、気がついたらなぜか胸が痛い。


「フジワラさんっ」 


 ちひろが、足のすねを蹴ってくる。


 俺は無意識に大股で歩いてたのか。だけど、足を蹴られて痛いとかどうでもいいッスわ。あの優雅に歩く巫女さんを見つめたい。許されるなら、もっと近くで。 


「えっ? フジワラさん、フジワラさん! ちょっ……待っ……」


「フジワラすわぁーん……」


 ちひろとオタ男の叫び声が、いきなり遠くなっていく。


 俺は走り出していた。


 ガリッ! ザクッ! と、参道の砂利を弾いて、足くじきそうになりながら。


 袴のすそが走るのに邪魔なんで、つかんでたくし上げた。


 早く行かなきゃ、あの人を見失うかもしれない。


 わけのわかんない感情が、俺に走れと命令してるんだよ!


 巫女さんは髪がすごく長くて、ひざの下ぐらいまで。


 髪は黒くつやつや、後ろでひとつに縛ってる。


 俺が走って近づくごとに、見えることが増えていく。


 手が、白い。


 首筋も、横顔も……白い着物と境目がわかりづらいくらい真っ白だ。


 あんまり白いから、袴の赤色が目に痛いよ。


 横顔、小さっ!


 前から見たら、どんな顔してる?


 声は?


 知りたい。俺の好みと合ってるとかはどうでもいい。ただ知りたい。


 やっと声が届きそうな近くまで来た。


 巫女さんの声が聞きたいな。


 でも……どう呼びかければいいの? 名前は?


「ぁの!」


 俺は、巫女さんに声をかけた。


 裏返ってる俺の声。


 心臓ドキドキするのは、全力で走ったせい? それとも……。


 俺は息を整える間も惜しくて、いきなり話しかけた。


「ぉ……れ、俺、ハァッ、ハァッ、フ……ジワラって……ぃぃます。 ハアッ、ぁ……なたのおな……ハァッ、ハァッお名前……は」


 息がハァハァしすぎて、まともにしゃべれない。

 

 巫女さんが、ゆっくりとこっちを向いた。


 その顔は……。

【おことわり】

 ファッションモデルさんがドヤ顔で歩いてるとディスってしまいましたが、内面の美しさがにじみ出るようなモデルさんは、実際にはたくさんいらっしゃると思います。


 今回より、恋愛メインで進めます。笑いが減るときもありますが、毎回どこかには笑える場面を入れていきます。


 活動報告で、今週に更新します! 恋が動きます! と書きましたら、そのあと新規ブックマークを2件もいただきました。ありがとうございます!

 なるべく月1~2回の更新ができるよう頑張ります。


【リニューアルのお知らせ】


 先日、親切な作者さんにいただいたアドバイスを元に、自分でも工夫をして一部の話を加筆しました。直しは少しだけで、ストーリーは変わりません。

 ちょっとでも面白く、わかりやすくなっていればよいですが……。

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