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平安時代の姫君、現世で婚活はじめまする  作者: かちゃ
異なる世は、地獄にございました
1/18

姫君◇一 後の世へ 異なる世へ

 ああ、なんと醜いの。


 わが涙がはらりと落ちて、水の面へ映ったわらわの白い顔は歪んでおります。


 いいえ、わらわの顔は歪まなくとも、初めから醜いのでした。


 わらわの元へ、夜に通ってまいった男どもの誰も彼もが、月夜の薄明かりでわらわの顔を見ると、もののけを見たかのように叫び、逃げてしもうたのです。


 わらわが醜いという評判はあちこちに流れました。


 まるで、木の葉がほろほろと風に散るように、誰もわらわの元へは通わなくなり、わらわを妻にしたい者などおりませぬ。年の齢は、三十二。すでに老いてしまいました。


 ああ、父君。なぜ、わらわを残して黄泉へと旅立ってしまったのですか。父君のいのちを奪った流行り病を恨みます。


 今は、わらわには頼りとする人もないのです。


 暮らしを立てる銭も尽きてしまいました。


 紅葉の錦が一夜にして散ってしまうように、わらわの世話をしてくれる者は去ってしまい、今は誰もおりませぬ。わが館に、ただ冷たい風が吹くばかりです。


 わらわも父君の元へ、黄泉の国へと参ります。


 今より、沼へ入り、わがいのちを棄てるのです。


――姫君――


 誰かが、わらわを呼んでおります。


 いいえ、この声はまぼろし。


 死ぬるのが恐ろしいゆえに、わらわの心は、まぼろしの声を聞いておるのです。


――姫君、死ぬるのはお待ちくだされ――


 わらわの前へ、男が立ちました。


 白き衣を着て、ひらりと踊るように舞い降りてきたのです。


 男の衣には、藤の花の丸い紋が散りばめられ、月明かりに透けておりまする。


 わらわは見入ってしまいました。


 不思議でございますな。わらわの前には、深い沼があるのですよ。人が水の面に立つなど、あるはずがございません。


――死なずとも、違う世へ行ければよいのでございましょう?――


 男は、わらわに問うた。


――姫のお顔は、大きなる目に小さきお顔。恐らくは、今のこの世においては美しくはございませぬが、後の世では違いますぞ――


――今の世では、細き目に、ぽってりとふくよかな頬が美しいと言われております。それは、後の世でも同じとは限りませぬぞ――


――後の世には、姫のような小さきお顔が美しいのです――


「醜いわらわが美しいと言われる世など、あるものですか」


 わらわは、信じませぬぞ。


 生まれてより今まで、父君にすら、美しいなどと言われたことはないのです。


――わが言の葉が信じられぬとあれば……死ぬる前に、行ってみられるがよい、異なる世、後の世へ――


「その世で、悪いことが起きませぬか?」


 まったく知らぬ異なる世、後の世へひとりで行くなど、恐ろしくてふるえてしまいます。


――今の世で悪いことが、後の世でも、同じように悪いことなのでございましょうか――


 男は、わらわに問うた。


――今の世では悪いことが、後の世では、よいことになるのかもしれませぬぞ――


――後の世は、今の世とは、異なる世にございます――


――占いにて、今日の日が、旅立ちによい時なのです――


 男は、わらわに説いた。


「占い、とな?」


 男は、占いを? ならば、この男は陰陽師なのですね。


――今宵は、後の世で『はろゐん(ハロウィン)』と呼ばれておりましてな。はろゐん(ハロウィン)には、時が歪み、異なる世がたやすく交じるのでございます――


 はろゐん(ハロウィン)なる言の葉、わらわは初めて聞きましたぞ。


 陰陽師は、占いのほかにも広く物事に通じておりますもの。陰陽師は、不思議なる術を使って、わらわの運命(さだめ)をあらかじめ知っていたのでしょう。


――姫が死ぬるつもりで沼へお出でになると、占いでわかっておりました――


――後の世には、姫と結ばれる運命(さだめ)の男が、きっと見つかりましょうぞ――


 陰陽師がそこまで言ふのであれば、それは誤りなきことでしょう。


――姫君、お忘れなきように――


――運命(さだめ)の男を、待つのみではいけませぬ――


「それは、なぜです」

 

 わらわは、陰陽師に問うた。


――後の世では、男は草を食む馬のごとく優しきもの。女が誘い、綱を引いて導かねば、自ら動かぬものなのです――


――それゆえ、後の世では、『婚活』というものが流行っておるのでございます――


「『とんかつ』、とな? それは、旨いものでありまするか?」


 おもしろき言の葉でございますこと。


 『とんかつ』とは何のことやらわかりませぬが、旨いもののような響きがいたします。


――『とんかつ』ではございませぬ。『婚活』ですぞ――


――とにかく姫君、呼び名は何でもよいのです。これぞといふ男に会いましたら、その男から離れてはなりませんぞ――


――では、旅立たれませ、異なる世へ!――


 陰陽師の手が、印(ハンドサイン)を結ぶ。


――願ひ、叶へたまえ、急急如律令《きゅうきゅうにょりつりょう》! 婚活!――


 陰陽師が呪文を唱えるやいなや、わらわの身は、まばゆい光に包まれたのです。

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