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かくてメイドは今宵も踊る。  作者: 鴇合コウ
裏編:そしてご長子様は踊らされる。
5/25

【序の前】

 

 貴族寮に戻り、父の宿泊先として整えてあった貴賓室に通される。そこには式典に連れて行かなかった側近たちが先におり、戻った我々と合流すれば、広いはずの部屋がいっぱいになった。


「ジェラルド。お前は、おのれのしたことの何が罪だと思う?」

「ミア・モーガンの姦計を見抜けず、やすやすと踊らされてしまったこと。そのため式典の場を乱し、セレスティナ嬢をはじめとした周囲の方々にご迷惑をおかけしたこと。そして傍に在るものとして、皇太子殿下をお諫めし、正しいご判断に導くことができなかったこと、と考えております」

「そうだな。そしてその罪は、お前だけでなく、お前のその行動を承知していた周りの責任でもある」


 父の言葉に側近たちがざわつく。主人の罪は従者たちの罪。それが常識だが、自分の浅慮さが招いたことのために、数年来の付き合いである彼らを巻き込むのは嫌だった。


「父上。彼らは悪くありません。すべて未熟な私が悪いのです!」

「未熟なのは承知の上だ。なんのための学院と考えていた。物事を学び新しい人脈を作る主人を支え、考えさせ、成長を促すのが側近の役割であろう。それができぬのなら任を解くまで」


 声を高めるでも荒げるでもなく告げられた言葉は、抗弁の余地すら与えぬ断定。

 顔面を土気色にして側近たちがうなだれる。だが、膝をついて許しを請うでもなく、互いを窺うような視線を交わす彼らは、どこか不自然だった。

 執務机からその様子を眺め、父がにやりと笑う。


「ああ。申すのが遅れたが、プリスタイン伯は謀叛の疑いのため、皇城地下牢に収監したぞ?」


 その一声に、先ほどとは比べ物にならぬ戦慄が、室内を駆け巡った。

 プリスタイン伯爵ステファン・シグワルトは父の実の叔父であり、私が十二の成人を迎えたときからのアルバ華公爵領の執政である。私の側近は皆ほぼ大叔父の親族といってよい。


「父上、謀叛とは誠でございますか?!」

「確たる証拠もなく私が動くとでも? 数年前から宮廷貴族との怪しげな繋がりがあるとは思っていたが、三年前から動きが活発になってきてな」

「三年前……」


 つまり、私がアルバを出、皇都の学院に入学した頃だ。

 皇立学院では、地方、皇都を問わず様々な階級の貴族の子が集まる。見識を深め人脈を広げるためにも、学院内では身分の公平さが建前となっており、現に子ども同士の友情から親同士の交流へと発展することも少なくない。

 逆に、子どもを利用した親同士の蹴落としあいもあり、綺麗ごとばかりとはいかぬ貴族社会の闇を垣間見させた。

 その闇が、まさか自分にも降りかかっていようとは。

 ゆっくりと傍らに立つ、二つ年上の従者に視線を向ける。


「ジョシュア。いつもおまえが私に『殿下のお好きなようにさせて差し上げろ』と言っていたのは、今日の結果を見越しての発言か?」

「まさかそのようなことは――」

「そのとおりだ。ステファン叔父と繋がっていたのは、ルモンタン公。皇弟殿下が、いまだ帝位を狙っていたとは驚きだが、兄弟の跡目争いに見せかけて、皇太子位を白紙に戻すのが目的だったようだ。叔父上はルーファス殿下の廃嫡を手助けする報酬として、白華公襲爵を約定されたそうだぞ?」


 一気に血の気が引いた。

 ルーファスには妾腹の兄トリスタンがおり、学問、武道、魔術のいずれにおいても優れ、不世出の逸材と呼ばれるほどで、母の身分さえ高ければ彼こそが皇太子であっただろうと噂される人物である。ルーファスは、その兄を尊敬しながらも酷く嫉妬しており、同じく天賦の才をもつ父に複雑な感情を抱く私には、痛いほどその気持ちが理解できた。

 だから、もがく彼を何とか支えたいと思っていたのだが――まさか足元を掬われていたとは。この三年間がすべて無駄だったような気がしてくる。


 だが同時に、はじめて出来た友人や教師らと話すたび、これまで教え込まれた貴族としての価値観や常識が揺らぎ、側近たちと溝が深まっていく一方だったのだが、その理由が分かった気がした。

 彼らは、自分たちにとって都合の良い主人を作り上げようとしていただけだったのだ。


「今頃になって気づくとは……廃嫡になるのも当然だな。私は、華公爵家の一員として必要な資質を何ひとつ持っていない。――父上。どうか彼らに厳正なお裁きを。必要であれば、私も取り調べをお受けいたします」

「その必要はない。おまえは最終学年に上がってから、ほとんど側近たちを遠ざけていたと報告が上がっている」


 思わず息を吐いた。

 何を聞いても同じような答えしか返らないため、対外的に必要なとき以外、護衛すらつけていなかったのが良かったらしい。ミアのところに行くのに邪魔だったというのもあるが。


 父が合図すれば、四方の扉を開けて護衛兵士がなだれ込み、側近たちを捕えはじめた。いつも彫像のように微動だにせぬ姿しか見ていなかったが、驚くほど彼らは俊敏で、剣を抜くこともなく、魔術を使おうとするジョシュアを素手で取り押さえ、たちまち捕縄して魔道具を首に嵌めてしまう。


 なぜ宰相の護衛がそのようなものを所持しているのかと疑問がかすめ、すぐにあの自白用魔道具を開発したのが我が父だったと思い出した。宰相に就任した直後この魔道具を使用して、それまでなかなか断罪できなかった宮廷の膿を暴き、一度に百名を超える官吏の罷免を申し渡して、[冥府の裁定者]と畏れられたのだと聞く。

 大叔父上が、なぜこの父を出し抜けると思ったのか、理解に苦しむ。


 十二のときから五年間、側近として身近にいた面々が犯罪者として部屋から連れ出されるや、唐突に室内は静寂に包まれた。執務机に腰掛ける父の背後には、幼い頃より見慣れた顔が、いくばくかの年を重ねて並んでいる。

 老けたな、と唐突にそんなことを思い、父の黒髪の中にも白いものを認めて、はっとした。自分が成長したのなら周囲も同じだけ年をとるのは当然で、社交界へのお披露目も目前となったこの年になってもまだ、父に迷惑をかけている自分の卑小さに身が縮んだ。


「おまえには、いきなりのことで驚かせてすまないな」

「いえ。お役目のことですので、仕方なきことと理解しております」


 たとえただの駒であったとしても、父の役に立てたのであればそれで良かった。

 父の灰銀の目が何かを探るように私を見、ふっと弛んだ。


「側近を替えてくれと申し出があれば、いつでも替える準備はあったのだがな」

「そのようなことでお手を煩わせるのは申し訳なく……どのみち卒業後は、これまでのようにはいかないのですから、それまでよいかと思っておりました」

 

 卒業後は特定の職務に就くため、相応の技能をもった側近を選定しなおすことが多い。また職務の内容によっては、しばらくの間、側近を持つことを許されぬ場合もあった。

 私は、魔術師と下級官吏の二つの資格をとっており、道を決めかねていたのだが、ミアの勧めで魔術師団を目指そうと考えていた。――今やその気持ちも未来も、崩れてしまったが。


「まったく……遠慮するにもほどがある」

「申し訳ありません」

「よい。このたびはそのことを言いに来たのではない」


 父の言い方に、びくりと体が震える。気がつけば、祝宴の会場で手渡されてからずっと、セレスティナ嬢の告発状を握りしめていた。皺になったそれから、そっと指の力を抜き、気になっていたことを父に尋ねる。


「今回のことにつきまして、父上は……その、いつ頃からご存知、だったのですか?」

「センティフォーリア華公爵ご令嬢の判断については、今朝方陛下よりご通告いただいた」


 含みのある言い方に、おおよその察しはついた。きっと最初――まだ私がおのれの感情に気づかずにミアに纏わりつかれていた頃――から承知していたのだろう。

 私の推測を、父が口に出して肯定する。


「わが息子が想いを寄せる女性がいるのならば、調べるのは当然だろう? それが、皇太子殿下や他の四華公家フォー・ローゼズの子息とも親しいと聞けば、なおさら、な。だが、学院で親が口を出すのは禁令ゆえ、なにもしてはおらぬぞ?」


 報告をしたのは、あの側近たちとは思えない。どこかに密偵でも潜んでいたのかと、父の手回しの良さに舌を巻く。この人に敵おうなどと考えるだけ無駄だったのだ。


「あの娘がブルナー男爵の側妻の子などではなく、下町の遊女に産ませた子の種違いの姉であることはすぐに知れた。目的が曖昧だったが、おまえの気に入りであれば、良い条件をつけてこちらに取り込んではどうかという意見も出たが――」

「ち、父上! それはっ」

「落ち着け。なにもしておらぬと申しただろう?」


 慌てて口を挟めば、父がほろ苦く笑って制した。怒りとも呆れとも違うその態度に、決めていた覚悟が揺らぐ。

 父上は――いったい何を考えておられるのだろう。


「いくら調査を進めても、ルモンタン公との繋がりはなく――後ほどブルナー男爵のほうに接触があったようだが――トリスタン殿下の仕業とも思えない。では、センティフォーリアに私怨を抱くものかと疑えば、それも出てこない。こちらとしても対応にあぐねてな。セレスティナ嬢たちに判断を任せることにしたのだ」


 率直に語られる裏事情に、言葉を失う。それだけの情報を集めるのに一体どれほどの人手と時間が費やされたのか。手の中の紙束の重みがぐっと増した。


「このたびもっとも被害を被ったのが、セレスティナ嬢をはじめとしたおまえたちの婚約相手であるご令嬢方だ。醜聞というのは根拠のない分、人の口にのぼりやすく、また広まりやすい。年頃の女性としては致命的だが――まあ、おまえたちが今日それ以上の恥を曝したのだから、それもいずれ消えよう」


 消えるのではなく、消えるように仕向けるのだと直感した。こうやって宮廷の噂は作られ、情報統制されているのだろう。

 

「ナタリア嬢もアイスバーグ侯爵も、このたびのことは水に流すとおっしゃってくださった。おまえからもきちんと謝罪をするように」

「……はい」


 ナタリアは、お互い成人の年に、隣の領地であるという縁だけで婚約を結んだ間柄だ。飛びぬけて美女というわけではないが、可愛らしくつつましやかで、人付き合いのあまり得意でない私には似合いの相手なのだろう。

 熱情もない、義理だけの関係。恋を知ってしまった私に、それが耐えられるのだろうか。

 そして――そのような私に、彼女は耐えきれるのだろうか。

 こんな、みじめな私に。


 手の中に握っていた告発文を、そっと父の執務机の上に置く。


「父上。今回私のしたことで、アルバ華公爵家の名誉を汚し、父上にもご迷惑をおかけしてしまったことは本当に申し訳なく思っております。それでも、私と縁を繋ぎたいと言ってくださるアイスバーグ侯爵家の申し出には感謝すべきなのもわかっております。ですが……この婚約、白紙に戻していただきたくお願い申し上げます」

「あの女のせいか?」

「いえ、感情と家同士の婚約が別物というのは理解しています。ミアには理解できていないようでしたが、そのことは関係ありません」


 婚約は、双方の当主の意志もさることながら、場合によっては政治の勢力図を書き換えることにもつながりかねないため、家位や血筋のみならず、親戚筋の職業や資産なども含めて総合的に判断される、一大取引だ。だからこそ皇帝の承認が必要になる。

 したがって、ルーファス殿下がセレスティナ嬢と婚約破棄をしたところで、ミアが婚約者となることはない。彼女はその気のようだったが、帝位継承者であってもその権限はなく、また強引に進めたとしても陛下も議会も承認しないことは明らかで、ザックもアイヴァンも漠然とではあるが、これまで通りこのまま愛人として皆で彼女を共有するのだろうと思っていたはずだ――それも夢と消えたが。


「そもそも、アイスバーグ侯爵家が婚約継続を承諾したのは、父上たちが今日のことを見越して先に手を打ってくださったからでしょう? 家同士の繋がりが必要なのはわかっています。ですが、私にはこれから処分が下されるでしょう。その処分の内容を知っても、侯爵家は婚約を望むでしょうか? それに、そのときにナタリア嬢との婚約があれば、どうしても甘い処罰をせねばならなくなる。違いますか?」

「甘いとは限るまい」

「周りがどう感じるかが問題なのです。国の宰相が、自分の息子の処分に手を抜いたとあれば、私は父上の、汚点になります。それが……それだけは、嫌なのです」


 泣くまいと思っていたが、声が震えてしまう。拳を握って耐える。


「どうか婚約の解消を。ナタリア嬢も、このような情けない者と生涯を共にするなど重荷でしかないでしょう」

「そうとも限らぬと思うが……よいだろう。アイスバーグ侯爵家には話をしておこう。だが解消となれば、二度と復縁はならぬぞ? それだけは肝に銘じておけ」

「はい、心得ておきます」

「ナタリア嬢には、おまえの口から伝えなさい。誠意を示し、きちんと謝罪をするように」

「わかりました」

 

 側近も婚約者も、もういない。

 これで、私には本当に何もなくなった。

 息を吐いて――――父の裁定の言葉を待つ。

 

「おまえのこれからのことだが――」


 そのとき、控えめなノックが響いた。


「なんだ?」

「メイドのエマが、至急旦那様にお目通りを願いたいと参っております」


 エマは、五人いるメイドのうちの一人で、アルバの本邸から学院の寮に移る際、住み込みで働けて良家の子女への対応もできる者を探していたとき、母が貸し出してくれた使用人だ。

 一番年下らしく雑用ばかりをやらされていたようだが、お下げに大ぶりな眼鏡という野暮ったい見た目ながら、仕事はてきぱきとして礼儀作法も完璧で、さすが母が勧めるだけのことはあると少しばかり感心していた。

 それが、白華公へ直々に目通りを願い出るとは――まさか、大叔父上の連座で処分を受けた側近たちの助命嘆願でも求めるつもりか。


 はらはらする内心を押し隠せば、執務机から父が私を軽く見上げ、にやりと笑った――実に、愉しそうに。


「通せ」

「かしこまりました」


 執事に連れられて、黒いワンピースに白いボンネット、エプロン姿の小柄なメイドが入ってくる。顔を合わせることは許されないのでうつむいたまま綺麗な最上礼をし、直答を許されれば、彼女は驚くべきことを告げた。


「ご当主様にお伺いいたします。先ほど式典の場で、ジェラルド様をご当家から放逐するとご通告されたと聞きおよびましたが、誠でございましょうか?」

「……確かに、そのようなことを言ったね」


 それはまさに青天の霹靂で。

 つい数時間前まで、人生のどん底にいたはずの私は――底というものは限りがないのだと、身をもって思い知らされることとなった。




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