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かくてメイドは今宵も踊る。  作者: 鴇合コウ
蛇足編:彼と彼女と首輪の事情。
16/25

【首輪の事情と、そしてそれから*5】

 

5.彼女と暗号の事情



 皇立学院は、国内の十五~十七歳の貴族の令息令嬢が社交界デビュー前の必要課程を学ぶため、三年間通うことが推奨される公立の教育機関です。皇族も含めて寮生活が基本となり、勉学においては身分の上下は不問とされています。

 そのため、親の爵位ではなく個人名や家名で呼び合うこととなるのですが、やはり高位の者に対しては遠慮があるのか、一部の者には学院だけで通じる異名がつけられるのが通例となっているのです。


 色白で銀髪の印象的なセレスティナ様は、[冬姫]。

 紅茶色の髪が落ち葉色にも見えるベアトリスは、[秋姫]。

 明るい金髪と長身の目立つイヴォンヌは、[夏姫]。

 若葉色の髪を持つおとなしい私は、[春姫]と呼ばれていました。


 いささかイメージが誇張された呼び方に大変いたたまれなかったのですが、呼ばれる側に拒否権はなく――というより、名前で呼ぶように頼んでも聞いてくれませんでした――仕方なく容認していたという状況でした。

 ルーファス殿下方の[光輝の君]、[氷炎の君]、[紅蓮の君]、[翠嵐の君]という異名の恥ずかしさに比べたら、ましなほうです。


 謎の間諜というキーワードとエマが口にした懐かしい呼称に、一気に気持ちが学院の頃に引き戻されます。


「[冬姫]ではなく、どうぞセレスティナとお呼びなさいませ。

 やっと、あのときの私たちの最大の協力者にお会いできましたのね? ずっと御礼を言いたかったのです。手間をかけさせましたね、感謝します。大変助かりました」

「もったいないお言葉でございます、セレスティナ様」

「こう言っては失礼ですけど、私、もっと年上の方を想像しておりましたの。エマは、私たちとそう年が変わらないのではなくて?」

「二十歳でございます」

「やはり若いのですね。では、何人かで組んでお仕事を?」

「学院内では、私一人でございます。なるべく内密に動く必要がありましたので」


 内密に、というのは、ジェラルドとその側近たちに対してという意味なのだと、私は感じました。ジェラルドの大叔父プリスタイン伯爵とその親戚にあたる彼の側近たちが逮捕されたということは、なぜかあまり公には知られていません。

 事情があることを察したのか、セレスティナ様もそれ以上の追及はされませんでした。

 間を継ぐように、私は、これまで疑問に思っていたことを口にします。


「エマはなぜ、私に情報をくれたのですか?」

「ジェラルド様のご婚約者様でしたので。当時、事態が悪化の兆しをみせておりましたので、将来お仕えすることになるかもしれない方に必要な情報はお渡しすべきだと進言させていただき、それが認められた形となりました」

「それは、レティシア様が?」

「私の直接の雇用主は奥方様ですが、情報に関する決定権はご当主様にございます」



 初めて私の元に謎の手紙がやってきたのは、最終学年にあがって少し経った或る日のことでした。図書館から帰った後、借りてきた本を片付けようとした侍女が、同じ本が二冊あることに気づいたのです。

 聞けば、図書館から持ち帰る際に本を落とし、近くにいた人に拾ってもらったので、他の人の本が混ざったのかもしれないとのことでした。

 その本は、厚みはそんなにありませんが薬草学の少し専門的な内容で、授業で参考書として紹介されたものでした。個人のものが混ざったとは考えにくいのです。

 本をめくってみると、一冊は確かに図書館のもので、もう一冊には持ち主が書かれておらず、代わりに白いカードが挟まっていました。


『春の姫君へ 敬愛を込めて贈り物をいたします。願わくは、貴女の憂いが晴れんことを』


 流麗な筆跡の下には、一桁から三桁の数字が三種類ずつ組み合わさったものが整然と並び、末尾にはサインの代わりか、小さな動物の足型。そしてカード上部には、薔薇の絵が描かれています。

 薔薇の花は、葉の緑に対して色付けがなく、すぐにアルバ華公家の白薔薇が思い浮かびましたが、花の形と花弁の数、緑葉がついていることから、アイスバーグの紋章を模したものだと気づきました。〝春の姫〟とありますので、私宛なのでしょう。


「なんだか気味が悪うございますね。お捨てしましょうか?」

「……いえ。考えたいので、少し待ってもらえるかしら?」


 カードと本に変な魔法陣や毒がついていないことを確認して、私はそれらを寝室に持っていきました。カードに書いてある数字の組み合わせに、なんとなく見覚えのある気がしたのです。

 よく見れば、最大三桁となるのは最初の数字だけで、二番目は必ず二桁まで、最後の数字はほとんどが一桁です。はっと思いつきました。これは昔、ジェラルドと競うようにして読んだ、冒険物語の暗号とそっくりでした。


 ――本のページ、行、単語の数の順だったはず。


 震える手で薬草学の本をめくり、数字が導くままに紙に単語を書き留めていきます。


『書庫の一番奥、上から三番目の棚、箱の中。自分のものなのに他人が良く使うものは、なに?』


 暗号は解けても、まだ謎が残されているようです。

 不審がりながらも、本を持って帰った侍女が、責任をもって図書館の書庫に向かうことになりました。もちろん護衛をつけましたが、二人は何事もなく鍵のかかった文箱を持って帰ってきました。


「危険はないようですが、魔術で封印がされています。あの最後のなぞなぞのような一文が解く鍵かもしれません」

「自分のものなのに他人が良く使うものは……自分の名前、ですわね」


 小さい頃から本の虫でしたので、こういう謎かけは得意なのです。試しに魔道具の箱の前でフルネームを名乗れば、かちりと音がして鍵が開きました。

 攻撃を想定して防御の魔法陣を展開しつつ、護衛が箱の蓋を開けます。中に入っていたのは紙の束で、走査魔術で危険の有無を再確認したのち、中身が取り出されます。


「これは……!」


 一見して、側近たちがみるみる顔色を変えました。手渡されたものを確認し、私も絶句します。そこには、あのブルナー男爵令嬢ミア・モーガンについての詳細な調査報告が書かれていたのです。

 ただの報告書ではありません。庶子といわれる彼女がまだ平民だった頃の〝メリーラン村のミア〟の出生証明書。ブルナー男爵との養子縁組届出書。そしてなぜか〝ミア〟の死亡届出書まであります。

 さらには、母親は側妻などではなく平民の高級娼婦であること。一歳上に父親違いの姉マリスがいること。姉妹の容姿は双児のように似ていたことなどの村人の証言が書かれています。

 他には、ミア・モーガンの持つペンダントが、周囲の人間の余剰魔力を吸収してベールのように纏うことができる魔道具であることと、その術式、解除方法。

 彼女の魔力値やスキル、入学してから今までのテストの点数まで、余すところなく暴露された極秘資料と呼ぶべき内容だったのです。


「すぐに伝話鳥を……いえ。魔力痕跡が残りますから、手紙のほうがいいですわね。便箋とペンをください。それから、談話室とお茶の準備をお願いします。了承をいただければ、そのまま三人をこちらに案内していただきますから」


 私は、セレスティナ様、イヴォンヌ、ベアトリスに向けて緊急に来てくれるよう手紙を書きます。もちろん側近は一番口の堅い信頼できる者を最少人数で連れてくるようお願いしました。本当はこちらから伺って相談すべきでしたが、寮内とはいえ、この資料を持ち運ぶ危険を考えると、それはできません。

 三人は、十分ほどで私の居室にやって来ました。

 挨拶もそこそこに経緯を説明し、謎のカードと箱の中の書類を見せれば――そこからは、もう喧々諤々です。


「まず相手が何者かを突き止めるのが先ではないかしら? 攪乱ということも考えられますわ」

「いえ、これだけの資料を集められる者です。それなりの後ろ盾があるはずですわ。それに、この本。個人の持ち物であれば、よほどの専門的知識を必要とする職にあるか、資金力のある者ということになります。教師か……上位貴族の誰かか」

「上位貴族? 侍女に接触したのも筆跡も女性のようですけれど、私たち以外の上位貴族とはどなたです?」

「女性とは限りませんわ。ナタリアに近づきやすい女性を代理としているだけで、首謀者は男性かもしれません」

「……まさか、あの四人の誰か、ですの? それにしては行動が軽率に思えますけれど」

「確かに釈然としません。この際、情報提供者探しは後回しにして、この情報の正当性の確認からまいりましょう。情報が正しければ、少なくとも害にはなりません」

「私の集めた情報では少なすぎて、これらを精査できませんわ」

「私もです。でも、皆の分を集めれば、なにか分かるかもしれません。後日持ち寄って検討いたしましょう?」

「学院へは届け出ませんの?」

「それが一番正しい道なのでしょうけれど……このテストの点数を見るかぎり、学年末の成績順位と合っていないような気がいたします。もし成績が捏造されているのであれば、教師が絡んでいるということですわ。迂闊にこちらが情報を握っていることを知らせるわけにはまいりません」

「パトリック・フィルバートですわね。あの変態教師」

「彼ひとりだけではないかもしれませんわ。用心いたしませんと」


 情報提供者の出現は、心強くもあり不気味でもありました。ですが、当時ジェラルドやセンティフォーリアの双子たちまで完全にミア嬢の取り巻きと化し、弱気になっていた私たちにとって、手繰り寄せずにはいられない、ひとすじの希望の糸でもあったのです。

 箱の底には、まったく見慣れぬ幾何学模様で埋め尽くされた手紙と、暗号解読の鍵となる一覧表があります。


「私は、こちらを解読いたしますね。本の返却方法と、今後の協力をどうするかという確認のようですわ」

「では、資料はこちらに全部くださるということですわね。ナタリア、貴女のところに届いたものですけれど、皆で共有するという方向でよいかしら?」

「もちろんですわ。私一人では扱いきれませんもの」


 暗号文を手にした私は、セレスティナ様の確認に大きく頷きました。


「私は、ペンダントの魔道具の解除方法について探りますわ。実物が手に入らなければ解除できませんけれど、影響を防ぐ方法が見つかるかもしれませんから」

「よろしくお願いします、ベアトリス」

「……私としては、なぜこんな危ないものをヴァンが見過ごしていたかというほうが気になるのですけど」


 魔道具の術式が書かれたメモを指でなぞりながら、ベアトリスがため息をつきます。


「術式を見る限り、周囲の魔力を奪うというのは一時的なようですし、あくまで見せかけで本人の魔力量が増えるわけではありませんから、害はないと考えたのでしょう。あの方のスキルも、[治癒]と[魅了]だけのようですし」

「でも、学院に対する詐欺行為ですのよ?」

「魔道具を壊されたり、隠されてしまえば立証できませんわ。私はそれより、この魔道具をどうやって手に入れたかということのほうが気になります。政治的な背景が絡んでいるとすれば、とても恐ろしいと思うのです」

「誰かに利用されているという可能性も充分にありますわね」

「少し情報を流して、あの方に近づかないよう、皆に注意喚起をいたしましょう。万が一に備えて、火の粉を被るものは最小限にしたほうがよいでしょうから」

「かしこまりました」


 その後、側近や家のものまで巻き込んで検討した結果、情報源は謎のままでしたが、情報そのものは信用に値すると結論づけられました。

 連絡と暗号の解読は私。もらった情報の魔術関係の処理はベアトリス。その他の対応はイヴォンヌ。そしてセレスティナ様が指揮という形で連携をとります。会合の場所、緊急時の合言葉や連絡方法もひとつずつ決め、まるで私たち自身が密偵になったような気分でした。


 間諜からの連絡は不定期で、暗号も緊急のときを除いて、続けて同じものが用いられることはありませんでした。薔薇の絵と動物の足型だけが目印です。それでも不思議と、こちらが本当に必要としているときに必要なものがやってくるのです。

 たとえば、私たちの誰かがミア嬢を虐めているという噂を耳にしたときは、古語で書かれた地図が突然、教室の私の机に置かれていました。それが学院の監視魔術の場所だと気付いたその日の夕方には、びっしりと暗号で書かれた何かの術式と白い紙の束が寮の居室に届けられたのです。

 その術式が、監視魔術から映像記録を取り出し、白い紙に写し取ることのできる魔法陣と魔道具の作り方だと知って、側近たちのほうが大騒ぎになりましたけれど。


「これって、かなりの機密事項ではありませんの? 市場にはほとんど出回っておりませんわよね?」

「映像を写せる紙がなければ役に立ちませんわ。この紙の製法が秘伝なのでしょう」

「作りたくとも私たちには、技術も知識も時間も圧倒的に足りませんものね」


 魔術師一族に仕えるベアトリスが、悔しそうに魔道具らしき紙を眺めました。「一枚いくらかなんて、恐ろしくて考えるだけ無駄ですわね」と不穏なつぶやきを漏らします。


 監視魔術は、魔法陣を刻んだ魔石を置くか、あるいはその場所に直接陣を描いて監視対象とし、対となる記録媒体の魔道具を連動させて使用することがほとんどです。学院では防犯とプライバシー保護のため、その魔道具は厳重に管理された一室に収められ、学院長の許可なく近づくことはできません。

 ですが記録用魔道具と連動させる都合上、監視魔術にも一日程度の短期記録を保存する術が組み込まれており、私たちはこれを利用して、学院に気付かれることなく映像を写しとることが可能となったのです。

 もちろん映像保存用の紙は限りがありますから、毎日人海戦術でミア嬢の行動を注視し、怪しげな行動をした場所と時間から、記録を残していそうな監視魔術の位置を照らし合わせ、映像を確認するという地道な作業の繰り返しです。


「背後にダマスクがいるのではなくて?」

「いてもいなくても、ヴァンがまったく頼りにならないことに変わりありませんわ」

「うちも似たようなものですわ。情けないこと」


 イヴォンヌが力なく苦笑して肩を竦めます。

 実は、質問を送ってもはっきりした答えをくれることのない間諜から、前回ようやく回答があったのです。『彼らの真意はどうなのですか? 置かれている状況だけでも教えてください』という問いに対する答えは、厳しいものでした。


『――香薔薇は風にそよぐのみ。赤薔薇は棘を失い、価値を失くした。金の薔薇と二輪の百重薔薇は、みずから枯れるに任せようとしている。白薔薇の周りの棘は毒。触れるな』


「ジェラルド様が心配ですわね。毒だなんて」

「……ええ。でも最終学年にあがって、彼は側近たちを遠ざけていましたから、何か別の事情があるのかもしれません」

「間諜はアルバ華公家の手のものではありませんの?」

「でしたら、先にジェラルド様のほうをどうにかするのではなくて?」

「それもそうですわね」

「それよりも問題は、ルーファス殿下とフレドとフランですわよ。みずから枯れる、だなんて……」

「どういう理由かは理解できませんが、彼らが自分でこの現状を選択したのであれば、私たちも正しい道を考え直さねばならないようですね」


 セレスティナ様の沈痛な決意は、暗い未来を暗示しているかのようで。

 夏を前に最終試験を終え、最後の成績発表が行われた翌日。一目で緊急とわかる、結び文が括りつけられた緑葉の白薔薇が、私の居室のベランダに投げ込まれ――私たちの学院生活は、一気に暗転したのでした。



「――……では、私も名前で呼んでいただきたいですわ、エマ。貴女は私の魔術の師匠なのですもの」

「ありがとう存じます、ベアトリス様。ですが私、魔術の指南などさせていただいたことがございましたか?」


 過去の記憶に浸っていた私は、ベアトリスとエマの会話に、はっと現実に引き戻されます。

 ベアトリスが溌剌とした笑顔で、閉じた扇を手の中で打ちました。


「だって貴女、暗号と一緒に、見たことのない魔法陣や術式を山のように送り込んできたではありませんか。あれを解き続けたおかげで、私の魔術の成績は急上昇ですわ。先生からじきじきに『遅咲きの才能だ』と、お褒めの言葉をいただいたのですのよ?」

「私は、レポートのまとめ方が上手くなったと褒められました。報告書を読んだり書いたりしたおかげですわね」

「私は古語に堪能になりました。あの暗号は、全部エマが考えたのですか?」

「ご当主様から『やるのなら徹底してやれ』とご指示がありましたので、僭越ながら、これまでにある暗号を参考に作成させていただきました」


 エマの話によれば、本来なら暗号は主従の関係で送受信されることが多いため、封をした手紙に一族に伝わる暗号魔術をかけて渡し、別の方法で解除パスワードを送ることで機密性を保つのだそうです。

 ですが、学院のように複数の貴族が出入りするところでは、警備のための魔術に暗号魔術が引っかかることがあり、物理的に文章を暗号化する必要があったということです。

 

「暗号ってなに? すごく面白そうなんだけど」

「ヴァンには関係ありませんわ。貴方は女性にべったりでご機嫌だったではありませんか」

「あれは……だってその、いろいろと……あって」

「ベアトリス。もう謝罪も受けたのですから、意地悪を言うものではありませんわよ?」


 しょんぼりとうなだれるアイヴァンに、セレスティナ様が簡単にエマの間諜としての役割を教えます。

 情報を収集し、書類にまとめてアルバ華公家に渡し、そこから取捨選択して私たちに情報を暗号化して届け、かつ私たちの挙動も見守って――よくよく考えると、エマはすごいことをしていたように思います。これが一人で行なったというのですから、なおさらです。


「それで、あの告発文ができたわけか……あれ? ジェドの周りに侍女っていたっけ?」

「平民ですので侍女ではありません。メイドとしておりました」

「メイドの仕事もしていましたの?」

「建前上はメイドでしたので、おろそかにはできませんわ。ですが、ジェラルド様が寮にいらっしゃらない間はわりと手が空きますので、時間は有効活用させていただきました」


 なるほど、有効活用の結果が、あの暗号のわけですね。


「でも、メイドは寮外に出られませんわよね?」

「はい。ですので、奥方様から侍女服の支給と、礼儀作法が仕込まれました」

「……本当に仕事でしたのね」

「無論です。酔狂で平民の教育に時間と費用を注ぎ込む方ではございませんわ」

「魔術はどちらで学ばれましたの?」

「アルバでは十年ほど前から、平民の能力底上げのため子どもから学べる学校を設置しております。そこで基礎教育を受け、あとは個人の教師についたり、独学でございます」

「古語もですか?」

「古代魔術を学ぶとどうしても必要ですし、ギルドにおりますと呪具や古代遺物アーティファクトを扱うこともありますので、必死で勉強いたしました」

「暗号には、ときおり外国語も混ざっていましたよね? ウマラ語が出てきたときは驚きました」

「極東群島出身の冒険者から習ったのです。こちらもだいぶネタが尽きてまいりましたので、いろいろ手を広げてしまいました。でもナタリア様も、すぐに解かれましたでしょう?」

「鏡文字ということに気づくまでが大変でした。あとは、図書館の辞書と首っ引きですわ。いろいろと良く思いつかれましたわよね? 素晴らしいです」

「……私は、それを解こうと思うネティもすごいと思いましてよ? 後半は見ただけで頭が痛くなりましたもの」


 ベアトリスが、げっそりした顔を扇の陰に隠します。

 確かに、送られてくる暗号は回を追うごとに複雑になりました。あるときなど一見真っ白に見える紙が送られてきて、ついている短文の暗号を解いて水に浸して文字を浮かび上がらせれば、それがまた別の暗号で、皆で悲鳴をあげることになったのです。

 書かれていたのは学院の全職員の個人情報と信頼度の一覧でしたので、厳重に隠す必要がある情報ではあったのですけれど。


「でも、パズルのようで面白かったのですよ? 夢中で解きましたわ。おかげで語学への理解がより深まった気がいたします」

「確かに魔術も、習っていたもののちょっとした応用でしたものね。参考書を見ても、どこにも載っていませんでしたけれど」

「魔法陣をいじるのに、躊躇がなくなりましたものね」


 三人で口々にそう言えば、エマが嬉しそうに目を細めて、口元に扇を広げます。


「暗号も魔術も、なるべく学院の学習課程で理解できる範囲内にしていたのですけれど、みなさま易々と解かれますので、ついついレベルを上げてしまったのですわ。ごめんあそばせ?」

「もう、ちっとも易々ではありませんでしたわ!」

「出来心のようなことで、レベル上げしないでくださいませ!」


 ベアトリスと二人で訴えれば、堪えきれないというようにアイヴァンが笑い出し、セレスティナ様が扇の陰で肩を震わせます。

 セレスティナ様は実際に暗号を見て、対応に四苦八苦しているところを知っているのですから、笑うのは酷いと思うのです。

 じぃと睨めば、まるで子どもの頃のように、ばつが悪そうになった灰緑色の瞳と目が合いました。


「でも二人とも、授業の課題を解くより生き生きしておりましたわよ?」

「それはそうですけれど」

「ですけど、絶対あの追跡魔術は酷いと思うのです。守護魔術に見せかけて、追跡の術式を組み込む大変さときたら……!」

「それって、盗まれたセンティフォーリアの指輪に掛けてた魔法陣だよね? おかしいと思ったんだー。なにあれ、術式はビーが組んだの?」

「企業秘密ですわ!」


 思いもよらない形で話が弾み、五人で思い出話に興じていますと、休憩室のドアがノックされ、私たちは揃っておしゃべりを止め、音のした方へ視線を向けました。


 

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