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かくてメイドは今宵も踊る。  作者: 鴇合コウ
蛇足編:彼と彼女と首輪の事情。
10/25

【彼女の事情*2】

ちょっとシリアス?入ります。

 

 そんなこんなで、帰りの馬車の中でだらけきってしまうのは仕方がないわけで。


「どうして、あの状況で『〝仔犬系〟でいくにはどうすればいいと思う?』なんて質問が飛び出すんです! 生肉をぶら下げて野獣に突撃するようなものだと思わなかったのですか?!」


 つい、キツい口調で問い詰めてしまうのも、仕方がないというものだ。


「だって、父上や執事に聞いてもはぐらかされてしまうし。エマは、その……だし」

「なんですか?」


 もにょもにょ言っているのを聞き出せば、パンダはよく分からないから嫌だったという。

 いや、だから、その思考が分からないから。


「行きの馬車の中で、客寄せパンダになれと言ったではないか」


 ……あー、あれか。


「庶民のつまらない冗談を真に受けてどうするのです」

「じゃあ、仔犬も冗談なのか?」

「それは本気です」


 ついでに、客寄せパンダ的扱いも半分以上本音なのだけれど、説明がめんどうなので触れないでおく。


 ジェドがとんでもないことを口走ったおかげで狂喜乱舞したアリシア様が、来月末の《万霊祭》で仮装することにしていた犬耳カチューシャ――貴族仕様のためサイズと色が変幻自在という、無駄に優秀な魔遊具――を兄につけようと大暴走。

 ツボに入ったらしい奥方様は、娘を止める余裕もなく腹筋崩壊寸前まで笑い沈み。

 何事かとやってきた年季の入った侍女たちでさえ呆気にとられたカオスな情景は、ついに犬耳をつけた兄の英姿に興奮の極みに達したアリシア様が鼻血を噴出したことで、お開きとなったのだった。


 さんざん玩具にされ、しょぼくれたジェドに、ようやく笑いの収まった奥方様がおごそかに訓示を垂れる。


『よいですか、ジェラルド。〝仔犬系〟というのは、深く考えすぎるものではありません。旦那様やクエンティンが、そのままで良いと申したのであれば、その通りなのです』

『ですが』

『よくお聞きなさい。ジェラルド、貴方はこれまでたくさんの努力を重ねてきました。それは認めます。ですが、昨日の失態から分かるように、貴方はまだまだ未熟。だからこそ、ここよりさらに成長するために、これまでの在り方をすべて忘れ、幼き頃の無垢な心に帰って学び直す必要がある――そのための〝仔犬系〟なのです』

『……なるほど』

『貴方は誇り高き[黒焔狼]の息子。本来ならば〝仔狼〟と呼ぶほうが正しいのかもしれません。エマが〝仔犬〟と言ったのは、ただ単に呼びやすかったからでしょうから、そこは見逃してあげなさいね?』

『はい』

『ジェラルド。素直に心を開き、教えを乞い、あらゆるものを学びなさい。家名や体面に囚われず、ただ一人の人間として誇れるものを見出すのです。

 一年後、成長して〝若狼〟となった貴方に出逢えるのを、母は楽しみにしていますよ?』

『……はい、母上』


 強引に、ほとんど舌先三寸で丸め込んだ形だけれど、これでやっとジェドは納得したらしい。

 納得できないのは私のほうだ。

 一年経とうが十年経とうが、ヘタレお坊ちゃまは、ぜっっったい〝仔犬〟のままだと思いますよ?! 奥方様!


 しかし、犬耳ジェドは想像以上にかわいかった。眼福眼福。

 学院入学後、兄君様の制服姿に大興奮したアリシア様が、大中小と絵姿を描かせて萌え盛っていたから、きっと今回も絵姿を作られるはずだ。一枚いただきたいものである。

 ってゆうか、絶対売れると思うんだよね。貴族は一点豪華主義だからアレだけど、平民の版画や印刷技術を使って価格帯を調節し、限定生産にすれば、一儲けできそうだ。

 御用達品の魔道具の売り上げが下がったら、対応策としてご当主様に交渉してみようと目論めば、だいぶ悪い顔になっていたらしく、向かいの座席で寝そべるジェドがふてくされた顔で見上げてきた。

 

「……また私になにかしようと企んでいるだろう?」

「そんなことはございません」


 嘘ではない。〝ジェドになにかする〟気はない。〝ジェドで遊ぶ〟気満々なだけだ。

 生殺与奪を握ってるって、とっても良い気分ですよね?


「そんなに私が信用できませんか?」

「さっきはほとんど助けてくれなかったではないか!」

「弟妹君の攻撃くらい、ご自身で対処できなくてどうするのです」

「……それが一番激しいから弱っているのだ……」


 ああ、うん、ごめん。そうだった。

 なまじ気を許している分、容赦のない攻撃が、触れて欲しくないところに抉り込むように入るよね……。


「私も我が身を守るので精一杯ですので、ジェドも耐えるか、躱し方を会得してください。おそらくこれから先、一番長くお付き合いをする方々なのですから、こちらが慣れませんと」

「二人は私よりだいぶ年下だものな……」


 あれでまだ成人前なのだ。大人になった暁には二人とも、経験と活動域が広がるため、落ち着くのではなく、より収拾がつかなくなるだろうことが予想される。

 これで性格が壊滅的に自己中心的というなら見限りもするが、能力が規格外であることや暴走しがちなことを除けば、いたって愛すべきお子様方なのだ。いろんな意味で前途多難である。

 座ったまま手を伸ばし、頑張れよ、という気持ちを込めて、ジェドの頭を撫でる。さらさらの髪にやさしく指を滑らせれば、むくれていた顔が多少ましになった。


「撫でてごまかしていないか?」

「いいえ。今日は本当にお疲れ様でした」

「……お互いにな」


 まったくだ。

 それでも、指通りのよい絹糸のような髪を触っているうちに、荒廃していた私の心も癒される。実はずっと触ってみたかったのだ、この、うるつやさらさらヘアーを。

 ジェド自身は奥方様に似た麗しい容姿がお気に召さないようで、癖のないプラチナブロンドを、貴族にはめずらしく耳が隠れる程度の長さに切っている。

 その短さでもキューティクルは完璧で、天使の輪が通常搭載。剣術の試合や模擬魔術戦で乱れ輝く御髪おぐしは下手なアクセサリーよりも美麗で、あらわな首筋ともども、令嬢・侍女・メイド・教師にいたるまで女性陣(と、一部男性)のハートを鷲掴みだ。

 〝監督(=なでくり放題)〟とは、いいお立場を頂戴したものである。


 本当に疲労困憊していたらしく、撫でられたまま、ジェドがうとうとしはじめる。ブロンドの長い睫毛も厭味のないまっすぐな鼻梁も、奥方様似というよりワンコの面影しか見えないのは、もはや重症というものだろう。


「ってことは、ご当主様似になるのかな?」


 狼と犬ではだいぶ違うが、使役される側という意味では、どちらかと言うと国家の犬であるご当主様のほうが該当する。ぶっちゃけ宰相として内政で絶大な権限を行使して[影の帝王]とか言われてるし、独立しても困らないアルバ領という一大主要地の領主様だし、実戦では右に出るものはいない魔王なご当主様なのだけど、なぜだか皇帝陛下に絶対服従を誓ってらっしゃるのだ。

 以前、畏れ多くも、なぜ宰相を引き受けてらっしゃるのかお聞きしたことがあるのだが。


皇帝アレが、敵に回すと私が一番厄介だから近くに居ろ、というので居るだけだ。私を殺せるのも、アレだけだからな』


 という非常に物騒な回答をいただいた。忠誠心も何もあったものじゃない。

 ジェドには是非まともな交友関係を築いてほしいものだと考え、学院での友人たちを思い返して蒼褪めた。やつら全員同じ穴のムジナだった。側近も含めて処罰対象だわ。

 

 ――性格矯正だけじゃなくて、お友だち探しも私がしないといけないのか……。


 婚約者くらい残しておけばよかったのに!と歯噛みをしても、もう遅い。ジェドの婚約破棄は、すでに90%確定のところまできてしまっていた。

 現在、ドレスの着替えと荷物の引き取りのために学院に戻る私と一緒に、ジェドがこの馬車に乗っている理由は、アイスバーグ侯爵家との会談が今日の夕刻に設定されたという報せがあったからなのだ。


「……エマはときどき変わったことを言うな」

「なんです?」


 半分意識はないと思っていた目の前の青年から洩れた呟きに聞き返し、先ほどの独り言を思い出す。


「ジェドがご当主様と似ているという件ですか? 色彩が違うのはさておいて、なんとなく、こう……中身といいますか、本質といいますか」

「昨日一緒にいたからではないのか?」

「それは否定しませんが。でも、初めて今日アリシア様やユリアン様とご一緒にいるところを拝見しましたけど、顔立ちも色彩もばらばらのように思っておりましたのに、とてもよく似ていらして驚きましたよ?」

「本当? 似ていた?」

「はい。それはもう、微笑ましいほど」


 奥方様がいらしたせいもあるのだろうけど、三人とも表情とか仕草とか、纏う雰囲気がすごくよく合っているのだ。三人が和気藹々としているところなんて、大きい仔犬と小さい仔犬がわきゃわきゃ戯れているようにしか見えなかった。

 ジェドが黙り込んだので、小さい子と似ていると言われてプライドが傷ついたのかと思えば、そうではなかったらしい。


「……そう。あの二人が聞いたら、喜ぶ、だろうね」


 ほんのりと頬を染めて、唇に微笑を乗せて。照れつつ、そう言っている本人が一番嬉しいのだと一目で分かる。ヘタレわんこめ。

 ジェドにしろアリシア様にしろ、傍から見ればものすごく恵まれている人でも、貴賤を問わず、コンプレックスとは等しく襲いかかる病らしい。一見贅沢な悩みにも思えるが、私自身がそうであるように、本人の事情は本人にしかわからない。そして――乗り越えるのもまた、本人自身でしかないのだ。

 ふいに、「そういえば」と呟いてジェドが身を起こす。


「以前、アリシアたちを[鑑定]してくれたのは、エマだったんだな」

「はい。ご当主様のご依頼で」

「そうか。昨日、おまえが鑑定士だと聞いた時点で気づくべきだった」

「皇都にはたくさんの鑑定士がいらっしゃいますから」

「……いや」


 座っているので、幾分高い位置にある薄暮の空のような紫の瞳が、ふっと逸れる。


「アイヴァンから聞いた。二人とも――特にアリシアは、あと一歩対応が遅ければ、確実に魔術塔に送られていただろうと」


 皇城にある魔術塔は、その名の通り魔術師団の本部だが、同時に魔法犯罪者の収監所であり、暴走した魔力保留者および特異能力者の監禁所をも兼ねた、国内に現存する最大かつ最高級の魔道施設である。それを管理するのがアイヴァン・イシドールの父親、魔術師長であるダマスク華公爵だ。

 ご当主様をして魔術狂と言わしめた彼の長を絶句させたのが、三歳のときのアリシア様の力の発現である。魔力の暴走ではなく純粋に先祖返り由来の怪力の凄まじさは、他の貴族令嬢令息たちの前だっただけに周囲の恐慌を招き、華公家令嬢でなければ即刻魔術師団に引き渡されるほどの強い要請があがったらしい。

 そこでご当主様に呼ばれた私が[鑑定]を行い――封魔具で完璧にアリシア様の怪力を抑え込み、さらに成長とともに段階的に増加する各種能力を測定する魔道具を作成して魔術師長様に献上。危険がないことを徹底的に証明して自宅官邸での生活を承認させたのだ。


 獣人由来の物理的怪力になぜ魔術が絡むのかといえば、人の血が濃く、また未発達であるアリシア様の肉体では怪力を御しこなせないため、ほぼ無意識のうちに[身体強化]を使い、ベールのような魔力で全身を保護しているからである。

 つまりアリシア様の封魔具には、魔力と体力で別々の制御が必要なのだ。素材選定と出力調整は私の役目だが、製作には国内最高技術を誇るアルバの魔道技師たちの協力が必須で、彼らはもれなく一週間で死屍累々の有様となった。

 初めての大仕事に、妥協点がどうしても高くなったのだよ、ごめんね。

 

 おかげで、二歳のときに言葉が遅いというユリアン様を[鑑定]した際、『実は前世の四十歳会社員(♂)の意識が残っている』と告白されても、その程度で済んでよかったと本気で思ってしまった。判断基準が壊れすぎた。


 実は――当然といえば当然だが、ジェドも過去に[鑑定]済みだ。それは積極的なものではなく『気づいたことがあれば教えてくれ』という程度ではあったのだけれど。

 その結果、二大極性をもつ彼の魔力制御が中途半端になってしまったことは、いずれ折を見て、打ち明けないといけない案件である。


 ジェドが聞きたそうな素振りを見せたので、アリシア様との出会いについて当時の経緯などを掻い摘んで話す。


「なるほど、二人がなついているはずだ。世話になったな、ありがとう」

「いえ。御礼はもう充分にしていただいておりますので。今は、ただの気晴らし相手として呼んでいただくくらいです」


 アフターケアまできちんとさせていただくのが、うちのギルドの信条なのだ。


「二人を視た鑑定士が、とても良くしてくれているとは聞いていたんだ。二人があんなに打ち解けるなんて、なかなかない」

「恐れ入ります」

「エマもすごく自然だったし……。私に対してと、ずいぶん態度が違わないか?」

「年齢差を考えれば当然です」

「仔犬と言ったくせに……」


 窓枠に肘をついて顎を乗せ、ジェドが分かりやすく、ぷいっとそっぽを向く。

 キャラ変宣言をした私が言うのもなんだが、三年間の学院生活で見せていたクールキャラはどこいった?という感じだ。

 どうもあれは、奥方様がおっしゃるには、従来の人見知りとご当主様との擦れ違いからきた人間不信の上に、『貴族は感情を押し殺すべし』という大叔父上の教えを重ね塗りした結果らしく、素はわりとこんなものらしい。

 気を許してくれているといえば聞こえはよいが、さっき馬車でだらけるジェドに、さすがに貴族令息的にマズくないかと問えば『今さらおまえの前で取り繕っても無駄だと悟った』と言われたので、単に気を張るのが面倒になっただけだと思われる。

 ちょっとは繕え、しつけを早めるぞ。


「その……ひとつ聞いていいか?」

「なんでしょう」

「おまえは私に良い感情を持っていないはずなのに、なぜ……私のしたことについて、取り成したりしたのだ? 事細かに報告をすると言っていただろう?」

「詳細に報告はしましたが、主観は入れておりません。情報をお渡しするのがお役目でしたので、求められない限り私から意見を言うことはないのですよ。取捨選択はすべて奥方様の御心ひとつです」


 あのお二人――特にユリアン様――なら、遅かれ早かれ、細切れの情報から正確な状況を把握するだろうが、男爵令嬢の罪状にしてもまだ確定ではない。99%確信していることでも、事実でないかぎり明言してはならないのだ。


「それとも、弟妹君の前で『十股女に騙されて、卒業式の式典で皇太子が婚約破棄を言い出して返り討ちに遭い、連座で処分を受けた』なんて言われたかったんですか?」

「……身も蓋もないな」

「主観を交えれば、ほとんどの人間はそう捉えます。ですから、みなさま割と厳しい処分を下されたでしょう?」

「ああ。だから、もう少し……彼女のことを悪し様に言っているかと思っていた」

「ご令嬢様方からの評価は散々でしたが、私、それほど彼女を嫌いではありませんよ? 庶民ではよくいるタイプです」

「そうなのか?」

「ええ。典型的な肉食系というやつですね。他人のものに目がなくて欲望に忠実なくせに、策を巡らせても詰めが甘く、嘘をついてもすぐに破綻。複数の相手の捌き方や餌の撒き方使い方、味方を広げるのも下手で、情報統制も敵の攻略法も子どもの浅知恵レベル。見ていてこちらがハラハラするくらい、お馬鹿でかわいいと思いませんでした?」


 一気に言えば、ジェドが心なしか顔をひきつらせて、息をひとつ吐いた。

 

「おまえのかわいいという基準は私のそれと、だいぶ違うと思うぞ……」

「そうですか?」

「そうだ。私の基準では、おまえのした評価は立派な〝悪女〟だと思うが?」

「ジェド。悪女はあんなに生易しいものではありませんよ? もっと陰湿で賢くて情け容赦ないんです。今回のように周囲の反感を買ったり、断罪される隙を作るなんて愚かな真似はいたしません」


 この騒動で一番の悪女というと、元皇太子殿下婚約者のセレスティナ様だろう。繊細な硝子細工のような容姿と華公爵家の権力と人脈と情報網を最大限に活用して、学院を裏から牛耳っていく様はなかなか壮観だった。

 しかも、それらは全部直接言葉に出して命じたのではなく、そっと眉を顰めたり困ったように微笑むだけで、老若男女を問わず鬼のような人数が動くのだ。超コワイ。あの第二皇子殿下が手綱をとれるような相手では、断じてない。

 それに比べたら、モーガン嬢なんてバかわいいと思うのだけど、ジェドは不満そうだ。


「おまえは愚かだと言うが、彼女の成績は悪くないのだぞ?」

「告発文をお読みくださいと言ったでしょう。あれは捏造です」

「では、身分詐称というのも……」

「彼女はブルナー男爵の隠し子ではなく、正真正銘の平民です。ご当主様の手の者が本物の男爵令嬢の死亡を確認しております」

「だが、魔力もちであれば平民を養子にすることもあるだろう?」

「彼女の魔力は貴方の十分の一以下。普通貴族の水準にも達しません。盛っていたんですよ」

「盛って……?」

「平民が時々使う手です。魔道具に相手の余剰魔力を吸収させて、それを我が物のように纏うのです。〝虎の威を借る〟というやつですね。魔力密度の薄いところではすぐにバレますが、さすがに学院ではそんな心配はいりません。しかも、だいたい人は親和性の高い魔力を持つ相手を気に入るという傾向がありますから、取り入るには持ってこいです」

「その魔道具は、母親の形見だというペンダントか。肌身離さず持っていた」

「はい。他人の魔力を扱うのは負担が大きいので、貴族ではあまり一般的ではありませんから、露見するのも遅かったようですね」


 まあ私は一発で分かったけれどね。

 だけどメイドだったので、なかなか外に出してもらえず、モーガン嬢を[鑑定]できずに苦労した。結局、奥方様に用意していただいた図書館に出入りする権利と侍女服一式(立居振舞い叩き込まれ済み)を活用して事無きを得たのだ。


「それほど嘘を塗り重ねていたというのに、神眼をもつフレドとフランは何も気づかなかったのか?」

「これは私の勝手な推測ですが……お二人は分かっていらっしゃったと思います。お二人の過去視と未来視は類稀な精度と聞いております。それゆえ厳重に管理されていたわけですが……外界をあまりご存じではないお二人にとって、モーガン嬢の過去やこれから起きる未来は、かなり衝撃的だったのではないかと思うのです」

「……」

「犯罪者を擁護するつもりはありませんが、平民が身分を偽って上位貴族と皇太子殿下を誑し込み、伴侶におさまろうとするなど、一時の気の迷いでできることではありません。どんなに身勝手なものでも、彼女にはそれを成そうとする強い動機があったはずです。

 センティフォーリアの聖双児は、それを識り――引き起こされる未来を識り――ともに堕ちようとしたのではないでしょうか」

「改心を促すのではなく?」

「お二人の薬物への溺れ方と神眼を失ったということを考えれば、おそらく」


 息を吐き、口にするべきか一瞬迷ったのちに静かに問う。


「貴方も似たようなものでしょう? 彼女の嘘に気づきながら、見て見ぬふりをしていたのではありませんか?

 彼女の抱える闇を感じたから、これほどのめりこんだのでは?」




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