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淑女の休日

 日時:六月七日。目的:休息。

 今日はお休みです。


 日時:六月八日。朝食後。場所:通学路から。目的:買い物。

 静かに渦巻きながら黒々と迫って来ている西の空を眺めながら、いつも通う道をいつもとは違う服で、違う気持ちで歩いてみる。足元に吹く風が、ジーンズに遮られて心地いい感覚がする。

 左へ、右へ。いつも通りに学校へと通う道なりを眺めながら、何を見ようかを考えてみる。切れてしまっている筆記具の芯の補充は絶対に。ルーズリーフを継ぎ足してもおこうかな。それから、ケータイショップを眺めてみたら、後は、好きに眺めてしまおう。

 朝食前に少しの間眺めてみた雑誌のように繰り繰りに変わるから、何を買おうか考えていくのも、考えていかないのも、どちらも楽しみなこと。

 スロープのようになだらかに続いていく下り坂を過ぎたところにあるバス停を見下ろすと見知った姿があるのに気が付いて、手を振ってみる。

 どうなく。こうなく。

 気づかない、かな。

 坂を駆け下りてみて、ちょっと忍び足を作ってみる。

「恵都」

 肩の上に乗っかっている桐の目みたいな髪の毛が見えなくなって、黒目勝ちな目が張り付いたいつも見ている恵都の顔が見えて、そうしてそこには、驚いたような、楽しそうな、不思議な表情が浮かんでいる。

「なになに。島世さんではないですか」

「ええ。島世ですとも」

 何だか少し変な挨拶を二人でやってみる。恵都が響かせた空笑とともに、後ろ頭に右手を当てて、照れ隠しをやってみせた、ような、そう、でもないような。

 とにもかくにもそうなんです。そうです

 私、島世要なのは変わらない。

「で、要。何。要はどこにお出かけ」

「日用品と携帯電話の確認でしょ。それで、後は、ショップを少し廻ってみたいかなと思って」

「んー」

「恵都の方はどこに向かうの」

 最近気づいたことだけど、恵都が相槌するようにうなる時は、興味があるのに話を進めたくないっていうときに多いみたい。

 お出かけ。

 向かう場所。

「スポーツ用品店と、後は、決めてないんだけど、久しぶりに本屋かレンタルショップ辺りに寄ってみようかな」

「それなら今日の恵都はお金持ちだね」

「そうなのですとも、島世さん」

「そうなのですか、徳波君」

 私はそう口にした後で、笑って見せている恵都の傍を笑いながらするると抜けて、バス亭の時刻表を眺めてしまう。

 十時二十分。

 発車時刻を確認して。

「どうしようかな」

「どうかしたのか。要」

「何でも」

 空はもくもくと黒雲が覆ってきているし、太陽は光さえも見せないのに、どこか澄んだような感覚がして、息を吸った後には冷やりとした感触が残って、吐き出す間に今にも天候が変わりそうな気がして不思議な感じがする。

「んー。そうそう。要はさ」

「そうなの。恵都が。意外だね」

 日時:六月七日。十時五分。場所:緩やかな下り坂の先にあるバス停【西坂本】。目的:お出かけ。

 恵都と話を続けてみながら、色々考えていたんだけど。

 そうそう。秘密のノートのこと。

 昨日の夜からおぼろに頭の中に残っていて何を書いていこうか迷っていたんだけど、恵都が口にしていた話から何か気乗りできそうなことが思い浮かんできて少しだけ浮き上がるような気分だったんだ。

 恵都が乗り合わせて、私も、乗り合わせて。

 車内から見える窓の外では曲線を描くように、どこか丸みを帯びたようにも見える街並みが過ぎてゆく。

「次は」

 停留案内を右から左に耳から追い出して、ぽつぽつと空から組み付いて集まった粒が零れ落ちそうな、降出しそうな天気を眺めてみると、手荷物次第で朝から眺めてみた雑誌の方は眺めるだけになりそうな。

「じゃ。島世さん」

「では、徳波君」

 恵都が先にバスを降りた後、揺れる車内で、もう二、三分。空気が抜け出す音と一緒に開く扉から一段、二段と跳ねるような気持ちでもないけど、靴の底がかかるように踏みならして降りると、それからは静かに歩いて回ってみる。

 いつもの場所で、いつもの相談。

 眺めるままに。

 いつもの場所でいつものように買い物をすますと、それからは、静かな時間。CDショップをのぞき音楽を探すふりもやってみる。本屋なんて久しぶりだ。

 秘密のこと。二人きりの秘密。

 秘密。

 音楽には、本には、秘密があるのかな。

 考え込むでもなく考えて、秘密について語り始めた賦星先輩のことを考えてみたり、恵都のことを考えてみたり。

 本を一冊手に取って。

 静かな時間を終えてしまう。

 考え事をしていると時間なんてすぐだ。

「お待たせしました」

 帰りの案内に乗せられて、静かな車内で帯を広げてしまうと、そのまま引き込まれるでもなく、視線だけを本に落として、それから、そう、眺めるままに。

 本なんて久しぶりだ。

 装丁を開いていると昔のことを思い出すんだ。

 確かにそこには賦星先輩が笑いながら言った秘密があったような気もする。

 本なんて久しぶりだ。本当に久しぶり。

「次は」

「次は」

 運転手さんの声とは違って次々とはめくれないのだけど、視線だけは本に落としたままでいてさ。

「次は」

 そうやって次がやってくる。

 到着地点がやってくることを私は装丁を閉じることと同時に気が付いて、慌てたような感覚で降車口から飛び出すように降りる。

「恵都のやつ、見つけられたのかな」

 一人呟くように伸びをして帰路を考えてみると、バスはあっという間に見えなくなる。

 本なんて久しぶりだ。

 黒々としたまま迫ってくる空が崩れるのを見ながら、私は折り畳み式の傘を取り出そうと手荷物を仕舞いながら、バス停から空を眺める。少しだけいい気持ち。それから少しだけ疲れたので肩を落とす。

 曇りのち雨。

 ぽつぽつと降り始めた小雨を見ながらバス停でしばらく雨宿りしたい気分だったんだ。その時は。

 本なんて久しぶりだ。

 バス停に腰を据えると、装丁をめくる。

 私は、何かを待っていたのか、待っていなかったのか。

 ぽつぽつと落下し始めた水滴が大粒のばたばたとした雨に変わってしまった後も、私は、装丁をめくっていたんだ。

「よ」

「む」

 だから、待っていたのかと誤解することになったのかな。

「恵都」

「島世さん、島世さん。何をしているのでしょうかね」

 慌てて閉じた本を手元で遊ばせながら、私は、恵都との会話に少し緊張する。

「いい道具買えたの」

「買えましたとも」

 見せびらかすように徳波恵都が道具とケースをくるりと回すのを目にすると、何だか可笑しくなってしまう。

「それで要の方は。本、読んでいたのか」

「少し、ね」

「そうか。でさ、でさ。この雨だけど」

 バス停から空を指しながら恵都がそう口にすると、その後には、まるで困ったように中で手を振る姿が後に残る。

「傘、忘れてきてしまってさ」

「そうなの、恵都」

「で。要はどうしてどうして。ここにいる。バス待ちの訳はないし」

「本を少しね」

「それで雨の中バス停で?」

「そうなの」

「意味がわからないな」

「わからなくたっていいの。秘ぃ密」

 立ち上がって傘を開く私は、慌てたようにバス停を立ち上がってかけてみる。恵都から距離をとるように、秘密が混ざってしまったような気がして距離を取るように離れてから秘密だって言ってやったんだ。

「あ。おい何。傘、ちょっと、俺はさ。持ってないって」

「それじゃあね。恵都」

 私は、バス停で困ったように立ち尽くしながら誤魔化すように弱まる声を残している恵都に声をかけたままで、わき目も振らずに帰路につく。私は、少しだけ体が熱くなるのを感じながら雨の中を走って帰ったんだ。

 秘密のノート。秘密の物語。

 私がその日に書くことは決まった。決まっている。だけどそれは秘密の話。

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