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私は何に向かって撃つのかな。

 どうしてだろう。今河先輩の集中力がどこかで切れてしまっているのだろうか。湯煙の中で私は、少しふやけてしまった手を眺めながら、嘆息する。お風呂で全文を読んでみたのだけどどうしてだろう。すっきりしない。ある先輩が言ったように煉獄と地獄は登場させる意味が解らない。どうせ空想の世界を登場させるのなら男の地獄冒険活劇にでもすればいいのだ。一旦、風呂場から外に出て台本を投げ捨ててしまうと、私は、思うんだ。明日に生きるしかないのに、昨日に生きるってどんな感じだろうって。私は、どうしてこんな古くみえる話を真剣に読んでしまったのかと嫌になりながら、それでも、今河先輩の冒頓さを思っていたんだ。今河先輩。西部劇のことを口にしていた今河先輩。明日に向かって撃て。私は検索してみてもいいのかもってそう思いながら、髪を洗い、トリートメントをし、体を洗う。洗面台の鏡に映る私の体。少しだけ不満なところもある私。深く見つめることもなく、私は、ぼんやりと写る私の姿を鏡越しに眺めてみる。髪は長い方、だと思う。目は一応二重だ。眉毛は手入れしてないから、少し太い方だと思う。鼻がもう少し高かったらって思う。唇は少し嫌い。もっとぽっちゃりとしていて欲しいような気がする。体は、やせ過ぎなのだろうか。だけど、まだまだ成長期。頑張れ、頑張れ私。だって、だって。そうやって思い浮かべながら、ぼんやりとした私は、ぼんやりと写る私の姿を眺めるのを止めてお湯をかぶる。そして着替え終わるって台本を手に取り、お風呂場を後にする私は、一体、どのくらいお風呂に浸かっていたのだろうか。久しぶりの長風呂だった。

 タオルで頭をなでるようにかき回しながらリビングに向かうと、丁度母さんのお気にのドラマが終わったところだった。きっかり四十五分間。長風呂だった。

「母さん。あがったから」

「はーい」

 母さんへの呼びかけが終わった私は、部屋へと向かう。明日から先、台本に、役に上手く入り込めるかが不安だった。どこかしら、どうしてだろう。冷めてしまった私。男の冒険行を描くには、道具も時間もセットも、そしてたぶん今河先輩の気力も足りなかったのだろうとは思うのだけど、それでも、どこかしら、物語を補完する台詞があればと私は思っていた。私だったらこうする。そんなことが一瞬だけ頭の中をよぎってそうして消える。どうするつもりだったのだろうか。一瞬の閃きは掴めないまま消えてしまう。

 私はベッドに横になりながら思っていたんだ。

 私はもっと有頂天で夢中になるべきなのだろうかって。私はそんなことを考えていた。恵都との関係が進展した、そう進展したんだと思うよ、実際。そう。私は、そのことだけに夢中になって他のことなんか忘れてしまうべきなのかってそういうことを真剣に考えてしまっていた。そう。愛を巡る映画のように。そう映画のように。

 映画。そうだ。

 私はベッドの上でスマートフォンを取り出すと、明日に向かって撃て、で検索してみる。検索し、そしてサイトを探し、ネット上の文章を読んでみる。キーワードは、強盗、雨に濡れても、自転車、そして未来だった。

 それだけの情報で内容を想像するのは少しつらかった。

 きっと、自転車だ。そうだ。自転車だ。近代の象徴だ。それこそ明日だ。それじゃあ自転車に向かって撃つのかな。

 私は、わけのわからないまま、検索し、そんなわけのわからないことを考えて、そして、どうでもよくなって、わけがわからないまま検索を終えてしまう。結局、検索でわかったことは、ただ、雨に濡れてもという曲が素晴らしいであろうことだけだった。

 映画には秘密がある。それは見た人にしかわからないのだ。本だって、漫画だって、ドラマだってそれは同じだ。この世界は全く秘密で溢れている。人が作り出したものだけでもそうなのだから、それ以外のものはきっともっと、もーっと秘密で溢れているのだ。

「バキューン」

 私は、何だかわからないまま、仰向けになって拳銃の真似をやってみると、声で擬音を発してそれから撃った真似をする。

 そうだ。私にも今秘密があるのだ。

 私と恵都。それは今日のことだ。今のところ二人だけの秘密。

「そういえばさ、先輩。何書いたんだろう」

 せっかく横になっていたベッドから重い体を動かして、ぐずる体をなだめすかし、私は秘密のノートを取り出して見る。そこには大学ノートをぶち抜き五段使った大文字で一文字目が書かれていて。

『賦星真知子は今河豊のことが好き、なのかも』

 そうしてその文字は段々と細く小さくなっていき、終わり際にはきっかり一行分しかなくなっていて、『、』の後は一行にも余るくらいの文字になっている。

「先輩はさ。どうしてそう」

 その文字を見ながら、私はなんだかおかしくなる。そんなことは、分かっているって言いたくなる。まるで、子供みたいな先輩。そうして本当に魅力ある大人みたいな先輩。

 そのときだ。ふと思ったんだ。私は古い文句と古ぼけたばかりを集めた台本を書いてしまった今河先輩の気持ちがわかるような気がした。

 未来を見るのである。どうせ、未来的、現代的、なんて言ったところで馬鹿げたことには変わりないのだから、どうせ馬鹿げているならば、きざな台詞を並べて見せれば、その中には一つくらいきらりと輝くものもあるだろう。きっと今河先輩もその一つを見つけたいのだ。今、私が、賦星先輩のあまりに稚拙な文字を見ながら、何かの言葉を思い浮かべようとしているように。一つの輝く言葉を。一つの忘れられないシーンを。一つの、たった一つの賞賛を。ふと、今河先輩が付け足した台詞のことが思い出される。

「可愛いなあ。先輩は」

 私は、くすくすと笑い出しそうになる。私は、一体何に対して可愛いと思ったのだろうか。一体、何のことを考えているのだろうか。なんだか、眠い。疲れちゃった。私は秘密のノートをめくってしまうといつもと同じように文字を綴る。

『私と私の友達が雨の学校で傘は一つ』

 それだけのことを書いて、ノートを投げ捨てた私は眠気に身を任せる。今日はいい夢が見られるといいな

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