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恋のよもやま

 秘密のノートの話をしたのは、部活の後、演技の練習に付き合わせた白鳥先輩が、少し疲れたように、首を振りながら、

「まだまだね」

 と口にしながら部室を出て行った後だった。

 それは、最後まで部室に残ったパイプ椅子の上の賦星先輩とロッカーを整理している今河先輩がいる前でのことだった。

「賦星先輩」

「何。何。何の用。要。それにしても」

「ノートの件です」

「あれか」

「あれです」

 今河先輩を横目で見ながら、賦星先輩が少し照れたように頭をかきながら小声で口にする。

「そのまんまだ」

「そのまんまですか」

「ああ。豊のやつ。別れたらしい」

「見えませんけどね」

「見えないよな」

「からかってやろうかと思っていたんだけどな、あまりに変化が無くて空回りっていうのかな。そうだな、何か拍子抜けしてしまってさ」

「そうなんですか」

「そうだよ」

「何だ。私勘違いしちゃった」

「何だ。何を勘違いしたって言うんだ」

「『別れた』の意味を」

「どう勘違いした。言ってみろ。要」

「例えば、賦星先輩と別れたのかとか」

「はあ。な、何で私が、私が、豊なんかと」

 どこか困惑したようにそわそわと視線を泳がせながら、先輩がそう口にするのを見ながら、私は、おや、これは、と思っていたんだ。

「例えばです。例えば」

「いやいや。ま、無いね。無い、無い。何を言っているんだか。要は。だいたいだ。例えばってことは、他にも何か勘違いしているんじゃないか、要」

「例えばって言えば、今河先輩が男の人と別れたとか考えたりもしましたけど」

「は、はあ。要」

 全く、呆れられた。

「先輩。常識を疑え。推理小説の鉄則です」

「そうなのか」

「そうでもないですけど。それにしても、そうか。先輩。別れたって本当だったんですね。かわいそうな」

 そこまで口にした私は賦星先輩にいきなり口をふさがれてしまって。

「ゆ、豊。どうした」

 ロッカーの整理を終えた今河先輩が賦星先輩の背後に立っていたのは、一体、いつからなんだろうか。

「いや、何やら楽しそうな話に思えてね」

「いやいや。楽しくない楽しくない。いつもの秘密の話だ」

「そうなのか」

「そうなんだ」

「別れた。って聞こえたんだけどな」

「え。何。別れた。そう要のやつがさ」

「島世君が」

「台本にあるだろ別れのシーンが。それで、要がさ、望みの品を持ってきたのにどうして別れてしまうのかってさ」

「どうしても何も、女のことは女の方が分かるだろう」

「いや。私もさ。わからないねって話していたとこ」

「愛なんてしょせん幻想だからな。犬も食わない。だから、幻想は幻想らしく美しく気高く、より高貴に描いてやったのだけど。分からないかな」

「何を言っているんだ。豊」

「いや。何。別れたことは、別れたのさ。それもひどく別れたのさ」

「そういえば、あの別れ際の薔薇が、手に持たされていた薔薇が、私が後のシーンで渡される薔薇と一緒なのか」

「ん。そうだが」

 話の腰を折ってしまうようにすーっと響く、苦しい虫の息の下の鼻で吸う思い切りの息の音。

「何だよ。それ。お古かよ。花くらい新しいのを見繕って持って行けよな」

 賦星先輩はそういって笑うと、私の口をようやく離す。思い切り深呼吸してみる。新鮮な空気って、いい。

「女は新しいもの好きだからな」

「決めつけはよくないぜ。豊。せめて流行に敏感だって言ってやれ」

「あれも劇的効果を狙ったんだが」

「劇なのに劇的効果かよ。うけるけど」

「ま、そういうのと同じだよ」

「同じか」

「真知子の言いようを聞いていると、僕が役するあの男は、女とは別れたくないようになってしまう前に別れてしまって、お古の花はお古の女へ、って感じだな」

「男のご都合主義か」

「いや。たぶん、女のご都合主義だね」

「そうか」

「そうだろうね」

「それにしてもさ」

「何かな。真知子」

「愛は幻想、かな」

「さあな」

 結局、今河先輩はどこから、聞いていたんだろう。それに、別れたのは別れたって本当に演劇のことなのだろうか。私には、全く、分からなかったんだ。だから私、先輩たちが演劇論を戦わせるのを黙って聞いていたんだ。聞いていたんだ。どうしてだろう。私は、時代に合わない台本をなぜ書いてしまったのか。聞きたいような気もしたのだけど、何か二人の丁々発止のやり取りが好きだったんで、口を挟まずにおいたんだ。

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