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夢中な時

「ああ、知るべきではなかった。知るべきではなかったわ。私は、私が、私の、何が悪いというのでしょうか。あのおかしな人と出会ったことが間違いであるというのでしょうか。間違い。ああ、間違い。そうなのでしょうか。間違い。私は、私は、あのようなこと、口にすべきではなかったのでしょうか。違う。違うわ。あれでよかった。あの人には愛しい人が既に御在りになられたのだから。私は…」

 絶望に満ち溢れた声は上手く絞り切ることができたのだろうか。

 長い、長い台詞を合わせるとそこまでだった。

「島世君。OK。OKだよ」

 今崎先輩がその黒い瞳を輝かせるように笑いながらそう言って口を開くと、今日は終わりだ。一体、長い、長い夕暮れ時だった。たった二時間にも満たない時間がどうして、こんなに長く感じられたのだろうか。

「今日は皆、よかったように思う。明日はここまで通しでやってみようと思うがどうだろうか」

 両手を叩いた後、そう告げる今河先輩に向かい賦星先輩はどうしてだろう、今日はなぜなのか、ずっとそうなのだけど、可笑しそうだったその表情をさらに崩したんだ。

「そうだな。豊」

 檀上でスカートをくるくると回し、くるりと一回転してみせた後、先輩は、微笑みながら、こぼれる笑みを浮かべながら、それから、一礼してみせる。

「本日の公演にご来場いただき有難う、って感じだな」

 今河先輩は両手を打った後、その端正な表情を崩して、隣へ控えた壮士先輩へと一言、二言呟いてみせて、それから、賦星先輩へと近づいてゆく。

「真知子のやつ。やけにご機嫌だな。何かあったのか。総士君」

「私に聞きますか」

「君とは同じクラスじゃないか」

「そうですが」

 白鳥先輩はその玲瓏な顔に可笑しそうな笑みを浮かべた後、今河先輩と仲良く並んで、賦星先輩へと近づいてゆく。

「なにかご機嫌だな。真知子」

「お前も、な。断然ご機嫌だよ。豊」

 賦星先輩は楽しそうに今河先輩へと近づくと、それから、その背中をバンバン叩こうとするかのように手で空の空気を横なぎにした。今河先輩がひょいと避けたせいだった。先輩はそれから、二度つんのめって態勢を立て直す。

「真知子さん」

 白鳥先輩だ。賦星先輩へと声をかける。

「今日は演技がいつもと違って勢いに欠けていたわね」

「ん。白鳥か。どうした」

「いつものあなたなら。ああいった焦れた演技はしないわよね」

「どういう意味だ」

「今日はおかしな箇所があったってことよ」

「それは」

「違うかしら」

「違いはしないさ」

「どうして」

「いや。豊の台本通りの女ではさ、どうにもしっくり来なくて」

「そう」「そういうこと」

 二人は私が劇中で感じた違和感について話しているようだった。

 私は、その間、私はと言えば、通り過ぎた嵐の後の晴れ渡った日々のことを考えていたんだ。映子ちゃんと話しながら、今日の峠を越えて少し放心していたと言い換えてもいいかも。

 私は、静かに首を振ると、映子ちゃんの褒め言葉を遮って、映子ちゃんのことを褒めてあげた。お互いに思い、思いやられる。

 演劇部の秘密。先輩と同級生。

 小さな秘密。

 私の秘密。

 私たちの秘密。

 今河先輩が解散の声をかけるまでの間、私は、高揚したような、それでいて、あまりに冷たいような、相反する気分を制御しながら映子ちゃんと一緒に、待ったんだ。

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