第六話 - 月姫小隊
五月十九日
彼ら三人は強襲揚陸艦の作戦会議室にいた。
白い髪の青年は虚ろな瞳で床を見つめ、
ついこの間契約書にサインした若い兵は作戦概要を読み、
青い髪の少女は携帯端末を弄っていた。
彼らが搭乗している揚陸艦は桜都国所有のもので、
現在はPMSC白き乙女に貸し出されている状態だ。
この艦はヘリポート二つと十二門の砲、上陸用舟艇格納庫を持つ。
格納庫には六人乗りの高速上陸艇が十隻、発進するのを待っている。
「なあ、何で俺もここに居るんだっけ?」
その呟きに白い髪の青年、レイズは、
「俺が強引に服装の矯正をしようとして……」
青い髪の少女は、
「私が余計な事を言ったから……」
数秒の沈黙の後、
「アレ? つまり、俺は巻き添えですかね?」
そんな結論が出た。
今回の作戦目標は二つ、
一つ目はセントラ国南西部の沿岸から侵入、
警備隊の基地に駐屯している自称秘匿部隊の五百人をさくっと片付けること。
二つ目はそれが終わった後で付近にいるであろう、
とある”二人”を生死不問でお持ち帰りすることだ。
どちらかと言えば二つ目の作戦がメインとなる。
「何でポジションとか具体的な進行ルートが知らされないんだ?」
カルロは素朴な疑問を口にした。
「作戦開始の三十分前に通知されるよ。
”白き乙女”じゃ当たり前のことだからね」
白き乙女とは桜都国の主要戦力を成す三つのPMSCの一つだ。
乙女の名が付くとおり所属は女性が圧倒的に多く、
睦月から師走までの十二と閏月の合計十三の部隊が中心で構成される。
ちなみにこの作戦に参加しているのは如月隊だ。
「直前まで詳細が分からないってなんか嫌だな。
それにこのとある”二人”って誰だよ」
「どっちともレイズの知ってる人だよ」
「お前は知らないのか?」
少女はむすっとした表情はなり何も言わなくなった。
「なあ、レイズ。誰なんだよ」
「片方は閏月隊の隊長だ」
「はい? 味方?」
「これ以上は聞くな、聞いても俺は答えない 」
それきりレイズも黙ってしまった。
五月二十日 午前八時
セントラ国沿岸への上陸作戦当日。
それぞれに作戦内容の詳細が通知された。
まず、第一陣の上陸部隊が海岸付近の魔法妨害装置、対空砲、レーダーの破壊を行う。
そして負傷者があれば第二陣の飛行部隊が合流。
その後内陸部へ侵攻し基地の制圧を開始。
終わり次第例の”二人”を捕らえることになる。
レイズたちは第一陣の一番最初、切り込み隊に割り当てられていた。
作戦が開始されれば、第一陣の切り込み隊が搭乗する高速上陸艇三隻は一気に行動を開始する。たった十八人での上陸地点制圧。一般的に見ればできるはずのないことだが、魔法士が行うともなればできることの話になる。
高速上陸艇の全面には桜都国を示す桜の模様が描かれている。
さらに上部には機関砲も備え付けられており、
その威力はセントラ国の兵器を容易く鉄くずに変えてしまう程だ。
装甲の強度も桁外れに高く、体当たりで敵艦に穴をあけられる程の硬さを誇る。
そのため本来ならば強襲揚陸艦の役目である”強固な装甲で攻撃を耐え抜き上陸部隊を安全に輸送する”という役目すらをも行える。
それぞれが高速上陸艇に乗り込んで行く中、カルロはぼやいていた。
「これってほとんど決死隊というか……捨て駒的な何かだろ」
「安心しろ、今回は戦略級が参加してる」
「なんだよそりゃ」
冗談はよしてくれ、そんな表情でカルロは言い返した。
戦略級はたった一人で戦局を左右し、
数百人規模の戦術級魔法士(単独で機動兵器を破壊可能な者)をぶつけなければ対処できないほどの実力者だ。
それに、カルロにとっての常識ではブルグントに三人しかいないはずだった。
「如月隊所属の月姫小隊の連中だ」
「可愛らしい名前なのにそんなに強いのか?」
このときカルロは比喩的な意味でとても強い者たちを指していると思っていた。
「答えの一つはお前の目の前に」
「は?」
前の席にいるのは青い髪の少女だ。
「え? もしかして……」
「うん、私。如月隊所属のレイア・キサラギ」
カルロはちょうどブルグント南大陸での事件を思い出し、
口を開けたまま驚きのあまり固まっていた。
事件の内容は青い少女が軍を相手に戦い二個師団を壊滅、
三個師団を全滅させたという現実味のないもの。
そのまま数秒が過ぎ、
『これより全ての上陸艇は自動操縦により沿岸部へと発進します』
そんなアナウンスとともに船体が揺れた。
口を開けたままのカルロは思い切り舌を噛んだ。
上陸艇が順番に海に降り急加速してゆく。体に急激な慣性速度がかかり押しつぶされそうな感覚を覚える。
一気に時速一〇〇キロを超えた上陸艇は波を切り裂いて進む。
船内のスクリーンには外の状況が映る。
やがて防波堤が見えてくるが、さらに加速し強引にぶち壊して突き進む。
まだまだ上陸地点は見えてこない。
船内では左右に並んだ座席にしっかりと固定された六人がいた。
「なあ、レイズ今どうなってんだ?もしかして砲撃の雨でも受けてんのか」
「多分、防波堤を超えたんだろ。これくらいは普通だ」
「防波堤を超えて行く上陸艇のことを聞いたことがないんだが」
「じゃあ今、聞かせた。それにな、
桜都の上陸艇は戦艦を撃沈した唯一の上陸艇だ」
「これもう戦艦の代わりに使っていいんじゃね?」
激しく揺れる船内で男二人は無駄話をして、
女四人は武器の手入れをしていた。
武器と言ってもレイアは自分の身長程もある縦長の青い六角形の板を四枚、
他は剣や槍、鎚矛などこれから銃を使う敵と戦いに行く装備ではない。
まともに見える装備はヘルメットにアーマーとアサルトライフルを持ったカルロだけだ。
そしてレイズは、
「ねえ”今回も”なの?」
「そーだな俺だけ何も支給されてない」
一人だけ丸腰だった。
いつもの長袖シャツにカーゴパンツというまるで戦場に赴く格好ではない。
ほかの女四人もアーマーの類は一切付けていないのだが。
「これ、使う?」
そういってレイアは黒光りする拳銃を差し出してきた。
上陸戦では、拳銃など焼け石に水だ。そもそも撃ってもまず当らない。
「いや、いい。今回は”勝手に”魔法使って戦うから」
「ふーん、何使うの?」
「ランクF、災害級でもぱーっと使いますかぁー」
「そんなことしたらうちの隊長とメティサーナさんがうるさいよ」
「……冗談です」
「その少しの間はなに? 本気でやる気だった?」
そんなやり取りを聞いてカルロはふと疑問に思った。
「魔法ってランクEまでじゃなかったか?」
カルロの言っていることは正しくもあり誤りでもある。
ブルグントでは低いほうからAからEまでのランク付けがあるが、
アカモートではさらにFというランクがある。
これはある一件で災害級と呼ばれるようになっているが、カルロはこのことを知らない。
「それはブルグントでの話だ、アカモートじゃFまである」
「へぇ、知らなかった……うわっ!」
そうこうしているうちに船体が大きく揺れた。
砂浜に乗り上げたのだ。壁越しに銃弾が当たる音が聞こえてくる。
「行くよ」
誰かがそう言い、前面のハッチが開く。
次々に弾丸が飛びこんでくる中、六人は上陸艇から飛び出した。
レイアは四枚の板を盾にしながら手を前に出し、延長線上の敵に狙いを定める。
ただそれだけで敵兵が一人、また一人と消えてゆく。
盾で飛んでくる弾丸を弾きつつ、確実に隊長や通信兵など重要な敵を消し去る。
それだけでセントラの兵の何人かは、現実味のない光景に理解が追いつかず固まり、他は早くも混乱し始めていた。
そんな中レイズとカルロは、レイズが障壁を展開しカルロが後ろから混乱した敵を撃つというスタイルで悠然と進んでいく。
残る三人は残像が残るほどの速度で砂浜を飛び、あっという間に敵陣後方へ回りこみ、敵をさらに混乱に陥れてゆく。飛行魔法の高度設定を限りなくゼロにしたもので、飛ぶというより地面を高速で走っているといったほうが適当かもしれない。
「なんか、敵が可哀想になってきた」
カルロは同情の思いで呟いた。
「いいかカルロ、勝ってる戦いってのは大抵こういうもんだ」
「でもさー」
『ジャマー破壊しました』『対空砲破壊』『レーダー無力化』
続々と耳に着けている無線機から報告が聞こえてきた。
「早いなぁ……」
「よし、行くぞカルロ」
レイズはそう言った瞬間、障壁を破棄して敵兵へ向かって突っ走った。
砂を積んだ弾除けの後ろ側で中腰姿勢だった兵に接近。
すれ違いざまにコンバットナイフを抜き取り、首裏を切り付け一人を倒す。
続けざまにアサルトライフルを向けてきた敵を、柄で殴打して首を折り絶命させる。
「遅れんなよカルロ」
そのまま一人で走って行った。
一人残されたカルロは匍匐前進で弾に当たらないように進んでゆく。
「ちょっと待てよ!! 俺、障壁展開できないんだけど!!」
カルロの得意とする魔法は武装強化系。
例えば銃弾の貫通力、破壊力の強化や刃物類の切断力を増幅したりするものだ。
一番まともに見えた装備ではあったが、一対多数になると一人ではどうにもならない。
「ちくしょーー!!」
叫びながら強化された銃弾を乱射する。
後ろからは上陸艇から降りてきた他の味方が高速で敵に接近し切り裂いてゆく。
次々と敵兵が吹き飛び、血煙が舞う。
彼女たちは皆、一様に軽装備で剣や槍など接近戦用の武器を手にしている。
「邪魔よ、帰りなさい」
後ろからきた味方の女性にすれ違いざまにそんなことまで言われ、自棄になって自分も立ち上がり走り始めたがすぐに撃たれた。
「ああ、ちくしょう。痛えよ」
アーマーを着ていなかったら今頃、右肩は無くなっていただろう。
「これ使って」
後ろから来たレイアに黒い拳銃を渡された。
「ハンドガンでどうしろってんだ!?」
「それは銃じゃなくて魔法の発動補助デバイス」
黒い拳銃はMOSD(Magic Operation Support Device)、
魔法演算補助装置の一種で、レイアが魔法の発動を機械で再現できないかやってみたところ、出来てしまった物の副産物だ。
実際の魔法より自由性が削られてしまうが、引き金を引くだけ、スイッチを押すだけという動作で魔法を発動できてしまう。
使用者が他に行うことは対象をどんな方法でもいいから”認識する”ということだけだ。
ただそれだけで後はMOSDが勝手に必要なだけ魔力を吸い取り魔法を発動してくれる。
ただ魔力がなければ吸われるのは生命力で最悪命に関わる。
「横のセレクターで魔法を選んで引き金を引けばいいから」
それだけ言ってレイアは敵陣へ走って行った。
進路上にいる敵は銃を向け撃っているが、一発も当てることは出来ずに消え去る。
よく見れば青い板の裏側には半透明のパネルがいくつも表示されていた。
あれもMOSDなのだろう。
「はぁ……やってみるか」
カルロはアサルトライフルを背中に回して拳銃型MOSDを構える。
セレクターは、
『安全』
『解析』
『解体』
『分解』
の四つがありカルロはとりあえず『分解』に合わせた。
「引き金を引くだけねぇ……」
疑い半分で近くに倒れていた首裏を切り裂かれた死体に照準を合わせ引き金を引いた。
すると死体が一瞬で塵になった。
「……」
無言で歩き始め、次々と敵を塵へと変えてゆく。
さっきまでのことが急に馬鹿らしくなったのだった。
上陸してから僅か数十分で制圧が完了し、怪我人は二人だけだった。
「カルロ怪我は大丈夫か?」
頭からだらだら鮮血を流しながらレイズが近寄ってきた。
片手に持っているのは敵から奪った、バナナ型の弾倉が刺さった木製ストックの例のやつ。
もう一人の怪我人であり、頭部に七.六二ミリの弾丸を受けている。
「……おい、手当てしなくていいのかよ」
「あー、これな。大丈夫だ、ちょっとヒビ入ってるくらいだから」
見ている側としては頭に直撃してなんで平気なのか謎である。
「一体誰にやられたんだ?」
「黒尽めのナイフ野郎にな。なかなか強かったぞあいつ、
なんせ魔法は避けるし銃弾も難無く躱すし」
「……そいつ人間か?」
聞く限りでは到底人間とは思えない身体能力だ。
疑問に思って当たり前だ。
「多分、人間だろうな。人型召喚獣であんなのは見たことないからな」
「うへーそんなのとは戦いたくないぜ」
項垂れていると先ほどすれ違いざまに文句を言ってきた女性が近づいてきた。
「久しぶりねレイズ、この役立たずはどこの人なの」
「役立たずは酷くねえか!?」
レイズより先にカルロが反論した。
「私たちの戦闘速度に付いてこられない時点で役立たずなのよ」
「あんたらが速すぎるだけだろ、そもそもレイズも付いていけてないだろ」
「彼は関係なくてよ、今は…痛っ!」
レイズが思いきり銃のストックを叩き付けた。
ボキッと音をたてストックは折れてどこかへと素っ飛んでいった。
「華耶、あまりそういう事をするようなら鈴那に言いつけるぞ」
「わ、わかりましたぁー」
力なくそう言って頭を押さえながら逃げるように立ち去って行った。
「今のは…まあ気にするな、ああいうのは結構いるからな」
「あんなのがまだまだいるのかよ……」
ちょうど無線機から『各自チームを組み直し移動を開始してください』と聞こえた。
周りを見ればすでにチームを組み直して移動を開始していた。
「ん、俺らってどうなんの?」
「俺とカルロと……あとは月姫の蒼月、紅月、黒月だな」
月姫小隊は必ず名前に『月』の字を入れることになっている。
小隊員は睦月から師走までの隊の中から二番目に強い者が引き抜かれ配属される。
「アレ? 俺らって主力ってことですかね?」
「そうだな、それとあいつらはいつも魔法で姿を偽装しているからな。
覚える必要はねえぞ」
「偽装? そんな魔法あったっけ?」
「あるぞ、魔法図鑑に乗ってないだけだ。
そもそもイメージのやり方次第で何でもできるのが魔法だ。
キャパの許す限りって条件は付くが」
「てか図鑑に載ってないって、誰が考案した魔法だよ」
「レイアだ。あいつの魔法は桜都の図鑑にしか載ってないし、
そもそも効果が効果だから非公開のものがまだたくさんある」
「そしてなんでそれをお前が知ってんだよ」
そうカルロが聞き返したとき、月姫たちがやってきた。
一番前を歩くレイアの青をそのまま黒に変えたような少女はカルロの問いに答えようとした。
「レイズが知ってる理由? それは覗き…うわっ」
レイズは今度はカルロのライフルのストックを思い切り振りおろす、
しかし黒い少女は寸前で回避した。
「そういうことに関しては一切いうなよ」
バレルを握って振り上げたまま、低い声で言った。
「わかった、わかった、だからそのライフル下ろそうかレイズ」
レイズはライフルをカルロに返して、
「久しぶりだな、やっぱり全然変わらないなお前ら」
昔からの知り合いであるかのように気楽に言った。
「あなたもちっとも変わりませんね」
「ほんとだね、そういえば会うのってメティにボコボコにされて以来だね」
紅と蒼の少女も口々に言った。
紅い少女は見た目一八歳くらいで鮮やかな赤いロングヘアーが目立つ、
手に持つのは遥か昔に使われていたようなロングソードと大盾。
どちらとも使い込まれ、刃も持ち手も磨り減っている。
蒼い少女は足まで届く長い髪で全体的に白く先端だけが青味を帯びている。
手に持っているのはダブルブレードと呼ばれる、
中央に持ち手があり両端に刃がついている剣だ。
刃筋を立てて敵を斬ろうとすると必然的に自分をも斬り裂いてしまうというとても扱いずらそうな武器だ。
「ボコボコにされて死ななかったのは奇跡だよなー」
レイズは昔のことを懐かしんでいた。
「でもレイズが身代りになってくれたから、
今みんなが生きてるんだけどね」
そんなことを言いながらレイアがちょうどやってきて、
今回の作戦に参加している月姫が全員が揃った。
「私が空から支援するから、あなた達はできる限り早くジャマーを壊してね」
「了解です」
「さて、退屈な作業はさっさと終わらせましょう」
「まっかせなさい!」
月姫たちはそう言って、それぞれがバラバラに走って行った。
そもそもジャマーは一定以下の魔法しか妨害できないために破壊せずとも今回の作戦にはなんら支障はない。
「じゃ、お二人さんも遅れないように」
レイアは四つの板状MOSDとともに天高く飛び上がり、
背後に直径三メートルの青色の魔方陣を作り、飛行を始めた。
魔方陣ははレーダーであり、また攻撃、防御、支援の複合魔法陣でもあり、
航空管制機とガンシップのような役目をレイアは担う。
「うっはー! すげーな」
「あいつだけのほうが敵の殲滅は早かったんだがな」
「どういうことだ?」
「味方がいなけりゃ、この辺全部の生物を魔法で消失させるって手段が使えるからな」
「……それ絶対敵に回したくないな」
「だろ。という訳でさっさと追いつかないと後が怖いぞ」
レイズは加速と移動の複合魔法を使い時速六〇キロを超える速度で走って行った。
「ちょっと待てーい! 俺はどうすりゃいいんだー!!」
『走れ走れ、俺は先に行って回収するもんがあるから急ぐぞ』
無線機からレイズの声が聞こえてきた。
周りにはもう誰もいない、一人取り残されたカルロは全力で走り始めた。