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第六十七話 - 主人公の知らぬ間に終わる物語・後

 ドン! と一歩踏み込んだスコールの足は、ネーベルの足の指を踏み砕く。


「ぐ……あっ!?」


 ネイルガンで足を撃ち抜かれる、釘で地面に打ち付けられるような激痛にネーベルは後ろに下がろうとするが、足は縫いとめられている。無駄な移動のための上半身の動き、その反動でガクンと視線が落ちる。

 そこにスコールの拳が振り落とされ、続けて強烈な頭突きが撃ち込まれた。

 魔法専門ということもあってか物理的な接近戦になれていないネーベルは反撃できなかった。上から手で頭を押さえられ、下から容赦なく膝が上げられた。

 ガゴッ! と嫌な音と共に焼けるよう痛みが広がり血が落ちる。それでも意識は落ちない、意地でも手放さない。

 だからスコールも続けた、楽に終わるように。

 右手で握り拳を作り、左手でそれを包む。そして振り下ろす。

 単純な攻撃だ。

 単純で、後頭部という危険な個所への。

 どんな競技でさえ、後遺症が残るからと攻撃してはいけない部分。反則として認定されている急所へと。

 ゴドッ! と。


「がはっ…………あ……」


 ネーベルの体が沈むように崩れ落ちた。

 体がもう動かない。意識が朦朧として魔法のイメージも組めなくなり、次で終わりかと思っていた。だけど次が来ることはなかった。

 ネーベルを無力化してレイズへと矛先を変えようとしたのだが。


「なあ、結局さあ、主人公ってのはいつもいつもなんか都合いいタイミングで援軍が来てくれるよな」


 スコールのそんな声と共に足音が響く。


「で、フリズスキャルヴの継承者である死神とベインが敵に回ると」


 レイズの目の前には二人いた。

 鉄錆色の槍を持ち、アテリアルを従えたベイン。

 大釜を肩に担ぎ、全身黒一色で死霊を従えた死神。


「いや、お前に勝てるとは思ってないからレイズを連れて逃げる」


 ベインは現れて早々に戦闘の意思がないことを示し、レイズを肩に支える。


「で、そっちの死神は」

「レイズの答え次第だ。例のアレは用意できてるんだろうな?」


 死神はレイズを冷たい眼で見下ろしながら聞いた。


「……悪い、まだできてない」

「そうか……スコールの方につくとしようか」

「待てよおい。なんであっち側に」


 死神はそれを聞かずに背を向けてすべるように離れていく。

 敵が増えて味方も増えたが、あちらは少々不味い。今のレイズでは犠牲を厭わなければ勝てるが、話をできる状態程度にまで無力化ともなれば不可能だ。


「一旦逃げる、いいなレイズ?」

「すまんなベイン」



 ---


 そうして二人が逃げていった後。


「で、お前はなんで鎌じゃなくて釜を持っている?」

「聞くな……」


 表面に塗らりとした液体がついている。


「殴殺か……」


 珍しくスコールが引き気味だ。


「……どうだっていいだろ。俺の勝手だ」

「まあ、やり方は人それぞれだし、あいつも殴殺魔だったからいいとするが……。お前はどうするんだ? 全部知ったうえで敵を殺さないという選択はしないだろ?」

「もちろん」


 ゴトンと釜を下ろすと、黒く艶消しされたナイフと青い文字の刻まれたナイフを抜く。


「ただまあ、257回目があるんだろ? だったら俺はそこで終わらせるさ。だから今はお前の”味方”だ」

「今は、ね。次は敵同士かもな」

「勝てる気が全然しねーけどな。っと、これ返しとくわ」


 艶消しされたナイフの刃を持ってスコールに差し出す。


「お前が持ってろ。神も魔も斬り裂けるナイフだ、これからも使う必要がある」


 だがスコールは受け取らず、死神はしぶしぶといった様子でナイフをしまう。

 そんなに長い時間を共にしたわけでもないが、確かに理解しあえる部分はあった。

 どちらも芯は絶対に変わらない。最初にやると決めたからにはその過程でどんなことがあろうとも、最後まで考えの芯を変えずにやりとげる。


「次の世界がどうなるかは分からない。魔法があるかどうかもだ、そしてどこから始まるのかも。それでも折れずにやり遂げろよ」

「ああ。次はお前がいなくても生きていけるだけの力が俺にはあるから」


 互いに視線を躱す。


「それじゃあ」

「俺たちの明るい未来と、レイアのためにでもやりますかね」


 軽い口調で死神が言い、


「だな。分担としてはレイズを無力化する間の露払いを」

「任せとけ、フェンリルと月姫あたりが骨だがやってやるさ」


 やることの確認だけをさっと済ませると別々の方向へ向かって歩いて行った。


 ---


 意識が揺れる。まるで夢から醒めようとしているのに、それ以上浮かび上がることができないように押さえつけられている感覚だ。何度も何度も起きようとしているのに、何度も何度も引き摺り下ろされ上がることを許されない。


「なんだこの感覚……スコールの”巻き戻し”に似てるが……」


 頭を押さえふらついているレイズ。その隣では鉄錆色の槍を磨いているベインがいた。


「なあレイズ。覚えてるか? 俺がお前の力で新たに目覚めた日を」

「ああ。エマープ・ベイン。俺の対極だな。救済メサイア破滅ベイン表裏一体エマープの存在。もとは魔神クラスだったのになんやかんやでかなり弱体化してさ」

「そーそー、魔力属性は俺が青と黒でお前が赤と白。ちょうどお互いを押さえることができるしな」

「何が言いたい?」

「もうお互い縛りあう必要もないだろ? それにこれからはちと本気でやらないとまずい。だから力の縛りを解放しろ、俺がすべての妨害を引き受けてやるから、その間にお前はスコールを止めろ」

「止めるってもなあ……」


 ドュルリと寄ってきた重油……もといアテリアルに餌をやる感覚で投擲魔法を撃ち込む。こいつはなんでもかんでも食べてしまうため、なかなか敵に回すと厄介だ。


「そもそもなんでこうなったか分からないんだが……」

「飛んでいった記憶がまだ戻らないのか」

「……ああ。てか記憶よりもスコールのことだ。あいつやることやったら消えるつもりだとかだったが、ならなんで俺を狙う?」

「さあ? お前がレイアの障害になるとか考えてんじゃねえの」

「まさか……」


 ありえない。スコールの行動理念は単純、自分勝手な恩返し。それだけだ。


「とりあえず、召喚魔法が使えないからアテリアルを最大限に錬成して戦うが、いいな?」


 食らったものに近くなる、それがアテリアル。だが食らったからといってその姿まで似せる必要はない、力だけでいい。戦闘開始と同時に強力な魔法を食わせて『進化』させて、強くなったところでさらに強い敵を食わせていけばその戦闘に限りどこまでも強化される。


「勝手にしろ。アテリアルの契約はお前にあるんだから」

「相分かった、ついでにこの槍の名前、フォスフォロスの意味も教えてくれよ」

「光を運ぶものだ。俺の別名、白い悪魔とかルシファーと意味は同じだ」

「光に執着でもあるのか?」

「これでもフォトン操作が得意でね」

「そうかよ」


 それはもうどうでもいいか、と言わんばかりにベインは作業に戻った。

 槍と言えば突き出したり投げたり、とにかく前に出すもの。そして魔法使いが名前をつけるとそれはそれで付与効果を生む。


「光の槍、か……」


 いままで使ってきてきちんと整備をしていなかったがために、こんな血がこびりついて乾いた色になってしまった。ベインは工作用の背中側がノコギリ状になっているナイフを取り出すと、槍に押し当ててガリガリと汚れを削ぎ落とした。

 魔法や魔術の発動には記号的な意味が要因になるものもある。その一つに積み重ね、それは何でもいい。布を重ねるだとかシリコンスプレーで何十にも覆うだとか。それだけあれば後は術者の意思で効果を設定できる。だがベインはそれの効果を捨てた。

 しかし代わりに生まれる効果もある、包まれた古い殻から生まれ出る。その効果は主に新たな力。


「俺だけでやれるか……?」


 ---


「つー訳で、ここは通行止めだ。通りたきゃ俺を倒してから行け」


 肩に釜ではなく鎌を担いだ死神はそう言った。

 レイズを送り出したベインは独りで周囲の邪魔者を引き付ける。死神がこちら側の援軍を通さないように妨害し、ベインはスコール側の援軍を通さないように妨害する。向こう側でレイズとスコールが一対一で決着をつけるまで、できることならこちらの援軍を通して早めに終わらせたい。


「くそ、思った以上に数がいるな」


 わざわざコストパフォーマンの悪い且つ苦手な広範囲魔法を使って、無駄なカバー範囲を作って通せんぼしつつ、抜けてくる敵と常に一対一で戦い続けている。出てくるのが一般兵の集団ならばどうにでもなるが、それぞれが実力者揃いであり、一対一で互角、一対二以上になれば負ける。

 今は青白い光を放つ槍を片手にベインは召喚獣を相手にしていた。

 召喚者はここにはいない。

 その召喚獣は多くの魔法士たちが『使えない』と言って喚ぶことのない人型召喚獣。紫色の瞳に黒髪、手にする武器はスコール特性の魔装だ。ショートソードの柄の部分を長くしてそこに蓮根状のシリンダーを取り付けたもの。シリンダーにはそれぞれ魔法の刻まれた『弾』が差し込まれ、人差し指と中指で引くトリガーで制御する扱いづらい武器だ。

 だがその人型は難なく扱って次々と連撃を入れてくる。刻印型魔法であるため発動の妨害がしづらく、なおかつトリガーを引いて魔力回路を接続するだけで瞬間にして発動される厄介な代物。


「邪魔だ、どけ」

「レイズが終わらせてくれるまで俺はどかない!」


 人型のショートソードが振るわれ、槍を構えて防御の構えを取る。

 カチッ。

 インパクトのその瞬間、トリガーが引かれてショートソードの刃が赤く光る。


「くっ」


 受けた衝撃自体は大したものではなかった。だがそれが不自然に増幅されて、大地を削り取りながら押し飛ばされる。槍を突き立てて勢いを殺すが、立て続けに猛威が振るわれる。


「フレア!」


 極至近距離での爆破魔法(正確には解放)を放つ。赤色を通り越して白色になった炎が飛び散るが、それはすぐに斬り裂かれてしまう。


「いきなりこんな場所に来て分からないことばかりだが、あいつのためだ、やってやる」


 ヒュオンと槍を振って土を払い落とす。通常の槍と違ってベインの槍は先端に無数の返しがついている。一度刺してしまえば完全に貫いて反対側から抜くしか方法がないものだ。


「青の象徴は守護の力、浄化の力……」

「消えろ」


 振るわれた刃を受け止め、即座に槍を引いて絡めとる。無数の細い返し針はショートソードを放しはしない。


「これなら!」


 ---


「邪魔が来ない内に終わらせるか……」


 スコールの足元には黒い毛の大きな狼がいた。


「さようなら、くだらない世界」


 ポケットから取り出したナイフを鞘から抜いて、頸動脈へ突き立て――


「だめえぇぇぇ!」


 その時、横合いから少女が一人、スコールの腕に掴みかかった。

 さらさらした青いショートヘア、染めたかのように綺麗な青の色。


「……、」

「もうやめてよ! なんで……そんなこと」

「ゼロ……」


 スコールはいつもと変わらない声で言い、


「邪魔だ」


 いつもと違って蹴り飛ばした。

 レイアとそのクローン体には害をなさないと決めていたスコールが。


「きゃあぅっ」


 小柄な体は四メートルと少し宙を舞って地に落ちた。

 痛む体、それでもゼロはすぐに立ち上がって再びスコールを止める。


「やめてって! なんで死のうとするのこのバカァ!」

「…………フォーマットして書き換えたほうがいいか」


 スコールはまたも容赦なく蹴り飛ばす。そして、


駄天使メティサーナ、どうせ見てるんだろ? 少し使うぞ」


 すっと右腕を上にあげ、そこから光の剣を顕現させる。

 魔術ではなく神術。やることが一通り終わったため使わないと決めた燃費の悪い攻撃系統も使う。


「ねぇスコール……なんでそんなにひどいことするの? あの頃は優しかったじゃん」

「全部見せかけだけのエフェクトだ。悪意ある善意が他人には優しさに見えるだけ。いつも言ってたよな、正しく誤解しろと」


 スコールはその悪意ある光を振り下ろ――パシュッ。


「……、」


 カランと音を立てて薬莢が煙の尾を引いて落ちる。


「おいおい何があったか知らねえけど女の子にそれはねえだろ?」

「そっすよ」


 ぽたり、ぽたり。

 血を垂らしながらスコールは意識の矛先を変えた。


「死にぞこないの雑兵どもが」


 PDWを構えるカルロと可塑性爆薬をピン球サイズに丸めた物に信管を刺して持っているジーク。


「どうやってここに来たかは知らんが、とりあえず消えとけ」

「はっ?」

「ちょ、不味いっすよ!?」


 カルロは呆然と立ち尽くしたまま、長大に伸び振り下ろされた光に焼き払われ、回避行動を見せたジークも瞬間で蒸発した。

 何も残らない。なんだって終わるときはあっけないものなのだ。


「……、」

「やめてよ? ねえスコール」

「なぜ?」


 今度こそゼロに向かって光の剣を振り下ろ――ギュインと妙な音がした。


「……またか」

「あんたを止めてくれって頼まれたからな」


 そこにはゼロの前に立ち、銀色の長剣で光を受け止める青年がいた。

 走ってくる音はなく、また走ってきてもいない。気付けばそこに出現していた。


「それに……さんざん俺たちの関係を引っ掻き回してくれた分きっちり清算してやるからなこのクソ野郎!! テメェのせいでみんな死んだんだぞ!!」


 ゴバッ! と地が爆ぜ、片手で振り回すには大きすぎる長剣を二本もって襲いかかる。

 正面からクロスさせた剣戟は、一歩引いたスコールを空振りして地面を叩き割る。大きすぎる動きによって無駄な隙ができた、そこにスコールは光の剣を突き出すが、


「無理か」


 青年に突き刺さる五センチほど手前で見えない壁に阻まれる。障壁魔法だ。それも何十枚も重ね掛けしたものではなく単一の分厚い障壁。

 奪い取るにしては容量が大きすぎて不可能、かといって手持ちの術で破壊できるかと言われたならそれも不可能。レイズに匹敵するほどだが”まだ人間の域”にいる魔神候補だ。

 青年が長剣を上げるよりも先にスコールは飛び退く。


「あんたはなんで平気で他人を騙せるんだよ、あんたがきちんと言ってくれていれば……あいつらが死なずに済んだのに!」

「怒り任せはよくないぞ、と」


 青年の足元から大地に赤い亀裂が広がる。目を焼くほどに眩しいその赤は肌をチリチリと焼き焦がす温度を備え、炸裂した。赤色、破壊の色を纏った陣が展開され、さらにそこから陣の外側へと木の枝のように細い赤の線が広がっていく。


「導爆線と同じようなものか」


 言うと同時、あたり一帯に広がった毛細血管のようなそれが一斉に爆ぜた。爆風がすべてを蹴散らし放たれる熱波で雑草が燃えて消えていく。

 それでも爆炎の中で、もっとも被害が大きいはずの場所からは剣を打ち付けあう音が響き、旋風が視界を晴れさせる。

 二刀流の青年は激しい連撃を叩き込む。

 逆袈裟に斬り上げ、地に突き刺すように振り下ろし、勢いを利用して蹴りを放ち、回避を取ったスコールに魔法を撃ち込んでいく。

 どれほど続いただろうか。いつの間にか意地を張るように青年はがむしゃらに攻撃を放っていた。搦め手を使っても回避され、速度で挑めば最初の一回だけ掠って後は回避されて。攻撃があたらず、そしてスコールがからかうように避け続けるために苛立ちを覚えていた。


「怒りがエスのリミッターを外すか……」

「ごちゃごちゃ言ってねえでいい加減にっ!?」


 上段から振り下ろされた長剣に向かって踏み込んだスコールが、光の剣で長剣を弾き飛ばす。いくら当てるつもりで放ち続けていても、避けられてばかりでは意識の奥深くでは当たらないと思ってしまう。だから簡単に弾けた。

 だがそれで青年が焦りを見せることはなかった。

 スコールが光の剣をもう一度振った瞬間、青年は自分の腕が斬りおとされるとは全く思っていない表情で素手で掴み取って引き寄せる。


「これなら!」

「ふざけた真似を」


 掴まれた光の剣、それを顕現させている術を一度解除して飛び下がって再び発動する。

 それですぐさま袈裟がけに斬りかかってきた青年を迎え撃つ。斜め上と斜め下からの剣戟。カーンッと金属を打つ音が聞こえて一振り、剣が宙を舞った。


「くそっ」


 スコールの顔にほんのわずかな焦りが浮かんだ。相手の剣を弾き飛ばした、ここまではいい。問題は弾き飛ばしたのが剣なのになんで相手の手にはまだ剣があるかということ。それも一般的な重さと力に任せて叩き斬るような代物ではなく、鋭さですっと斬るためのような銀色の刃。


「殺しはしない」


 通常、刀剣は(ノコギリなども同じだが)柄の中に潜らせるか、あるいは板で挟み込んで柄を作って楔で固定して、振ったときに刃だけが飛んでいくのを防いでいる。そして強度的な問題でその構造が当たり前のはずなのに。


「きっちりと生きて清算してもらう」

「……、」


 青年が当たっても一応即死はしない場所をめがけて長剣の中に収納されていた剣を振り下ろす。

 対するスコールは剣のないほうの腕を伸ばし、青年の剣の軌道に干渉する。当たれば確実に死ぬ場所へと。


「テメッ!?」

「バーカ」


 土壇場で殺す勇気が消えたか怒りが一気に覚めたか、青年は直前で止め、スコールは素早く拳で剣を払い飛ばしてまたも距離を取る。


「できもしないくせして生かして相手を捕えようなんて思うな」


 そのままスコールはどこかへと走り去っていく。残されたのは丸腰の青年とゼロ、そして黒い狼。

 青年はすぐに剣を手に呼び寄せようとするが、魔法が発動するよりも先に黒い狼がその体にのしかかる。


「おもっ!?」


 狼は牙を立てるでもなく爪で引き裂くでもなく、ただそのうえで横たわる。二メートル、重量数百キロは人の力ではどうしようない。


「ちょっ、どけってこの狼!」


 ---


 フリーダム。

 自由主義者たち。上下の関係がなければ横のつながりも薄い彼らがなぜ生きながらえているか。しかも明確な所属ないために、非人道的な実験に使われたとしても何も言われない素材になるからと様々な場所から狙われるというのに。

 答えは単純だ、個人個人が圧倒的な戦力を誇るから。単独で一騎当百はあたりまえに地で行き、数が揃えば冗談抜きで連合軍だろうがひっくるめて押し返す……というバカみたいな話が一部では知られている。

 一部、というのは彼らが浮遊都市を根城として神出鬼没であり、遭遇すれば死ぬかあまりのショックに倒れるか、そういう結果だからだ。

 そして今、スコールの目の前にはフリーダム所属の者たちが揃っていた。


「さすがに一人だと全域のカバーは難しいか」


 結局のところ、スコールが目指しているのはとても単純なこと。

 一つ、己の完全なる消滅。二つ、唯一(回数制限があるが)自由に使える魔法で今までに散っていった仲間たちを蘇らせること。

 特に二つ目の発動条件は自分が死んで尚且つレイズの力を弱める必要がある。素直にそれを言ったところでレイズは承諾しない。すでに起こってしまったことの中で死んでしまった事実を捻じ曲げるのは”自分ルール”に反するからだとか。


「さーて、やるか」


 向かう先にはたったの三人、その後ろから続々と敵側の援軍が流れ込んできている。時間が経つほどに不利。加えてスコールが使用している魔法は魔力を使ったものではなく、生命力を直接変換しつつ神力で暴走させたようなものだ。何度までなら大丈夫かは分からない、一度で死ぬかもしれない、もしかしたらまだまだ大丈夫かもしれない。それでもゲームのように数値化されているわけではないため、不安は残る。

 ただでさえ使えないものを最期だからと無理やりに使うだけの代償には安い。現状の処理能力では実現不可能、ならば寿命を削って暴走ブーストして壊れることを前提でやればいい。


「風よ、切り裂く刃と……?」


 略式詠唱を途中でやめたのは、そこから先を忘れてしまったからではない。

 進む先のフリーダムたちがあることをしたからだ。それぞれが手を掲げて一つの場所に並行して術を組み上げる。若干の黄色を帯びた小さな陣が展開され、そこから空に向かって槍が放たれる。

 黄昏色の空にかかる雲に大きな穴を穿ち、空の果てへと。


「……爺か」


 ぽつりスコールが呟き、召喚魔法の発動を終えたフリーダムが話しかけてくる。後は槍が落ちて地に刺されば召喚獣が表れる。


「人為的なラグナロク。本来ユグドラシルに支えられた世界は大破壊ラグナロクによって滅び、そこから世界が始まるはずだった。だというのにお前たちが邪魔したせいでその力は黒い大樹へと変貌した。だが今からでもまだ間に合う」


 今までの”ループ”を知らずに言っているバカだ、とスコールは思いながら聞き流した。


「神々がいないのならば我らが召喚しよう。異界の神を呼び寄せて我らの手でラグナロクを引き起こせばいい」


 その後も聞いてもいないのに勝手にしゃべり続ける者を無視して、スコールはどうするかを考えた。魔力を扱うのならば神様にだって(一対一で限定で)勝てますと言えるのだが、召喚されるものに心当たりがある。


「人型ねえ……弱い代わりに融通が利くとはいえ……」


 ざくっ、と槍が一瞬にして落ちて突き刺さった。それを中心にして召喚陣が形成される。直径二メートル、そこから青白い炎が吹き上がると同時に馬が一頭、続いて槍を支えにして一人が現れた。

 八本足の馬はスレィプニィル、木の槍を片手に持つ髭がボサボサの老人は、


「征け、オーディンよ。ラグナロクを始めるぞ」


 戦の神にして死の神、北欧系の神話では最高神として、そしてもっとも自分勝手な神として君臨する。

 スレィプニィルによる高速移動と必中の槍(グングニル)による回避がほぼ不可能な攻撃。そして袋から取り出すと先端が伸び、一度に十本の矢を射ることができる弩による矢の嵐。勝てるか勝てないかで言えば、一対一なら勝てたかもしれない、だ。


「………………、」


 召喚獣オーディンが槍を振るう。見えない衝撃波が走り抜け、続くようにぼんやり赤く光る黒い紋様が走り抜けていく。ガラスに入ったヒビが広がっていくように、スコールに向かって扇状にという条件のもと不規則に。

 それが足元に迫るとスコールは軽く飛び上がった、ヒビのない場所に足をつけると直立する。

 瞬間、その紋様から無数の黒い刃が垂直に突き出た。

 一つ一つが複雑な魔術、スティールで奪うにしても一つの術で構成されているのではく複数の術で構成されているから奪えない、しかも神力で相殺するには力が違いすぎて及ばない。


「…………、」


 刃が溶けて消えるとオーディンが槍を掲げていた。空を見れば真っ赤に光る魔法の砲弾が降ってくる。

 スコールは一発目を躱すとその着弾地点に踏み込み、二発目を躱すと同じように飛び込んでいく。同じ場所に続けて振ってくるようなものがない。

 時間にして数十秒、数にして百を軽く超える。

 すべてが降り終わると大地は抉れてクレーターだらけの地形になっていた。


「風よ、刃となりて掃え」


 詠唱と同時に風が吹いて土煙を流す。その向こうに見えたのは巨大な壁となって迫る魔力の糸。触れただけで肉体はバラバラに切断されるだろう。


「……、」


 慌てずにクレーターに身を投げる。土で汚れることはお構いなしだ、まだ死ねない。


「……なんでこんなに避けやすいものばかり?」


 疑問に思うのは、あの召喚獣は過去に戦ったことがあること、そして人型召喚獣は召喚者に刃向うことがあること、なによりアレは”理”から外れていることが理由にある。

 ヒュォッと風を押しのける音が聞こえる。上を見れば影が、横に転がっても回避は到底不可能。


「……、」


 巨大な八本足が真横に降り立ち、一拍遅れてオーディンが降りる。

 先端が折れ曲がったトンガリ帽子にボサボサの髭、よれよれのマント、質素な木の柄にルーンを刻んだ穂先がついている槍。まあ神様には見えそうもない。


「爺さん、あんたどういうつもりだ」

「なぁに若造どもに従えられる気など毛頭ないわい」

「これだから神格級の人型は……」


 扱いづらいけど強いんだよ、言わずに立ち上がって、


「ここを頼めるか?」

「いいじゃろうて。もはや我らの世界はあの白い小僧の手で狂うてしもうたからの」

「……それについては後で適当にやれ」


 過去のループで『九つの世界』で大暴れしたのはなにもレイズだけではないが、一番目立っていたからとすべての皺寄せはあちらに行っている。


 ---


 誰がどんな理由で味方になるのか、敵になるのか。

 それは分からないことがほとんどだ。ただ分かるのは、敵として相対した場合は話し合いよりも先に互いの戦闘能力を削り、無力化してからのアンフェアな話し合いで決着をつけること。

 このように。


「やめろ……やめろ、やめろ!」


 レイズは際限なく撃ち出される青い魔法弾を躱し続けていた。目の前にいるのはレイアそっくりのクローン体。寿命がある”人形”ではなく今までのループで生まれた世界の管理端末として作り出した特殊個体。

 さらにスコールの”お遊びクラッキング”とゼロの処理能力によって隷属の術が消え去っているため命令して攻撃をやめさせることができない。レイアと戦っても数秒で負けるというのに、より戦闘に長けたクローン体を相手に勝てるわけがない。


「やめろ個体No.4(フィーア)!」


 ライフル型の補助具から撃ち出される青い弾丸。その一つ一つに籠められた魔法は消失。補助具によって速度を補い、持ち前の解析能力で瞬時にレイズの障壁一枚一枚に合わせた魔法を出力する。

 また一発、避けきれずに命中。

 ぼうっと視界が霞み、黒い靄となって体を包む障壁魔法が減る。どうも無意識に自動生成している魔法の核まで連鎖的に消し去っているらしく、障壁が再生しない。


「わたしはあの人について行くって決めたの。だからあなたは邪魔なの」


 銃口の向きとトリガーにかかった指の動きを見て回避を続けるが、どんなに集中しても永遠に続けられるものではない。


「んのやろ! あんな性格してなんでこんな好かれるかねぇ!」


 答えの出ないことを言いつつも射線から逃れるように横っ飛びに回避する。

 魔法はイメージを開始した時点で形になろうとした魔力のパターンを消され、結果を定義して言葉一つで現実を歪める概念魔術はそもそも世界のルールを限定的に書き換える魔術。

 より簡単に表すのなら、現存する概念を自分の概念わがままで部分的に上塗りする魔術。

 模倣ならばレイアも使うことが可能。

 ならば?

 そのクローン体であるものたちもある程度質は落ちるが使えるということだ。


「情報改変・すべての魔法は――ぐ、づぁっ!」


 いきなりの激しい頭痛に襲われ、イメージした理が霧散する。


「スコールに聞いてない? わたしがやっているのは分解なんかじゃない。現在のルールではすべての物質は」

「分かってるさ……」

「だったら分かるよね、あたり一帯には概念への干渉を鍵にして干渉元を崩壊させるように仕組んである」

「打つ手なしかよ」


 魔法は即座に消し去られる。どんな系統であれ魔法は通用しない、加えて魔術も魔力制御を始めた時点で掻き乱されて形にできない。

 やれるとしても無意識下で常に展開される障壁魔法程度で、これもほとんど消えかかっている。低級な補助具のおかげで一度に一つまでにしか破壊されずにすんでいるが、すべての障壁がなくなれば体の消失が待っている。仮にそうなったところで死にはしない、だが再生することができない。


「さようなら、世界の救世主。今回はなにもできなかったね」

「…………」


 足に狙いをつけられ、後ろに飛ぶ。するとその先の地面が黒い靄を伴って消失し、派手に倒れてしまう。


「やめっ――」


 無慈悲な青い弾丸が着弾する。青色のマズルフラッシュが連続して瞬き、あっという間に体を包み込み守ってくれていた障壁が消えうせる。

 そしてそのまま最後に一発、補助具の射線とレイズの目線が交差して……。



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