第六十四話 - 裏切りへの一歩
「……存外ばれないもんだな」
言いながら歩く、白い修道服のようなものを纏った二人とヴァレフォル。
「けっ、てめーは一応でも第三勢力の長だろうが」
「そうは言うが魔狼は状況に合わせて隊長を切り替えるから長というには少々問題があるな」
大理石のように白い廊下を進むみながら、フード越しにスコールは周囲を警戒する。
行き来するのは白に近い髪色か赤に近い髪色か緑に近い髪色がほとんどだ。レイシス家の三家のもので、それ以外は協力関係にある者たちばかり。
幾度か角を曲がり、廊下を進むと転送陣があり、それを何度も踏んでいくとやがて人気のない場所に出る。
「ヴァレフォル、嘘だった場合はその場で斬る」
修道服の下に隠した使い慣れた刀をカチャッとならす。
「ふっ、きちんと調べてんだ。後はそこの人形にでも視せりゃすぐだ」
人形、の言葉が出た瞬間つい鯉口を切りそうになった。しかしここは敵の本拠であるため抑えた。どんな術が張り巡らされているか分からない、もしかしたら武器を出しただけで即座に兵が転移してくるかもしれない。
「おうおう、そんなにそれが大事か」
「お前がレイズを殺すのは勝手だが、ガードから崩すからと、レイアたち月姫小隊に害をなすという限りは」
「わーったわーった。これが成功すりゃテメェらには手出ししねえ。後は親と子の喧嘩だ」
「今までに何度もあいつらを殺したくせに……よく言う」
その後は会話もなくただただどこまでも続くかに思えるほど長い廊下を進む。
途中、スコールはこれからどうするかを考えていた。
目下最大の脅威はヴァレフォルであるが、こいつがいきなり街中で持ち掛けてきた「レイシス家の方舟計画の要を見つけたから壊すのを手伝え」ということに少しばかり加担することにした。なんといってもそれぞれが喧嘩どころか戦争を引き起こしている原因はレイシス家の計画だからだ。
いずれ”本当の世界”は滅ぶ。ならば滅びを乗り越える方舟を作り出し、自分たちだけが生き延びよう。
そんな計画を知ったから、ヴァレフォルはそれを潰して救済を他の者にも分け与えようとした。
そんな計画を知ったから、レイズは計画の実行者である親から逃げた。
どちらも計画を阻止したい、助けられるというのに見捨てられる者たちを救いたい。根底は同じだが、方法は違った。
レイズは最後に術を発動させるためのカギを遠ざけようと、ヴァレフォルはカギ自体を破壊しようとした。二人とも装置そのものを破壊することは困難だと結論を出したからだ。
カギ、それ自体は魔力と神力の両方を扱え、さらに概念魔術を扱えるレイズ自身。
スコールにとっても自分の目的はレイアの安全確保、且つレイアにとっての幸せな世界というものだ。だから安全確保にはてっとり早くレイズを消し去るのが一番だが、それをすると二つ目の条件に反し、レイズ自体いくら消し飛ばしても新たに”世界を創める”たびに復活しているものだからできない。
だからとこの話に乗った。
「おいガキ、おめーのやりたいことってなんだ」
「レイアへの勝手な恩返し、それだけだ。どうせ死んだ命なんだ、どうやって使い捨てようが悪くはないさ」
「へっ、結局争いなんてそういうもんか」
「誰かを、何かを護るために、か」
正義の反対は正義。
誰も彼もが自分の思う正義のために戦っている、それが他人からは悪に見えるだけで、それがなによりも大事なことで、それが希望で。
「んでだ、そのあとぁーどーすんだ」
「後二回。一回分ですべての情報を削除して、全員を本当の世界に」
「何のすべてだ?」
「…………」
「おめーに関わるすべてか」
ヴァレフォルが言った一言にスコールが頷き、フードで顔を隠していたゼロは……気づかれることなく震えていた。
「当り前だ。そもそも違う世界から来たんだ。異分子はきれいさっぱり消え去るのが普通だろう」
「この”偽世界”の本当の世界で生きる気はねえんか」
「ねえよ。歪な歯車を押し込んでもまわり続けるが、それはどこかに不要なものを残す。だから消える」
「それで大事なやつを悲しませ……あぁ、そのためにか」
「そういうこった」
そうして話しながら進んでいるうちに巨大な扉が見えてきた。
高さにして二十メートルはくだらない。真っ白でどうやって開けるのかが分からないほどに巨大だ。そんな扉の前に黒い点があった。近づいていくとそれが人であると分かり、片手には見覚えのある杖が。
「ネーベル、なぜここにいる」
「その前にさ、やっぱり君って自殺願望あるわけ? なんでそんなに人から離れようとするの? 最初の時だって君は一人だけでいたよね」
「……必要とされるからそこに居場所ができる。なら必要とされないものは消えるだけでいいだろ?」
「やっぱり、君はいつだって独りだ。人が寄ってきて囲まれるけど、絶対に近づけさせないための壁を何重にも敷いてる」
コツンッ、杖が打ち鳴らされると黒い穴が開き、ネーベルはいなくなった。束の間の静寂が寂しく思える。
「ヴァレフォル、一応聞くが外はどうなってる」
「俺様の部下とホロウ、レイシス家、レイズ派、ラグナロク隊、紅龍隊、浮遊都市、ほかにもたっくさんの勢力がぶつかりあってるぜ。魔狼まで入ってきたら混沌と化すな」
「そうか、まあ魔狼は利益のない戦争には割り込まないから大丈夫だろ」
歩き出した彼らを見つめる視線がいくつかあった。
それにスコールだけは気づいていたが、あえて無視を決め込んで扉に触れる。
「これは?」
「実はな、ドアっつうもんは押すか引くかって思われてるからそこをついて上に持ち上げるってわけでよ」
取っ手らしき部分を掴んで上に引くとガタンと音がして巨大な扉の一部が開いた。
「いくら盗賊やってる俺様でもこれには悩んだ。押してダメ、引いてダメ、鍵穴も魔法錠もねえってな」
「あーはいはい」
どうでもいいと流しつつ、スコールはそこから中に入った。
どう見ても空間配置を無視した光景だったが、それを気にせずに進む。
「うわぁ……なにこれ、星空の中ぁ?」
言いながらさりげなくスコールに近づくゼロだったが、華麗に回避されてしまう。
「概念魔術か空間魔術だろ? 世界の外側、無の領域に定義を塗り重ねて空間を作るやつ。中継界と同じだろう、ただ繋がっている場所が限定されるだけで」
地上に明かりの一切ない夜空。そこに白い半球上の浮遊島を浮かべ、何に使うのか分からないほどに大きな魔方陣を描いた。そんな場所だ。恐らく空(?)に浮かびあがる星々はここと同じような浮遊島だろう。
「で、これか?」
「あぁまちげえねえ。軽く読んでみたが多重魔法陣だ、迎撃術式まで書き込んであるたいそう厄介なしろもんだぜぃ」
「ところどころに置いてある本は追加の”ライブラリ”のリンクか」
触れようとすると即座に小規模な魔方陣が浮かび上がり、雷撃が飛び出す。
「ゼロ、一応確認してくれ。終わったらそのまま破壊まで、その間のガードは引き受ける」
「おっけー」
軽い返事で魔方陣に触れて解析を始めるゼロ、その周りに即座に迎撃術式が浮かび上がる。
「ブレイク」
一言。スコールが放ったその一言で展開されつつあった術式がまとめて吹き飛ぶ。暴力的な破壊だ、魔力を圧縮した砲弾とでもいうべきものを感覚的に生成して撃ち込む、スコールが使える魔力操作。
あくまで魔法が使えないのであって魔力自体の操作は可能だからこそできる技。
「少ないな。魔方陣も魔導書も記述量の多さがそのまま効果に直結するはずなのに」
「それだけ本命にリソース割いてんだろ」
「ん」
唐突にヴァレフォルに腕を突き出す。
「なんだその手は」
「紙をよこせ、気付かれる前にこっちも迎撃術式を用意する」
受け取った紙面に印を書き込んでいく。
「しかし……魔方陣で書くより魔導書のほうが場所も取らないし防護も簡単なのになぜ……」
「連中の趣味か、それとも組み込み型でリンクを用意する空間が必要だったのか」
「分からんことに考えを向けてもどうしようもないな」
そちらの思考をシャットダウンしながら手元の紙へと書き込み続けていく。
場を区切る第一に円。
方向性を定義する第二に紋様。
効果内容を明確にする第三に文字。
さらに付け加える効果として第四にルーン。
「はあーあぁ、初期の魔方陣は単純だったのによぉ、いつからそんなに記述が増えたかねえ」
「さあ? ただフリーフォーマットで言語も術者が理解できるものならなんでもいいから楽だがな」
例えばそれが個人が作り上げた暗号文字だった場合は解読に時間がかかり、迎撃術式の生成に時間がかかる。そんな風に使う側、受ける側でメリットもデメリットもある。
「プログラムとおんなじだ。言語で定義した意味の出現する順番、それだけで書き上げるという共通ルールがある」
「パターンか」
手元で出来上がっていくものは刻印魔法の陣。頭の中で魔方陣を組み上げながらそれを刻印魔法の形に変換して書き記す。一列目、二列目、三列目……刻印はラダー図のように階層を増し、魔方陣で考えるならばロールケーキのように同心円状に文字が増えていく。
「結局、円形に書くか横書き縦書きどっちでもいいから書いて図形を重ねるかだな」
「魔を制する者にとっては基礎だ、いちいち言うんじゃねえ」
「はいはい」
しばらくするとスコールが書き込んでいた紙はインクで真っ黒になっていた。もはやなにが書かれているのかは分からない。だがそれでもいい。読めなくても内容を覚えてしまっているから問題はない上、もともと”普通の魔法士”の考え方でいけば読める読めないよりもどういう風に陣が重ねられているかの方が大事だ。同じ面で何度も印刷機に通すと当然のように読めなくなるが、そこに記述された内容は変わらない。
「来たぞ」
付近に見慣れた転移魔法の出口となる魔方陣が展開される。
「ちょっと早いな、二十秒でいいから稼げ」
「おめーに指図されたかねえんだがな」
口ではそう言いながらも召喚魔法を詠唱なしに顕現させる。この”世界”で適用されているかは分からないが、大抵の魔法には暫定時間がある。
エクトプラズム。
外世界の物質、半物質、確定されていない不安定な状態。
そんな状態がある。その状態、確定前ならば召喚魔法や物質を創り出す魔法は極端なまでに強度が落ちる。
「来たれ、世界に嫌われ存在を否定される闇」
軽く腕を振るうと白い床から、どこにも隙間などないはずのそこから瘴気が噴き出す。次いでのそりと顔を覗かせるのは虚ろなる存在たち。黒い影のようなそれらは一斉に飛び出すとヴァレフォル、ゼロ、スコールを護るように囲む。
外側に顕現するはアルクノアの召喚兵たち。いずれもが赤い布と白い布で全身を覆い、鉄爪を装備した不気味な集団。
武力を交えようとしたその瞬間、あちら側から、
「待ってください! 私です! ヌルです!」
と、その叫びが交戦開始をすんでのところで止めた。
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「いいだろう、その案乗ってやる」
数分経って、いまだに解析を続けるゼロの近くで各陣営のものは対峙していた。
レイズ配下の召喚兵団、ヴァレフォルとその配下、スコールと刻印魔法で召喚したガーディアン。
あちら側が提案してきたのはとても簡単で危険なアイデアだ。外で騒ぎを起こして注目を引きつけて、この場での破壊工作をばれないようにするというもの。
騒ぎと言っても現在レイシス家への直通ゲート前には大量の戦力が展開され、それに合わせるようにレイズ配下とさらに別の大戦力が展開されている状態だ。そこに乱入してさらなる騒ぎを引き起こすというのだ。
「俺様はまだばれちゃいねえから内部で迎え撃つとしてだ、テメェどうする」
「正直ゼロだけ置いて行くのは不安だが……外で暴れてやろう。向こう側の戦力を押し返せばレイシスの戦力も遠くに行くしな」
そんなこんなで二人だけで屋敷を抜けて、外縁部のゲートを踏むと戦場に転移した。
見渡す限りに色のない世界。灰色の砂と岩と、黒い木の枝があるだけの世界。そんなところにも魔法の色だけはあった。すでに交戦が始まっている。
「ヴァレフォル、もしこれが仕組まれたことだった場合は容赦なく消すぞ」
「殺すじゃなくて消すか。まあ安心しやがれ、俺様としてはあの計画さえ砕けたら後はレイシス家を潰すだけだ」
「潰す、ねえ。それがほんとなら、257回目で仲直りして頑張れよ」
「けっ、テメェに言われたかねえよ」
とんっとスコールの肩に手を置くと、
「生きて帰ってきやがれ、そしたら最後まで邪魔してやる」
「そうかよ、だったら全部終わった後で殺しあおうか」
互いに顔を合わせることなく、別々の方向に歩き始めた。
「「じゃあな」」
最後の一言。
スコールとしては、ヴァレフォルの言ったことが真実と仮定した場合は、もうやるべきことは一つだけだ。




