第六十三話 - 101へ向けて
レイズは久々の強制転移で光あふれる世界に来ていた。
「……いつ来ても嫌な場所だな」
転移早々所属不明の天使たちによる熱烈な歓迎を受け、否応なしに交戦。いくら下級天使といえど、天使の得意なフィールドで神力に満ち溢れた清浄な世界だ。体中に痺れる感触を強く感じ、魔法も魔術も全く使えない状況下で神術を行使して応戦し、召喚兵を作り出して仮拠点を築き上げたレイズは改めて周囲を見渡した。
燦然と輝く大地にはよく整備された石畳の広い道が一本。大気は神力に充ちていて魔力が全く存在せず息苦しく思える。どちらの力も扱えるとはいえ、どちらかと言えば魔力寄りであるためここは居心地が悪い。
かつてこの場所で戦争をした際は数に任せて魔力障壁を張り巡らせらて戦ったものだ。
「おうおう派手にやってくれたなあ」
辺り一面に倒れ伏す天使たちを見て、ようやく知っている天使にあったかと思えば開口一番にその言葉。周囲には新たに音もなく出現した天使たち。レイズはガントレットつけた状態の構えを解いて向き合う。
「いきなり襲ってきた連中を片付けただけだ。どういう教育してやがる、これじゃ殺伐とした魔王軍と変わりゃしねえぞ」
「なに、第九位の人形だ。プログラムされた行動を忠実にこなすだけの”もの”だ」
「レキエル……今の天使の情勢はどうなってんだ」
「なんだスコールから聞いていないか」
警戒を解かずに天使は石畳を歩き始める。神力を宿して空を舞うための翼を使わない理由はいかに。
「ついてくるがいい。浮遊島で待っている者がいる」
そう言うと一歩踏み出して、姿が消えたかと思えば数十メートル先に姿を現してはそれを繰り返して遠くへとレキエルと呼ばれた天使は進んでいく。レイズは頭の中に過去の情報から地形を思い出して、今の状態と比べながら走って行った。
念のため仮拠点には召喚兵を置いて行く。本人としてはあまり好ましくないことだが、召喚しているものはアルクノアの召喚兵と同じ赤と白の布で覆われたものだ。それが数を揃えて召喚するならばもっともやりやすいから。
一時間ほど走った頃だろうか。空から神々しい色に輝く羽根が降り始め、進む先に石の階段が見えた。横幅は五十メートルほどで見上げれば先が霞むほどに続いている。
「行くか……」
一歩、階段に踏み出した途端に皮膚が焼けた。強すぎる魔力が体に悪いのはもちろん、神力も同じだ。
レイズは焼ける皮膚をより強力な再生術式で、損傷を治癒で覆い隠して見掛け上なにも起こっていないようにする。長い長い階段を上り終えた場所には多数の天使たちがいた。
獣の姿をしたもの、人の姿をしたもの、人と獣とが混じった姿をしたもの、複数の生き物を混ぜ合わせたような最早モンスターと呼んでもいいほどのもの。その中でも一際目立っていたのは一対の翼を背に携えた蒼い鎧の天使だった。
翼が一対、つまり二枚だから下級天使かと言えばそうではない。下位でも複数の翼を持つ者がいれば上位でも翼を持たない者がいる。天使の輪についても同じだ。天使=翼と輪っかがあるというわけではない。しかし一般的には上位に行くほど複数の翼と輪を持っているため、そう思われるのは仕方がない。たとえばルシフェルのような最高位の(元)天使など。
その天使は飾り羽のついた兜で顔を隠し、手の先足の先まで防具をしっかりとつけて腰のあたりに二振りの剣を携えている。
「エクレシア……アプレィエル? いや、蒼だよな?」
「そうだよ……今の私には”人”としての部分は残ってないから」
「人として……」
そのヒントでスコールが言った”邪魔だから殺した”の意味が分かった。
殺すことの意味は”生命を活動を絶つ”か”抑え込んで機能させない”こと。人としての成分と天使としての成分が入り混じった状態では本来の力が使えない。それはレイズ自身も身をもって体験していることだ。だから、どちらか片方、強い成分を残すことで戦力の増強を図ったということだろう。
「お前はそれでよかったのか?」
「うん、人に恋した天使は堕ちるか専属の守護天使として契りを交わすしかないから」
「……よくもまあスコールが受け入れたな」
言いながら蒼月の背後に控える知っている天使たちにきつい視線を送る。するとそれぞれが素知らぬ顔で余所を向いた。
レイズが知っている限りでは、スコールは強引に迫られたところで応えるような素振りでちょっと暴力的な否定をして、そういうことはしないようなやつだ。……知らないところでは押し倒されてやられているが。
「無理やりか!?」
「さ、さぁーってなぁ? 我らはただ神力で消し飛びそうだった魂を偶然見つけて偶然引き寄せて偶然押さえつけて肉体を再生したら偶然あやつだったわけで、偶然押さえつけたら偶然こいつがアレをアレして上に跨ったら偶然アレしちゃって契約が結ばれちゃっただけすよー……」
「偶然多すぎだろ! それ同意した契約じゃねえからすぐにクーリングオフ適用しろ!」
「一度結ばれた天使と人の契りは死が二人を別つまで永遠に続くのだよ」
「…………」
レイズはこの時、頭の中で悪魔と天使、どちらが厄介かと思い浮かべて一瞬で天使だと答えを確定させた。
例を出すまでもなく思い浮かぶのは上下だぼだぼジャージの堕天使メティサーナだ。使えるべき主がいないにも関わらず単独で自我を保つことができ、しかも天使のやるようなことではないことをやっている。魔法を使ったり、面白半分に呪いをかけたり、レイズに対してストレス発散もかねた嫌がらせをしたり、都市を管理していたりと。
それに比べれば最初期からの付き合いである悪魔たちはきちんとした契約さえすればどれほど誠実で裏切らないことか……一部除くが。
「も、いーよ……俺は」
振り返りながら一歩踏み出したところで地面が揺れた。
「地震?」
「浮遊島で揺れるとなれば崩壊しかあるまい」
揺れは次第に激しくなり、天使たちは浮かぶことで、レイズはとりあえずしゃがんで次のアクションに備える。
「この世界の管理者は誰だ?」
「お前が消し去った神だ。ここはお前らの言うところの管理外領域にあたる」
「つーことは侵入者がいても分からないってことかよ」
悪態をつきながらレイズも浮かび上がると、神力を用いた索敵術式を編み上げて発動する。魔法や魔術と違って世界そのものを捻じ曲げるのではなくあるべき形を参照するだけのもの。脳裏に浮かび上がる映像は偵察衛星から眺めるようなものではなく、複数の焦点を持つ楕円体でもなく、ただリレーションを、ただ0と1の羅列にも似た生データそのものを独自解釈した他人には理解できないものだ。
「…………」
結果、その索敵に引っかかったのはある意味ここにいておかしくはないというか、いてもらっては困るというか、そんな者たちだった。
「レイズ様ぁぁぁーーーー!!」
「あーあぁまったくもう、なんで僕が……」
浮遊島の真下にイーサの出口を無理やり開けて、そこから岩盤を突き抜けながら出てきた白月をさっと躱す。彼女は勢いよく撃ち出された砲弾のように、煙の代わりに土埃の尾を引きながら勢いが余りすぎて空の彼方へとそのまま飛んで行った。
「で?」
「いや、ちょっと厄介なことになったから手伝ってほしいなー……なんて」
いつになく弱気なネーベルからそう言われ、少し考えた後。
「いいだろう」
「じゃあさ……時渡りの魔法を僕にくれないかな」
「なにをする気だ? あれは俺としては使わないと決めた系統の一つだ」
「……ユグドラシルがさ、ちょっと逆方向の黒い大樹になっちゃったというかやっちゃっというか……ほっといたら世界が壊れる……から、過去に戻ってある程度被害を軽減したいなって」
なかったことに、と言わないのはできないからだ。すでに定義された運命はどうやっても変えられない。変えられたとしてもせいぜいがその原因か程度、そしてそれからつながる運命だ。皿が割れるという運命があったとして、割れた原因は落とした、ぶつけた、経年劣化、なんにせよ様々だが割れたということは変えられない。
「…………原因は?」
「クズ野郎の一派とレイシス家かな。ちょっと威力偵察がてら突っ込んできたけど召喚兵や召喚獣を入れると数十億は軽くいたよ」
「少ないな」
昨今どれだけ大規模な戦争になろうとも一千万いればいいほうだが、単位が万から億に変わって少ないと言えるのは理由がある。
一つ、銃や砲の撃ち合いではなくそこに物理法則を捻じ曲げる魔法や魔術が入ってくるからだ。運搬のコストと言えば、最低でも人を一人運ぶだけで多くともそれぞれの補助具を運ぶ程度であり、重くかさばる砲弾や弾薬よりも魔力がある限りいくらでも使える砲台を運ぶようなものだ。
二つ、こちら側には範囲殲滅、広域掃射の術の使い手が数多く揃っているところにある。いずれも”今は”全力を出せず、発動にも通常魔法より時間がかかるが一撃で軽く天体を破砕できるだけの威力はある。時間がかかるのはその威力を抑えるためだ。
三つ、召喚兵や召喚獣は魔法絡みで呼び出されたものであり、スコールがいるとそのままこちら側の戦力として扱えてしまえる点だ。少ないと言ったのはそれら召喚系のものを除いた者たちの数でだ。
「君ねえ、僕らの実力で考えてよ。一度に十体使役できたらもう天才クラスなのにあっち側は一人が数万体一度に使役するんだよ?」
四つ、単独であれば不死身のレイズがゾンビアタックを行うことで延々と消耗戦を仕掛け続けて……。
「なんで。レイシス家のやつらは基本単独で戦線を維持することができるやつばっかりだ。とくにロイファーあたりは他人の術式を解析して自分用に組み直せるくらいだから一度で仕留めないと後々勝てなくなってくる。そんな奴らばっかりなんだからお前らの基準で考えることから無理」
「そういう君だってもとはあっち側の人間だっただろうに……」
「”もと”な。今は人間やめてレイシス家とは敵対状態だ」
遥か輝く空を見上げると、遠くにターンして再び接近してくる白月が見える。恐らくマッハいくつかになっているが、直撃すれば艦砲射撃を喰らうのと同じ程度にはなる。
「とりあえず、そっちに行くとしよう。状況次第なら俺がなんとかできる」
「それじゃあお願い」
レイズの後ろにいる天使たちを見て、ネーベルはそちらにも声をかけた。
「ラグエルにレキエルだったかな、君たちも手伝ってくれないかい」
その後、一悶着あったレイズたちは中継界へと踏み入った。
行先は大樹ユグドラシルに支えられた九つの世界。
時空嵐やひょんなことから異世界転移した者たちがなにかと流れ着く場所で、時折り地形ごと転移することも過去何度かあったために、剣と魔法に銃と旧式戦車などなかなかごちゃまぜなことになっている。
アスガルド、アールブヘイム、ヴァナヘイム、ミズガルド、ヨトゥンヘイム、ニダヴェリール、スヴァルトヘイム、ニヴルヘイム、ムスペルヘイム。
いずれも大昔にレイズが一騒動起こしたことがあり、友好的でないところは数多く存在する。
想像を絶する巨木の枝の上に岩盤があり、海があり、陸がある。そのような形で三層からなる
「一応聞くけど、時間軸のずれはないだろうね?」
「さあな? 世界を超えるためには中継界を抜けるのが簡単だが、過去に出るか未来に出るかは分からない。とくに俺みたいにあやふやな存在だと一緒に転移して一人だけ変なところに出る可能性が高い」
「言うと余計に起こりそうだよね……」




