第六十一話 - ブルグント南東海域 〉〉 馬鹿二人
魔法士。
過去の”大戦”で使われた量子兵器の影響で空間に穴が穿たれ、流入してきた異邦人とともに広がりを見せた魔力を操る者たち。魔力を操り世界を騙し、今ある事象を望む形に創りかえるか創りだす。とは言っても”魔法”という通常の魔法使いが成し得る範囲の事は創りかえる方だ。
例えばそこに水素と酸素があったとしよう。魔法による詠唱で自動的に発動された術が水素爆発を起こすか、それとも燃焼の過程をすっ飛ばして水分子に創りかえるか。
そこに何かあるからこそ創りかえるということができるのだ。だから、何もなければ、改変の対象がなければ通常の魔法士は何もできない。
そして創りかえられる程度、一般的には自身の魔力総量として認知されているが、適性や価値、術の強度、などによってランク付けされている。
AからFまで、そのうちFランクは別名”災害級”。
これに含まれるのはアカモートの関係者たちで、メティサーナ(本来魔法や魔術を使うべき存在ではない)、レイズ、月姫小隊(すでに小隊規模の人数はいないが)、ネーベル、他数百名だ。
ちなみに今ここにいる魔法士、カルロは死亡扱いの為ランクがない。
しかも使えるのは武装の強化と火属性系統だけだ。かなり偏っているため、そしてほとんどの者が使える障壁魔法を使えないため戦闘技能面で見れば一般兵の武装で余裕でカバーできるほどの戦力にしかならない。
相当使えない野郎ではあるが、そうそうダメなわけでもない。強いて言うのなら運が良い。
極地での戦闘で死亡扱いにされながらも運よく拉致されて生存し、桜都での市街戦ではこれまた運よく拉致されて生存し、さらにラバナディアでの戦いでは運よく拉致されて生存、さらにさらに海上戦では運よく生き残っている。
恐らく一生のうちに使える運のほとんどをもう使い果たした言えるのではないだろうか。
なにせブルグント南大陸のほとんどを消し飛ばすという惨事に巻き込まれて、いざ目覚めてみると訳の分からないところにいたのだから。
「…………どこ?」
「知らねえっすよ」
辺りには光を放つ透明な石があちこちから突き出しているため、そう暗くはない。
ただ出口らしき場所が見当たらないのだ。恐らくさっきまで下半身が浸かっていた水場、それが入り口であり出口なのだろうがどれほどの深さなのか分からない。なによりなにがどうなってこんなところにいるのか、そこから分からないのだ。
「なあジーク、俺らってなんでこんなところにいるんだっけ?」
「大陸が吹き飛ばされてその煽りで空母から落ちて……っすよ?」
とりあえずここで突っ立っていても仕方ない若すぎる軍人二人は洞窟? の奥へ向かって歩き始める。
湿度が高くひんやりとした空間に二人の足音が響く。海水に揉まれているうちに装備が落ちたのか、拳銃とジークのプラスチック爆薬のみというなんともアンバランスなものだ。いつものライフルなどがない。
そして、何と言っても忘れてはいけないが、この世界――――普通に魔物がいる。
そこらの野生動物よりも遥かに恐ろしく、生物にとっての”必要な進化”の範囲から大きく外れた姿形をしているのだ。そう、ちょうど進む先の角から姿を現した不気味な獣のように。
「キマイラ……!?」
「いや、違うっす、あんなの見たことねえっすよ!」
獅子をベースとしたような魔物だ。後ろ足で立ち、前足はカマキリのようなカニの足のような何とも言えないもので溶岩のような煌めきを見せる。背中からはくすぶる炭のような色の翼を生やし、背骨のラインに沿って甲殻類のような皮膚がある。
「カァァァァ……」
開かれた口からは灼熱の白い吐息が漏れ出す。壁面に生えているコケが瞬く間に変色してぽろぽろと落ちていく。
「や、やばくねっすか……」
「だだ、だよな……撃てねえし」
こんな狭い空間で撃てば反響した音で耳を傷めてしまう。そのため爆薬など論外。
「「…………」」
後ろは行き止まりだと分かっている。前には進めない。
つまり逃げ道なし。
「どうするっすかぁぁ!!」
「どうしよーもねぇー!!」
わずか十秒の全力疾走、命の危機のためかいつも以上に速度がでていたのだが正体不明の魔物はしっかりとついて来ていた。
「いぎゅぁああああーー!! 終わったぁーー!! 俺たちこんなところで食われて終わるぅー!!」
最初の水辺に戻ってきてみれば、水の中からも同じようなのがわらわらと……。
どうせ死ぬならと、二人とも拳銃を抜いてスライドが下がりきるまで全弾撃ったが強靭な皮膚というか甲羅というかに弾かれて効果なし。最終ダメージは二人の耳鳴りだ。
「あ、あはははっ、ははははははははっ! ついてねえよなぁっ!!」
「そっすねぇーー!!」
ついに完全に死ぬ気になった馬鹿二人はプラスチック爆薬をそれぞれ手に持ち、信管を突き刺した。
「あばよ相棒あの世で会おうぜ!」
「やーほんっと短い人生だったっすよ!」
そして、洞窟全体に響き渡る破砕音と瓦礫が魔物の群れを押し潰した。
馬鹿二人の爆薬ではない。
何の予兆もなく横の壁が吹き飛んだのだ。
そこから一人の少女が歩み出て来る。白い短髪に赤い瞳、来ているのは修道服のようなものだが白く紅い刺繍が施されている。
「兄さん、何か変なのがいる」
その後ろからもう一人、今度は男が姿を現す。白い髪に赤い瞳で着ているものは同じだ。
「ん? 変な……って、その服装、ブルグントとセントラの兵士か。敵対する国の兵士がなぜ?」
随分と落ち着いた男は警戒もせずに考えている。
「なんだあんたたち」
「俺か? 俺はロイファーだ。こっちは妹のシエラ……って、おーいシエラ」
「帰る、なんでこんなところで魔力結晶の回収なんか……」
魔法の発動兆候もなく魔法陣が展開され、白く渦巻く炎にシエラは消えて行く。
「はぁぁ……まあいいか。お前ら二人、なんでこんなところにいる?」
「知らねえよ」
「気づいたらここにいたっす」
「まーた厄介な事案か……ついて来い、仕事が終わったら地上に送ってやるから」
今しがた開けた横穴に入っていくと、その先は崖というかかなり広い空間が広がっていた。
上には数十メートルほどだが、下は数百メートルほどの高さがあり、底のほうではなにやら作業をしている者たちがいる。
「何やってんだ?」
「あっちも魔力結晶の採掘だろう。星を巡る力の流れもどこかで一度集まる、そこにこういうように結晶化した力がある」
突き出していた結晶をへし折ると顔の高さにまで上げて眺める。
色の付いていない魔力の結晶。普通は人それぞれ、もしくは属性で色があるものだが。
「ちょっと邪魔してやりたいな……おいお前、爆薬をそことあっちの隙間に捻じ込んで来い」
「仲間じゃないのかよ?」
「一応協力関係ではあるが個人的に気に食わん」
そんな理不尽なことでいくつかの”仕事”の手伝いをさせられ、見ず知らずの誰かたちを生き埋めにした彼らは不思議な空間に到着していた。
上を見上げれば終わりが見えない漆黒。下を見下ろせば果てのない魔力の奔流が吹き上がり、上方にドレインされている。すこしでも踏み外せば、もしくは魔力の奔流に触れたならその瞬間に過剰な魔力によって死に至るか、瞬間的に体調を崩すだろう。
「なんすかこれ?」
「見たことねえよ」
断崖絶壁から魔力の奔流に呑まれないように見下ろす馬鹿二人の後ろで、ロイファーは見慣れたように視ていた。流れが少しおかしいと。
「そりゃそうだろう、こんなところにまで人は潜ってこられないからな。まあ、ちと意味が違うが龍脈から気が噴き出す龍穴みたいなところか」
ロイファーは調査がてら……というかこれが仕事なのだが、そして馬鹿二人は珍しいものを見るようにしばらく眺めているとそいつは現れた。
「下がれ!」
「ぐえっ」
「ごっ」
気付かなかった馬鹿二人は軍服なのでとても頑丈な襟を思い切り引っ張られて尻餅をつく。
数秒遅れて、その場に下から飛び上がってきた者が降り立つ。
「……スコールの手先か」
黒のタクティカルジャケットと黒のカーゴパンツ。腰の剣の鞘のようなホルスターからは銃のグリップが見えている。感情無い表情と紫色の瞳、雰囲気がどことなくスコールに似ている。
「…………」
そいつは黙って腰のホルスターから覗くグリップに手を掛けると、引き抜いた。それは銃……というよりは剣だった。銀色の刀身には紋様が刻まれ、銃身はないというのに蓮根型の弾倉が付いている。
「魔装か……しかもミスリル製」
「…………」
声はなかったが口が動く、詠唱ではなく意識の引き金を引くための行動。
刹那、剣を振るうと同時に引き金が引かれて足場となっていた場所が崩れ落ちる。
「は、わぁああああああっ!?」
「なんすかぁぁーー!!」
馬鹿二人はなすすべなく下に落ちていくが、ロイファーと正体不明の誰かは宙に浮いたまま戦闘を開始する。ロイファーの手元には輝く光の剣、それを振るい、相手は一撃ごとにタイミングを合わせて引き金を引く。激突のたびに異なる魔法が発動され、危なくなれば奔流の中に逃げ込むという方法でロイファーの攻撃を流し続ける。
下からそれを見上げる馬鹿二人は必死こいて弾かれて飛んでくる流れ弾ならぬ流れ魔法を躱し続す。
「お、ぉぉああああっ!」
「なんすかあれぇ!? 斬撃が飛ぶなんてありえねえっすよ!」
上で剣をぶつけ合っている二人の斬撃、その軌跡をなぞるように鋭い魔力の刃が飛ぶ。岩を難なく切り分けながら突き進むもの、魔力の奔流に押し流されて掻き消されるもの。なんにせよ人体など何の抵抗もなく斬り裂いていくだろう。
「じょ、冗談じゃねえ。これ以上落ちたら死ぬぞ!!」
「いやっすよぉぉぉぉっ!!」




