第六十話 - セントラ市街戦 〉〉 電脳の追跡者
一方的にレイズを異界送りにしたその翌日。
モーテルの一室を破壊した責任と捕虜に逃げられた(ということにした)責任、さらに余所のPMC(ということにした)ウィリスたちをひっくるめてスコールは少々厄介な仕事を押し付けられていた。
「まあそういう訳でだ」
さっと見回すと見慣れたメンツが揃っている。
ウィリス、レナの外部人員。
ルー、森の獣人族。
アイゼンヴォルフの一部の面々。白月の攻撃に巻き込まれてここまで飛ばされてきたのだ。
そしてスコールの横に座って背中に狙撃銃を、手元に複数のタブレット端末を弄る少女。レイアではない。
こんな山岳地帯の頂上付近に勢揃いしているのにも理由はある。
「これより二面作戦を開始する。作戦目標は……」
眼下に広がる街並みの一角、その一部で断続的な爆発や発砲が起こっている場所を指差す。
「魔狼傘下、ゼファー隊の支援及び敵勢力の掃討とエリア確保だ」
現在の戦闘要員は総勢十六名。
そのうちアイゼンヴォルフは十一名だ。
しかもこの十一人は何の因果か全員が電脳戦担当であり、現実での戦闘では一般兵並みにしか使えない。
「とりあえずポジションだが、ウィザード、アタッカー、ヴァンダル、フリーカー、ギーク。フリーカーが三で残りは二ずつ、いつも通り派手にやってやれ、余裕があれば仮想から電脳に入り込んで焼き殺してもいい」
『了解』
ばらばらとアイゼンヴォルフの人員が散っていき、こういうことに慣れてない者が残る。
「なんだそのポジション? アタッカー以外は聞いたことがないんだが」
「気にするなウィリス。ここでの戦闘は仮想世界の戦いもあるからな、そっちはそっちで任せておけ」
「は、はぁ……で? 俺たちはあそこに突っ込んでいけばいいのか?」
「いや、さすがに全員で突撃はしない。そうだな……」
「お前と俺だけとか言うなよ」
「それでいこう。リナとルーは護衛としてここで待機」
「マジかよ……」
いくらなんでも無謀だと、抗議しようとしたウィリスはすぐに諦めた。
どうせレイズと同じでムチャクチャな戦い方をするんだと思ったからだ。
「てかなんでレイアがここにいる?」
「また……私はレイアじゃない」
立ち上がって反論するが、どこからどう見ても本人そのもの。
「いや、レイアだろ」
「ちーがーう、模倣体ってだけでそこまで分からないかな。どの個体も微妙にしゃべり方とか性格が違うのに」
「ほんとにクローンか……?」
隣のスコールに視線を向けると静かに頷いた。
「特殊召喚で作られた初期のクローン。割り当てられた番号はゼロ。レイア本人をほとんどそのまま再現しているから、処理能力で敵うのはオリジナルだけだ。しかも追加の術式で寿命の縛りもない」
「……ああ、なるほど。分かった分かった」
レイズから一通りの事は(縛り上げて)聞いているので、それだけで納得はした。さしものレイズも時間停止(見かけだけだが)には敵わないようで、あっさりと捕獲されている。
「呼び方はそのまま番号でいいな。改めてよろしく、ゼロ」
「ま、あっちでのことはなかったことにして味方とみるけど、慣れ合う気はないから。せいぜい後ろから撃ちたくなるようなヘマはしないように」
「はいはい……」
睨みつけるように、ウィリスはスコールを見た。
「なんでお前と似たような性格なんだよ……!」
「そこはレイズから聞いてないのか。いや、聞いてないから聞くんだな。教えない、考えろ、なんでも答えを頼るな」
「クソやろうが!」
「大いに結構。指揮系統も階級も違う、別に従わなくてもいいが生き残りたいなら正しい判断をするように」
と、至近距離から狙撃銃を向けてくるゼロがいるため、
「了解了解、お前の指揮下に入る」
そう答えるしかなかった。
ちなみにウィリスの階級は五百人規模の部隊を率い、独立行動権を与えられるほどだった。
まあ、レイズに連れてこられるような事態になった時点でもうどうなっているかは分からないが。
もしかしたら誰かさんのように戦死扱いになっているかもしれないが。
「行くぞウィリス。そっちは仮想空間への侵入はできたか?」
「オーケー大将、電波塔経由で仕掛けてますんで簡単でっすぁー」
「お前ら……ラバナディアの時にどこまで侵入した」
「セントラの管理AI・クオリアの最終防壁手前までですな」
けっこう年のいったものがさらっと答えた。
管理AI・クオリア。それは名前のまま心を持った人工知能のことだ。
他にもそう言ったAIはいくつも存在し総称してKAIと呼ばれる。通常のAIよりも値が張るがその分、融通の利く管理システムとして運用できる。まあ……下手をすれば想像の通りに反乱を起こしたりもするのだが。
「…………普通それは数十人のウィザードで実行するような破壊行動だが」
なにやら呆れているスコールが珍しいのか、その場の全員が視線を集めた。こいつもこいつで大概常識外れな犯罪者だが(個人で爆弾作ったり危険薬物を作ったりするというところで)、それでもやはり想定を超えることはあるようだ。
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そんなこんなで爆発炎上銃声が日常の市街地目指して斜面を駆け下りる二人である。
「ウィリス、ここの戦い方をおさらいしとくか?」
「いらねえよ。どうせ撃ってくるやつは敵で撃たれてるのは味方でいいんだろ」
「それは大間違いだ。ここは常に複数の勢力が入り乱れてドンパチやってる」
突き出た大岩を飛び越えながらも視線を街に向けると、あちこちで爆発が起こり、色の違う信号弾やフレアが飛び交っていた。その種類が十種類程度なら二、三勢力の争いであると分かっただろうが、なにやら白から黒までほぼすべての色が使われているようですでに乱戦状態だ。
「……なるほど」
目で見て耳で聞いてすぐに理解した。
「味方のカラーは?」
「知らん。キャンサー隊はそもそも使わないからな、ゼファーのところも知らんし……」
ごつごつした斜面で転倒しないように降りていると、ふと下の方で何かが光った。
瞬間、視界が大きく揺れたことで砲撃を受けたことを知るが対応のしようがない。
とっさのことに弱いのが魔法士であり、物理的に人力でどうこうできないことに弱いのがスコールだ。
「はぁっ!?」
膨大な粉塵に巻き込まれ、山から雪崩れ落ちる土砂に混じって麓まで一気に落ちた。
強烈な岩と砂の暴力に揉まれた二人は全身すでに傷だらけ、唯一よかったことは麓の敵性が自滅してくれたことくらいか。
「げほっ、ぺっぺっ。なんだよまったく、レイズに生き埋めにされたときより酷い」
「実際何があった」
土砂の中から這い出てきながらスコールは聞いた。額や首の傷がかなり目立つ。
「あのバカが絨毯爆撃したせいで俺らが巻き込まれて生存者俺入れて二人だぞ!」
「なるほど……」
魔法による絨毯爆撃。
空に爆撃機や攻撃機がある訳でもない無警戒状態からいきなりの攻撃だ。
被害はそれはもうすごいことになっただろう。
パッパッと土や砂を払うと再び移動を開始する。街の外で砲撃だ、街の内部では少しくらいマシだろうがそれでも生存確率はかなり下がる。
「まあ、さっさと仕事を終わらせよう。押し付けられたのは敵勢力の掃討だけだからな」
「じゃさっきの支援ってのは」
「ついでだ。なんであいつらがここにいるのかは知らないけどな」
走りつつ珍しく無線機に咽喉マイクを接続して指示を飛ばす。
直に喉に押し当てて音を拾うため、じゃっかんくぐもった音になってしまうが、騒音下で問題なく使えるものだ。
よく戦争ものの映画などで喉元を押さえながら話しているあれだ。
「ゼファー隊、応答しろ」
『え、その声スコールさんですか?』
「久しぶりだなAP。状況は」
『現在中継界への入り口を開けたばかりで、撤退を始めています』
「じゃあ支援はしなくていいな」
『はい。それと……生きてたんですね』
「あの程度で死ぬと思うな。それじゃ、切るぞ」
『分かりました、ゼファーさんにも無事を伝えておきます』
マイクから指を離しながら、
「そういう訳だ、後は敵しか残っちゃいないから遠慮するな」
「オーケー」
市街に侵入しようとしたところでセキュリティシステムが目に入る。
「そのまま進め」
「停止してる?」
「ネット経由であいつらが破壊して回ってるからな、ルート上の監視カメラも無人兵器も気にするな」
「なんだそりゃ」
「これが電脳戦担当の戦いだ。敵地に突っ込んでいく部隊の支援」




